第16話 見ていられない

 今のレイナはがむしゃらに当たらないパンチを振り回してラッキーパンチを狙う愚か者だ。……ったく、見ていられない。


「マチョル。攻撃を受けてでも地面に棍棒を突き刺しとけ」

『えっ、アニキ?』


 俺はスマホの中からマチョルへ話しかける。一瞬だけこちらに意識がそれてしまうため、話しかけるのは危険だったが、状況が状況のため仕方ない。


「いいか、棍棒を現実世界に残すことだけ考えろ! あとは俺がなんとかする!」

『了解ッス!』


 無茶を言っているのは重々承知だ。繰り返された棍棒と金棒の打ち合いでマチョルは消耗している。

 次の攻撃は絶対に受け止められない。


『グリム。そろそろ終わりにしよう。《渾身の力で〝怪力金棒!!!〟》』

『また金棒が来る……《棍棒で受け止めて!》』


 レイナから魔力が籠った指示が飛ぶ。


『ギギィ!(お嬢、すみません!)』


 それをマチョルは無視し、棍棒を地面へと突き刺してグランドーガの金棒をそのままの体勢でくらった。


『そんな、どうして……』


 レイナの指示を無視して金棒が直撃し、光の粒子となったマチョルはスマホへと吸い込まれていく。そんな光景をレイナは唖然とした様子で眺めていた。


「ダメよ、気持ちを切り替えなきゃ……セット、カスレア。ミシカライズ!」


 祈るようにレイナは俺を召喚する。俺は召喚されるのと同時に、マチョルが残した棍棒を手に取った。


「なっ、二足歩行のカスレアだって!? しかも、ゴブソイルの棍棒を手に取った!?」


 対戦相手の少年が目を見開く。四足歩行の獣が人のようにすくっと立ち上がって武器を取ったのだ。そりゃ驚くだろう。


「……やっぱり珍しいわよね」

「ああ、立ってるだけでもおかしいのに、武器を持つなんて初めて見たよ……」


 石版大戦中におしゃべりとは呑気なもんだ。


「ニャウニャウ……ニャァン(セイクリッドダスター……これでスピードは補える)」


 俺はすぐさま光魔法を発動させる。自分自身に白色の光を纏わせる。これで俺の元々早いスピードは各段に上がった。


「気張っていくわよ、バニラ!」


 そんな俺の様子には気がつかずにレイナは気丈に笑って見せる。そんな発破で勝てるなら苦労はしない。


「えーっと、どの技を出したら……怪力棍棒は使えないだろうし、汎用技のライトニングネイルは今棍棒持ってて出せないし……」


 レイナは予想外の状況に戸惑い、まともに指示が出せないでいる。むしろ好都合だ。

 指示による魔力の供給は望めない。自分の魔力を使わなきゃいけない以上、ミシカライザーの指示に逆らうことはかえって魔力を無駄に消費してしまう。

 俺はレイナが何かを指示する前に、真っ先にグランドーガへ向かって駆け出した。


「ちょっと、バニラ! 何やってるの!」

「ニャーゴ!(今いいとこなんだから黙ってろ!)」


 レイナの声を遮るように一鳴きすると、俺は手に持った棍棒を構える。


「どうやらそのカスレアは問題児みたいだね……グリム、《迎え撃つぞ》」

「グゥム(承知した)」


 少年の指示を受けて、グランドーガが動き出す。

 あの巨体で突っ込んでくるだけで脅威だが、それ以上に恐ろしいのが金棒を振る速さだ。豪快な風切り音と共に巨大な金棒が振り下ろされる。


「ニャウ(遅ぇ)」

「グヌ!?(何!?)」


 人間の身体と違ってモンスターの肉体では物の見え方がまるで違う。

 セイクリッドダスターで強化されたのはスピードだけではない。ただでさえ高い動体視力が更に強化されたことで、グランドーガの動きがまるで止まって見える。

 俺は余裕を持って金棒を躱し、棍棒を金棒へと叩きつける。振り下ろされた金棒に上から力が加わったことで、金棒は地面にめり込んだ。

 その隙を逃さず、俺は金棒の上に乗ると左手の肉球に魔力を集中させる。


「ニャーガ(スタングレネード)」


 俺の肉球から放たれた閃光は的確にグランドーガの目を焼く。ミシカライザーは石版大戦中にモンスターの攻撃の余波を受けないように加護が働くため、ミシカライザーへのダイレクトアタックは無理だが、今はこれで十分だ。


「グァ、グアァ(目が、目がぁ!)」

「落ち着けグリム!」


 グランドーガが目を抑えて暴れだし、少年が焦ったように大声で叫ぶ。


「ニャウニァン(グラビトン)」


 俺は即座に金棒から飛び降りるとグランドーガへとデバフをかける。これで身体が重くなって身動きが取りづらくなったはずだ。

 あとはマチョルのときと同じだ。動きが止まり、武器をも手放したこいつをタコ殴りにするだけだ。

 俺は動きの止まったグランドーガの頭をひたすらに叩き続けた。


「グゥアァァァ!(なめるなぁぁぁ!)」


 しかし、グランドーガも一筋縄ではいかなかった。

 攻撃を受けながら俺の位置を察したグランドーガは、力任せに腕を振るった。それが棍棒とぶつかり合い、弾かれてしまったのだ。

 しまった。棍棒を弾かれた。やっぱり、カスレアじゃ筋力が足りなすぎる。


「グゥムアァァァ!(覚悟はいいかこのカスレア野郎が!)」


 棍棒は弾かれ、俺は体勢を崩している。振り下ろされる剛腕がスローモーションに見えても、自分の体勢が立て直せないのでは意味がない。


「バニラ、《上に飛んで!》」


 絶体絶命の状況の中、ずっと黙っていたレイナの指示が飛ぶ。質の良い魔力が流れ込んできたことで俺は大勢を崩したまま反射的に足に力を入れてジャンプする。

 次の瞬間、俺は空中にいた。これがミシカライザーの魔力の籠った指示、か。


「《棍棒に防御バフをかけて蹴り飛ばして!》」


 信じられない指示が飛んできた。ジュニア部門でしか目立った成績を残していなかったレイナがバフデバフの概念を知っていたことにも驚いたが、何よりこの土壇場で武器に防御魔法をかけて蹴り出すなんてイカレタ指示を出すとは思わなかったのだ。

 弾かれた棍棒は回転しながら落ちてきたことで俺の目の前にある。

 こんな空中の不安定な体勢から魔法をかけながら蹴りだすなんて博打にも程がある。


「ニャ、ニャァン!(だが、嫌いじゃねぇ!)」


 究極の局面で博打を打つことのできないミシカライザーは三流だ。勝利を諦めた奴の上には敗北しか振ってこない。

 そして、勝利を諦めないミシカライザーを勝利へと導くのが今の俺の役割だ。

 右足に魔力を込め、回転する棍棒を足の甲でキャッチする。レイナの魔力に導かれるように俺の身体は自然と動いていた。ミシカライザーである俺が、その身体に染み込ませた本能に従って目の前の勝利へと手を伸ばす。


「《ブチかましなさい! 〝コンボルグ!!!〟》」

「ニャラァ!」


 青い光を纏った棍棒は投擲された槍の如く、グランドーガの頭部へ直撃した。


「嘘、だろ……」


 グランドーガは光の粒子となってスマホへと還っていく。その様子を青年は唖然とした表情で見つめていた。


「やったわ、バニラ! あたし達、勝ったのよ!」

「ニャン! ニャニャウ!(鬱陶しい! 引っ付くな!)」


 喜びを分かち合うようにレイナが抱き着いて頬ずりをしてくる。

 まあ、この石版大戦はレイナの土壇場での指示がなければ勝てなかった。今回くらいは好きにさせてやろう。


 それにしても、レイナには技名の方でもネーミングセンスがないようだ。

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