第14話 元神童

 かつて神童のミシカライザ―と呼ばれたことがあった。

 メディアも友人も、家族でさえあたしをこれでもかというくらい持ち上げた。

 ジュニア部門の公式戦では負け知らず、何度か有名雑誌である〝週刊ミシカライザー〟の表紙を飾ったことだってある。


 でも、シニア部門に上がってからは全てがうまくいかなくなった。


 どうやらあたしは生まれつき魔力が常人の半分もなかったらしい。そのせいで魔力不足が祟り、碌にモンスターを使役できなくなったのだ。

 石版大戦中に魔力が切れ、モンスターが弱体化したところを一気に叩かれる。それがあたしのいつもの負け方だった。

 メディアも世間もあたしなんていなかったかのように興味を失い、友人も気がつけばいなくなっていた。

 元ミシカライザーで、あたしに神剋の夢を託した両親は勝てなくなったあたしに興味を失い、ミシカライザーをやめて普通に働くように促してきた。


 それでも夢は捨てられなかった。

 そんなとき、地下深くに根ずくアビス神域で魔力増強剤というミシカライザーの魔力を倍増させるアイテムが取引されているという噂を耳にした。

 藁にも縋る思いでアビス神域に向かったあたしは、魔力増強剤が優勝賞品として出品されている地下闘技場に飛び込んだ。


 その結果、あたしはミシカライザーとしての全てを失った。


 モンスターもスマホ内の課金コンテンツ、所持金。その全てを賭け、あたしは敗北した。勝てば良いなんて短絡的な考えが身を滅ぼしたのだ。

 使役していたみんなは覚悟の上で共に戦ってくれたが、あたしはその期待に応えることができなかった。

 温情なのか、同情なのか、あたしの対戦相手は一枚の石版をくれた。それはランダムにモンスターを生み出して召喚する原初の石版だった。

 その石版から生まれたのは初心者向けモンスターとして有名なゴブソイルだった。

 筋肉質な肉体を持つ彼をマチョルと名付けたあたしは実家に戻り、自分の家財道具の全てを売り払った。


 そして、僅かな軍資金を叩いてセレスティア神域に赴いた。強いモンスターを使役するためである。セレスティア神域には、希少で強いモンスターが多数生息していると噂されていたのだ。

 そんな新たな旅立ちの日に憧れのミシカライザーに会うことができた。

 それも最推しだった神剋のミシカライザーである、あのケイム・ブライヤ選手と偶然会い、サインをしてもらった上にアドバイスまでもらってしまった。


『最後まで諦めなかった奴だけが勝利を掴むことができる』


 ケイム選手が諦めかけていた夢に再び火を着けてくれた。

 だから、あたしも頑張ろうと思ったのだが、結果から言えば、セレスティア神域での成果は散々だった。

 マチョルと共に、セレスティア神域でモンスターを封じるために戦いを挑んだが、結果は惨敗。失意のままに帰りのゴンドラゴンに乗っていたところ、酷く傷ついたカスレアが上から落ちてくるのが見えた。

 今思えば相当な無茶をしたと思うが、私は傷ついたその子を放っておくことができなかった。

 ゴンドラゴンからスマホの機能が届かないと理解するや否や、私はゴンドラゴンから飛び降りていたのだ。


「おっ、これは食べられるやつね」


 カスレア改め、バニラをスマホ内に戻したあたしは、アース神域の首都アーバンロックのはずれにある森で食べられる野草を探していた。お金がないのだ。生きるためには仕方のないことである。


「ゴブソイルにカスレア、使役するモンスターとしては悪くないわよね」


 ゴブソイルは初心者御用達だし、カスレアはバフデバフ役としては悪くない。

 養分としての側面が有名になっているが、あたしは意外と悪くない性能をしたモンスターだと思っている。

 どんなに身体能力が低かろうと、特殊能力の〝光速詠唱〟は魅力的だ。光属性の魔法は全て瞬時に繰り出せる点も、攻撃に転用できれば何かできるんじゃないか。そんな気がするのだ。

 とはいえ、そんな気がするだけで今のところ完全なノープランである。


「うぅ……お腹減った」


 この森に入ってからどれくらい経っただろうか。辺りはすっかり暗くなっている。もう夜だ。

 ふいに空を見上げると、そこには満天の星々が輝いていた。

 こんなに綺麗な星を見たのは初めてかもしれない。


「あたしもまた輝けるかな……」


 そう呟いた瞬間、背後から人の気配を感じた。反射的に振り返ると、そこに立っていたのは一人の少年だった。


「おい、あんた。まさかあの神童レイナじゃないか?」

「……そうだけど」


 暗くて良く見えないが、少年はあたしのことを知っているみたいだった。


「ジョン・エイゼイ。この名前を聞けば思い出すだろ」

「えっと……ごめんなさい。覚えてないわ」


 どこかで聞いたことがあるような気もするが、まったく心当たりがなかった。


「お前に何度も優勝を阻止された永遠のライバル、ジョンだよ!」


 あたしの答えを聞いた彼は地団太を踏んで苛立った様子を見せたが、すぐに表情を取り繕った。


「聞いたよ? 君、アビス神域でやらかしたんだってな」

「っ……!」

「全てを失い野草で食い繋いでるってとこか。神童レイナも堕ちたもんだな。こんなのに勝てなかったなんて恥ずかしくて仕方ねぇや」


 ジョンは嘲笑を浮かべている。あたしは俯きながら唇を噛む。何も言い返せない自分が悔しかった。


「僕はシニア部門に上がってからはトントン拍子だ。どこかの誰かさんとは違ってね」

「……良かったじゃない。あたしなんて放っておいて鍛錬にでも勤しんだら?」


 そう返すのが精一杯だった。ただの負け惜しみだったが、その言葉を受けた彼の口元が歪んでいるのが見えた。


「チッ、すっかり腑抜けやがって……そうはいかないさ。こうして巡り合ったのも何かの縁だ。決着をつけようじゃないか」

「決着?」

「シニア部門に上がってからは一度も石版大戦で当たることはなかった。実力差こそ明白だけど、このまま勝ち逃げは許さない!」


 こいつはあたしに勝てなかったことを根に持っているのか、突然そんなことを言い始めた。


「別に良いけど、あたしは今二体しかモンスター使役してないわよ」

「それでいいさ。僕が育て上げた自慢のモンスター一体で相手してやるよ」


 ジョンは自分が負けるとは微塵も思っていない表情を浮かべている。あたしも昔はそんな表情をしてたっけ。


「じゃあ、あたしが勝ったら当面の活動資金をもらおうかしら」

「僕が勝ったら……一つだけ言うことを聞いてもらう」


 どうせ失うものもない。ハンデももらっているし、やるだけやってみよう。

 そんな気分に勝負に乗ったはずなのに、あたしの胸は何故か高鳴っていた。

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