第32話 拡散される悪意
そのニュースは瞬く間に世間に拡散されることになった。
『速報です。先週未明、神剋のミシカライザーであるケイム・ブライヤ選手が行方不明になっていることが判明しました』
朝起きると、部屋のテレビでアビィさんがニュースを見ていた。
『ケイム選手は神剋戦後、石版管理局の許可を得て修行のためにセレスティア神域にある霊峰アルカンシエル向かったとのことで――』
ケイム選手の行方不明のニュース。直近で神剋最長防衛記録を達成したこともあり、世界的にも大ニュースである。テレビでは様々な憶測が飛び交っているようで、コメンテーター達は好き勝手に持論を述べている。
好き勝手に言ってるのはテレビ番組だけではない。
SNS上では彼のことを心配する声も上がっているが、それと同様に心無い人間の言葉もたくさん並んでいた。
[ケイム死んだんか?]
[行方不明って出てるけど、死んだだろ]
[最強過ぎて神様に退場させられた説]
[次の神剋どうなるんだろ]
[防衛戦後に修行とか意識高すぎ]
[それで死んでりゃわけない]
心無い言葉とそれに対する批判。そして始まる地獄のレスバ合戦。人の命がかかっているというのに、こいつらはそれを出汁にして楽しんでいる。
「こいつら……全員特定してやるわ!」
「いや、落ち着いてレイナ」
キレ散らかすあたしに対して、アビィさんはやけに落ち着いていた。音信不通なのはわかっていたはずなのに、どうしてそこまで落ち着けるのだろうか。
どっちにしろ、一番辛いアビィさんにそう言われては矛を収めるしかない。
アビィさんに宥められ、どうにか落ち着きを取り戻して一旦スマホを置いたが、ふとあることが気になって拍子に再びスマホを手に取る。
「やっぱり、また動画の再生履歴が変わってるわ……」
「レイナ、どういうこと?」
アビィさんも困惑しているようで、怪訝な表情で画面を覗き込んでくる。
「これ、昔のあたしの試合だ」
まだあたしが神童と呼ばれていた頃。
あたしは負け知らずのミシカライザーとして公式試合で優勝を総なめにしていた。
当時使役していたモンスターはオルカディアン。
黒曜石の如く硬い皮膚を持ち、地中を自在に泳ぐシャチのようなモンスターだ。
シャチマルと名付けたこの子はどんな攻撃にも耐え、返しの一撃で大抵のモンスター達を葬ってきた。
「もう、いないのよね……」
決勝戦で力のぶつかり合いを制して勝利している彼の姿を見ていると不甲斐なさがこみ上げてくる。
「レイナ。前から思ってたけど、モンスターを大切にするあなたがどうしてモンスターを賭けるような戦いに参加したの?」
悔しさのあまり唇を噛んでいると、アビィさんが尋ねてきた。当然の疑問だろう。
使役するモンスターはミシカライザーにとって生命線だ。それを手放すことになるリスクを背負うバカはいない。
「……あたしがバカだったんです」
魔力不足を嘆いていたあたしは魔力増強剤の噂を聞きつけてアビス神域へと渡った。
闇市を探しても魔力増強剤は見つからず、あらゆる人に聞き込みをして地下闘技場の優勝賞品として魔力増強剤が手に入ることを突き止めた。
「己の全てを賭ける。そのくらいのことをしなきゃこの現状はひっくり返せない。今思えばバカみたいに視野狭窄になってたと思います」
もちろん、躊躇しなかったわけではない。シャチマル達と分かれるのは嫌だったし、なんなら諦めようとも思っていた。
「地下闘技場への参加を取りやめようとしたあたしを、スマホから勝手に飛び出してまでシャチマル達は止めてきたんです。だから絶対に負けられなかった。でも、あたしは負けたんです」
シャチマル達は迷っているあたしの背中を押してくれた。
決意の宿った瞳であたしを見てくる彼らを見て、あたしは思った。この子達となら勝てる、と。
「試合形式は一対一。あたしが一番得意なルールでした。決勝戦まではなんとか勝ち上がることができたんです。でも、あと一歩のところで勝てなかった」
信頼や絆があれば勝てる。そんな甘い幻想は見事に打ち砕かれた。
「負けたあたしはスマホ内の課金アイテムも使役モンスターも服もお金も全部持っていかれました。相手の方が温情でボロ布とモンスターを召喚できる原初の石版はくれましたけどね」
全てを失って実家に戻ったときの両親の失望した目は今でも忘れることはできない。それはミシカライザーとして歩んできた道が、足元から崩れ落ちていくような感覚だった。
「その、シャチマル達はどうなったの?」
「わかりません。ただ、いつか絶対に取り戻します」
シャチマル達は今、あたしが決勝で負けたミシカライザーの元にいるだろう。紳士的ではあったが、あんな非合法のテーマパークみたいな場所にいたのだ。人柄は信用できない。
「少しでも早く強くならなきゃ……」
だから、早くマチョルやバニラと共に強くなってシャチマル達を取り戻すのだ。
「だったら特訓あるのみだね。任せて、ぱぱっと訓練場予約しちゃうから!」
「本当に、何から何までありがとうございます」
アビィさんには本当に頭が上がらない。
彼女が無理に明るく振る舞っていることくらい、あたしにでもわかる。
ケイム選手のことで誰よりも辛い思いをしているというのに、こうしてあたしのためにいろいろと協力してくれるのだ。
その恩に報いるためにも頑張らなくては。
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