第42話 オイラの役割

 オイラにとって、強さは絶対的な正義だった。

 性格こそ最悪だけど、アニキは雑魚モンスターの癖にバカみたいに強かった。彼を慕う理由なんてそれで十分だった。

 アニキが勝つといえば、絶対に勝てる。そんな確信めいた予感が胸の中から湧き上がっているのだ。

 ミキサさんもスクーデリアもみんながみんなアニキを嫌っている。使役されていた時代にそれだけ辛い思いをしてきたんだとは思う。


 でも、オイラにはわかる。

 少なくともミサキさんはアニキを嫌いになり切れていないし、アニキもミサキさんのことをただの駒だって割り切れなかったんだと思う。

 本当は相棒だったミサキさんで勝ちたかった。それができないから情を捨てたやり方を選んだ。


 そして、必死にアニキの想いに応えたくて傷つき続けるミサキさんを恋人であるアビィさんへと渡したのだ。

 アニキが捨てたのはミサキさんじゃない。モンスターへの情、そのものだった。

 あのサンドラを救うってことは、アニキとミサキさんの両方の想いを救うってことだ。

 だからオイラは絶対にこの石版大戦に負けられなかった。


「マチョル、《棍棒で防御して!》」

「ギギッ!(了解ッス!)」


 眼前まで迫った燃える拳を辛うじて棍棒で防ぐ。アニキのかけてくれたバフは優秀で、棍棒は燃えずにしっかりとグリムゾンの拳を受け止めていた。

 だけど、オイラの方が未熟だった。


「ハッ、どんなにバフをかけようが雑魚は雑魚だ! 見てみろ、防御しきれずに攻撃を喰らったそのゴブソイルはボロボロだ!」


 最初こそ有利に戦えると思っていた。アニキのバフはすごかったから、これなら勝てると思えた。

 そんな甘い考えは、目の前で燃え盛る獣の猛攻の前では捨てざるを得なかった。

 サンドラの炎を食い急成長したグリムゾンと、この前生まれたばかりのオイラじゃ地力に差があり過ぎたのだ。

 オイラはアニキの防御バフがなければとっくに戦闘不能になっているであろうダメージを負っていた。

 正直、握りしめている手から今にも棍棒が零れ落ちそうだ。


「マチョル、やることは同じよ! 《〝怪力棍棒!!!〟》」


 お嬢は不利な状況でも変わらず冷静に指示を飛ばしてくれる。

 オイラの役割はグリムゾンを可能な限り弱らせること。それができれば、棍棒をまたアニキに託してコンボルグで仕留めることができる。


「ギッシャァ!」


 役割を果たすんだ。アニキが託してくれた、お嬢が信じてくれたんだ。絶対に役割を――


「雑魚が意気がってんじゃねぇぞ! グリムゾン、《一撃で決めてやれ! 〝ブローエクスプロージョン!!!〟》」

「グルゥ!」


 チャガの指示を受け、グリムゾンは巨躯に似合わぬ速度で右拳を振り下ろす。その一撃を必死の思いで躱した。


「ギギ、ギッシャ(へっ、当たんないッスよ)」

「グオォル……(ちょこまかと……)」


 的確に放たれるキレのある拳を左右に頭を振って躱す。オイラの体は人間でいえば子供くらいの背丈しかないから的が絞りづらいことも幸いした。

 体が小さくパワーが足りない。そんな欠点は〝小回りのきく体を利用したスピード〟でカバーするしかなかった。


「スピードで誤魔化そうったって無駄だ。グリムゾン、《炎を纏え〝エンチャントフレア〟》」


 チャガの指示によってグリムゾンは炎を全身に纏う。肘や踵から噴射される炎によって早さを増した拳が頬を掠った。


「落ち着いて、相手の動きをよく見て! ギリギリまで引き付けて《相手のパンチに合わせて棍棒を叩き込みなさい!》」

「ギッシャ!」


 お嬢の指示通り、グリムゾンの拳に集中する。アニキのバフもあって、オイラはドンピシャのタイミングで放たれたカウンターをぐりむの鳩尾に叩き込めた。


「グ、オォ……!?」


 自身の破壊力を利用された一撃に、グリムゾンは片膝をついてしまう。


「今よ! 《畳み掛けて!》」

「ギギッ!」


 オイラはお嬢から受け取った魔力を全身に回して力を振り絞る。


「グリムゾン、来るぞ。《棍棒に噛みついて攻撃を防げ!》」


 グリムゾンは、強靭な顎で棍棒に噛みついてきた。棍棒が手から離れオイラにかかっていたバフも切れる。


「まずい、《逃げて》マチョル!」

「《逃がすな》グリムゾン!」


 お嬢とチャガの両者から指示による魔力供給が行われる。同じ指示を同時にしたのならば供給量に差は出ない。

 その結果、オイラはグリムゾンに両手で拘束されてしまった。何とか脱出を試みるも、グリムゾンの腕力から逃れることはかなわない。


「ギッ、シャ……!(く、そっ……!)」


 そのままもがき続けるても、グリムゾンは容赦なく頭突きで確実にダメージを蓄積してくる。


「グラァ!」


 容赦ない追撃が続き、意識が薄れ始める。

 仮にこの場でアニキと交代しても、今度はアニキが拘束された状態で召喚されてしまう。

 お嬢が指示を出して魔力を供給したところで、チャガがグリムゾンに同じ事をすれば相殺されてしまう。

 オイラは両手を拘束され、足も地に着いていない。八方塞がりだ。


「ギッシャァァァ!(諦めてたまるかァァァ!)」


 諦めたらもう勝利が振ってくることはない。

 オイラはまだ役割を果たしていない。それなりにダメージは与えたけど、まだ不十分だ。

 せめて腕の一本は持っていく。


「グル、グォウ……!(こいつ、俺の腕を……!)」


 オイラは顎に力を集中させてグリムゾンの腕に噛みついた。ゴブソイルは筋力だけが強いわけじゃない。顎に意識を集中させれば、鉄だって嚙み千切ることだってできる。

 一瞬の隙ができ、グリムゾンの腕から脱出する。そして、火傷も厭わずグリムゾンの腕の肉を嚙み千切って飲み込んだ。

 その途端、体から力が湧き上がってきた。


「これは……! マチョル、《棍棒を拾って!》」

「グム!(了解ッス!)」

「《全力でブチかましなさい!》」


 何故か、オイラの目線はいつの間にかグリムゾンと同じくらいの高さになっていた。

 よくわからないけど、好都合だ。これで思いっ切り武器を振り下ろせる。


「このタイミングでグランドーガに神化とかズルいだろ!? グリムゾン、《ガードだ!》」


 グリムゾンがガードを固めてくるが関係ない。


「グゥム、グラァァァ!(お前に勝つことが、オイラの役割だァァァ!)」


 漲ってくる力に身を任せ、棍棒を振り下ろす。

 突然漲ってきた力と棍棒にかかったアニキのバフ。


 この二つがあれば、オイラは最強だ。

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