第41話 神童 VS 煉獄

 あっという間にときは流れ、決戦の日がやってきた。


『逃げずにやってきたようだな』

『逃げる理由がないわ』


 アーバンロック中央にあるスタジアムでレイナはチャガと向き合っている。

 まだ召喚されていないのに、ミシカライザーの視界が共有されているのはスタジアムの仕様なのだろう。


『あたし達は負けない。絶対あんたに勝ってサンドラを救い出す』

『ハッ、ほざいてろ』


 この一週間、俺達は戦術面の連携強化に努めてきた。

 チャガの試合動画を見て研究し、レイナなりに練り上げた戦術。俺はそれを信じることにした。


『頑張れレイナちゃーん!』

『チャガなんてぶっ飛ばしてやれ!』

『オワコンミシカライザーは引っ込んでろ!』

『全裸パレード楽しみにしてるよー!』


 元神童と最近話題の新人王との石版大戦。個人間での試合だというのにスタジアムを借りてまで行う試合に観客達は大いに盛り上がっていた。

 応援というよりは、レイナとチャガそれぞれへの野次が飛び交う。集まった観客の質は俺の神剋戦と比べるまでもなく低い。


 それでもかつて俺が神剋戦で戦い続けたこのスタジアムに立てたことは嬉しく思う。

 戻ってきた。そんな感覚が俺の中に沸き上がっていた。


『試合開始!』

『セット、ゴブソイル。ミシカライズ!』

『セット、サンドラ。ミシカライズ!』


 開戦の合図と共に、レイナとチャガがそれぞれ使役しているモンスターを召喚する。

 レイナはマチョル、チャガはサンドラを召喚した。


『ギギィ!(いくッスよ!)』

『キュルル……(よろしくお願いします……)』


 マチョルはやる気十分、サンドラは俯いて怯えている様子だ。

 養分として扱っているサンドラをここで召喚する理由はわかっている。チャガはどの試合でも、まずサンドラを召喚していた。


『マチョル、《棍棒を上に投げて!》』

『ギギッ!(了解ッス!)』


 マチョルはレイナの指示通りに棍棒を放り投げる。


「チェンジセット、カスレア。ミシカライズ!」


 それと同時に今度はマチョルと俺を入れ替えて召喚した。俺は上から落ちてくる棍棒をキャッチすると、レイナの指示を待った。


「バニラ、《棍棒にバフ全盛りでお願い!》」

「ニャウ!(了解!)」


 俺はレイナの魔力の籠もった指示を受け取り、棍棒にあらゆるバフをかける。

 スピードバフであるセイクリッドダスター、攻撃バフであるグロウレイ、防御バフであるハドゥンレイ。

 自身の魔力も惜しまず使い、渾身のバフを棍棒へとかけた。緑、橙、青の三色の光が棍棒を包み込んでいく。


「何をしてやがるんだ……?」


 突然交代したと思ったら武器にバフをかける。今まで見たことがない行動にチャガも困惑したまま立ち尽くしている。

 彼がサンドラに指示を出さない理由は単純だ。チャガはいつも決まった手順で試合運びを行う。ワンパターンなし合い運びに頼っているせいで、イレギュラーな動きができないのだ。


「まだまだ行くわよ! バニラ、《デバフ盛り盛りよ!》」


 一見、いい加減でふざけたようにも見える指示だが、そうではない。

 バフやデバフというものは、種類豊富で一つ一つ細かな指示をしていては魔力も過剰に流れてしまう上に、隙が大きい。

 これは細かく指示をしなくても意図を使えることができ、魔力も節約できる非常に合理的な指示なのだ。


「チッ、デバフかよ! 《サンドラ、よけろ!》」

「キュ、ウン……(えっ、そんなこと言われても……)」


 チャガの指示を受けても、サンドラは困惑したように立ち尽くしていた。

 彼女はパワーレベリング装置以外にも、チャガの得意とする戦術の道具として扱われてきた。それはわざと攻撃をそのまま受けて瀕死状態になり、特殊能力によって強まった炎で相手を焼き尽くしつつ、交代で出てきたグリムゾンに炎を食わせてパワーアップさせるという戦術だ。


 そう、基本的にサンドラは何もしないのだ。

 普段まともに指示をされていないであろうサンドラが咄嗟に動けるわけもない。俺の特殊能力も相まって瞬時に発動したグラビトン、ダールレイ、モロイレイ、がサンドラに命中する。今度は紫、黃、藍の三色の光がサンドラを包み込んでいく。

 これで彼女の肉体の耐久もかなり下がった。


「ニャウ、ニャニャウ!(受け取れ、マチョル!)」


 俺はバフをかけ終わった棍棒を再び空高く放り投げた。


「ありがと、バニラ! チェンジセット、ゴブソイル。ミシカライズ!」


 レイナは俺に礼を述べると、再びマチョルを交代で召喚した。

 再び召喚されたマチョルが棍棒を受け取ると、全てのバフがマチョルへと伝染していく。


『いくよ、マチョル! 《一撃で終わらせてあげて、〝怪力棍棒!!!〟》』


 本来バフは交代すれば切れてしまうものだ。魔力を使ってバフをかけたところで、それは己にしかかからない限定的な強化。相手を弱体化させるデバフの方がまだ使いやすいというものだ。

 サポートに特化したモンスターが強力なバフを使えても機能しない。その常識をレイナは破ってみせた。


『ギギッシャァ!(力が溢れてくるッス!)』


 マチョルは目にも止まらぬ速さでサンドラに接近し、勢いよく棍棒を振り上げる。

 武器を媒介にすることで、バフの効果を他のモンスターへと引き継がせる。

 特殊能力を持たない代わりに優れた肉体を持つマチョルと、貧弱な肉体の代わりに優れた特殊能力を持つカスレア。欠けている部分が大きすぎる二体をレイナは見事に使いこなしていた。


『チッ、そういうことかよ!』


 どうやらレイナの戦術を理解したらしいチャガの表情から余裕が消えていく。


『チェンジセット、グリムゾン。ミシカライズ!』


 チャガは即座にサンドラを引っこめてグリムゾンを召喚した。


『グルォ!』

『ギシャ!』


 俺のバフがかかった棍棒による一撃は強靭な肉体を持つグリムゾンによって容易く防がれしまった。

 バフが交代で切れるように、デバフもまた交代すれば消えてしまう。

 戦術が崩れて棒立ちしていたからいけると思ったが、瞬時にこの判断ができる辺り、舐めてかかれば一瞬で負けてしまうだろう。

 相手の戦術を封じ、こちらの戦術は完全とはいかずとも順調。戦況的には若干不利だが、勝ち筋は十二分にある。


 そして、勝利のカギはここからマチョルがどれだけ役割を遂行できるかにかかっている。

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