第13話 指示に従うだけの獣
「セット、カスレア。ミシカライズ!」
マチョルが子分になったあと、俺はレイナによって召喚された。
「はじめまして、あたしはレイナ。今は一応あなたの主よ」
はじめましてじゃないのだが、レイナからすれば自分の憧れたミシカライザーがモンスターになっているなど夢にも思わないだろう。
よく見てみれば、レイナの服装はゴンドラゴンの中で会ったときとは変わっていた。
レイナがエルミナにいたということは、今は神剋戦の三日後。俺が死んでから二日後と見ていいだろう。
「怪我は治ってるみたいね。良かったぁ……私の魔力で完治するか心配だったのよね」
俺の身体に外傷が残っていないことを確認すると、レイナは安堵のため息をついた。
ミシカライザーに使役されるモンスターは戦闘不能になると、スマホに自動的に吸い込まれ治癒が開始される。
人間の持つ魔力はモンスターと比べて濃く、レイナのように魔力量の少ないミシカライザーでも使役モンスターの治癒にはそこまで魔力を使うことはないのだから、いらぬ心配だ。その判断もできなくなるくらい、魔力不足には悩まされていたのかもしれないが。
「あなたが嫌ならこのまま野生に返してもいいんだけど、もし良かったらあたしと一緒に来ない?」
正直に言えば、ミシカライザー、それもレイナのような未熟なミシカライザーにモンスターとして使役されるなんて御免被りたいところである。
しかし、レイナから解放してもらえたところで行く宛もなければ、レアモンスターを見つけたと狩られるのが関の山だ。
「ニャウ」
俺には選択肢がない。仕方なく頷くとレイナは満面の笑みを浮かべた。
「そっか、よろしくね!」
そう言ってレイナは手を差し出す。俺は躊躇いながらも、彼女の小さな手を肉球のついた前足で握った。この瞬間から俺はレイナの所有物となったのだ。
言いようのない屈辱と不快感が体中から湧いてくる。
神剋のミシカライザーとまで呼ばれた俺が、カスレアという雑魚モンスターになってしまい、ミシカライザーに使役されるしかない。そんなの受け入れられるはずもなかった。
「そうだ。名前付けないとね」
俺の内心など露知らず、レイナは楽し気に俺を抱きかかえた。
「ニャニャン(いらん)」
俺の言葉は通じず、レイナは俺の全身をくまなく観察してから少し考えるように視線を上げる。
そして、名案が浮かんだとばかりに口を開いた。
「うーん、体毛が白いし……バニラなんてどうかしら?」
「ニャニャニャ!(絶対に嫌だ!)」
ふざけるな、性能でいえばバニラなのはマチョルの方だ!
「そんなにはしゃいじゃって、気に入ってくれたのかしら?」
そんな俺の想いは届くことなく、俺の第二の人生においての名前はバニラに決まってしまった。
「これからよろしくね、バニラ。インプリズン」
「ニャァァァ――」
俺の抗議の声は遮られ、俺の身体は光の粒子となってレイナのスマホへと吸い込まれていくのであった。
「ぷっ、くくっ……」
「おい、てめぇ何笑ってやがる」
スマホ内へと戻ると、マチョルが口元を抑えて笑いを噛み殺していた。
「またボコされてぇのか」
「はい、すみませんでした」
一睨みしてやると、マチョルは姿勢を正して謝ってきた。まったく、調子の良い奴だ。
「まあ、いい。どうせ名前なんて意味のないもんだ。そもそもレイナのネーミングセンスが終わってるのはマチョルの時点でわかっていたことだし、レイナのモンスターとして使役される以上、ミシカライザーの要求は呑んでやるべきだ」
「自分を納得させるのに必死ッスねぇ……」
どこか同情した視線を向けてくるマチョル。その可哀そうなものを見る目に無性に腹が立った。
「納得するしかねぇんだよ。俺はもうただの雑魚モンスターなんだ……」
恋人には狩られかけ、富も名声も何もかもを失った。今更、変な名前を付けられたところで何を思うこともない。
俺も昔はモンスターに名前を付けていた時期もあったが、変に愛着を持つと石版大戦に支障がでる。そう判断してからは種族名で呼ぶようにした。
「どうして、よりにもよってカスレアなんかに転生しちまったんだ……」
自分の身体に目を落とすと、そこには全身を覆う白銀の毛並み。それは紛れもなくカスレアの証であり、神剋のミシカライザーケイム・ブライヤとして生きた俺の全てが失われた証でもあった。
ミシカライザーとして、勝つために最善を尽くしてきた。そんな俺がカスレアになってミシカライザーに使役されるなんて悪夢もいいところだ。それこそ、死んだ方がマシだった。レイナに使役されてしまった今、俺はもう死ぬことはできない。所有者が死ぬまで木っ端ミシカライザーの奴隷のまま使い倒されるだけだ。
長い歴史の中でモンスターから人間に戻ることができたという人間は一度も確認されていないし、神話にもその手の話は残っていない。
つまり、ケイム・ブライヤという人間は死に、カスレアとして生まれ変わった。その事実は不可逆なのだ。
「カスレアになった俺にもう価値はない。それこそ養分として大人しく狩られてればよかったんだよ」
本能的な死の恐怖から逃げたことが失敗だった。あのとき冷静な判断ができていれば、死を選んで来世にワンチャンかけることもできた。
究極の局面で博打を打つことのできないミシカライザーは三流だ。勝利を諦めた奴の上には敗北しか振ってこない。諦めた俺はただの敗北者でしかないのだ。
「期待させたなら悪かったな、マチョル。俺はもう指示に従うだけの獣だ。お前が望むなら後輩として態度も改めるよ」
「アニキ……」
マチョルが悲痛に顔を歪める。さすがに空気の読めなそうなこいつでも気は遣えたのか、それ以上何かを言ってくることはなかった。
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