第26話 煉獄のミシカライザー

 近くの自然公園に移動し、早速バニラを召喚する。


「セット、カスレア。ミシカライズ!」

「フニャァ……ニャ?」


 少し眠たげに欠伸をしていたバニラだったが、目の前に現れたアビィさんを見て、時間が停まったかのように目を見開いて固まった。


「フシャァ――――!」


 そして、警戒するように毛を逆立てた。


「……めちゃくちゃ怒ってるね」

「……やっぱり、こうなりますよね」


 バニラは今まで見たことがないほどに敵意を剥き出しにしてアビィさんを威嚇している。

 そりゃそうだ。痛かったし怖かったはずだもの。


「あの、この前はごめ――」

「フシャ!」

「痛っ」


 アビィさんが手を伸ばした瞬間、バニラは鋭い爪を隠そうともせずに彼女の手を振り払った。


「大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄ると、アビィさんの手の甲から血が流れ出していた。


「大丈夫。こっちは殺そうとしたんだから、このくらいされて当然よ」


 アビィさんは笑ってくれたけど、その笑顔はどこか寂しげだった。


「本当にごめんね」

「ニャルガァ!」

「バニラ、落ち着いて! 《落ち着きなさい!》」


 あまりこういう使い方はしたくなかったが、魔力の籠もった指示を出して無理矢理バニラを落ち着かせて後ろから抱きしめる。


「ニャルラァ!」


 しかし、指示の効果はあるはずなのに、あたしの腕の中から抜け出そうとする力は緩むことはない。


「ニャガ!」

「あっ、こら!」


 隙を突いてあたしの腕の中から飛び出したバニラは、アビィさんの前に立つと唸り声をあげる。アビィさんを睨みつけるその瞳には、怒りというよりもやり場のない悲しみとも取れる感情が見えた気がした。


「フシャァ……!」

「……許してもらおうなんて思ってない。でも、あなたが私を許せないというのなら煮るなり焼くなり好きにして。自分勝手で悪いけど、私はケイムを探すためにもレイナと一緒にいなきゃいけないの。どうか、彼女と一緒にいることだけでも許してくれないかな?」

「ニャ……?」


 バニラはアビィさんの言葉に驚いたように目を丸くすると、やがてあたしの方を見上げてきた。何を考えているのかわからないけど、あたしは小さく微笑んで見せた。


「大丈夫、アビィさんは悪い人じゃないよ」


 じっとアビィさんを見つめたあと、バニラは納得したように一度鳴いた。


「ニャニャ……」


 バニラは縋るように前足をアビィさんへと伸ばす。その前足とアビィさんの手が触れ合うと思った瞬間――


「グリムゾン、《〝ブローエクスプロージョン!!!〟》」

「ニャ!?」


 聞こえた指示と共に、凄まじい爆発音が響いてバニラが吹き飛ばされた。


「バニラ!?」


 突然の出来事に呆然としていると、爆煙の向こうから背の高い男性が姿を現した。


「よぉ、大丈夫か。お嬢さん」


 短く逆立った青い髪と赤い瞳。長身痩躯だが、無駄のない引き締まった肉体をしているのが服の上からもわかる。男性は整った顔立ちをしており、その表情は自信に満ち溢れていた。


「バニラ、大丈夫!?」

「ニャァン……」


 慌てて吹き飛ばされたバニラの方に駆け寄ると、バニラは戦闘不能にこそなっていないが、立ち上がれないほどの傷を負っていた。


「いきなり何するのよ!」

「おいおい、あんたのモンスターだったのかよ」


 男性を睨みつけながら抗議するも、彼は悪びれた様子もなく肩をすくめた。


「まさか、カスレアなんて〝養分〟を使役してるミシカライザーがいるなんて思わなかったぜ。綺麗な姉ちゃんが野生のモンスターに襲われてるのかと思っちまったよ」

「何ですって……!」


 カッとなって言い返そうとして振り向くと、彼はを見下すような視線を向けてきた。


「それにしても、使役するモンスターすら抑えられないなんて才能ないんだな」

「っ!」


 彼の言葉が胸に突き刺さる。自分が未熟者なんてわかっていたことだが、こうして他人から言われると悔しさが込み上げてくる。


「あーあ、助けて損したぜ。帰るぞ、グリムゾン。インプリズン」


 男性はバニラを殴り飛ばした燃え盛る鬣を持つ巨大なクマのモンスターにスマホを向けて召喚を解除する。

 そして、そのまま振り返ることなく立ち去っていった。


「……まさか、こんなところで会うなんてね」

「アビィさん、知ってるんですか?」


 男性の背中を見送っているアビィさんに訊ねると、彼女は苦々しげに口を開いた。


「チャガ・ソック。この前のシニア部門新人王戦でも優勝した最近話題のミシカライザーだよ。あまり良い噂は聞かないけどね」


 チャガ・ソック。その名前はあたしも聞いたことがある。

 通称、煉獄。火属性のモンスターのエキスパートと呼ばれていて、使役するモンスターはさっきのグリムゾンをはじめ、強力なモンスターばかり。ジュニア部門では目立った話は聞いたことがなかったけど、シニア部門に移ってからようやく実力を発揮できるようになったのだろうか。


「とにかく、今はその子の治療が先だよ」

「そうでした! インプリズン」


 あたしは慌てて腕の中でぐったりとしているバニラをスマホへと戻す。あたしの魔力だと治るのに時間はかかりそうだけど、仕方がない。本当にミシカライザーとして不甲斐ない。


 それから、これ以上何かトラブルに巻き込まれる前に、あたし達は自然公園を離れたのだった。

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