第18話 生死不明の恋人
俺が再び神剋のミシカライザーを目指すことを決意した日から数日が経った。
「アニキ、何してるんスか?」
マチョルが不思議そうな顔で俺の目の前に浮かんでいる画面を覗き込んでくる。
「情報収集だ」
俺は現在、スマホの内側からネットにアクセスして情報を集めていた。
世界の動向、石版大戦の環境、新米ミシカライザーでも注目株のミシカライザーなど、とにかく今の環境を知ることは目下最重要課題だった。
「こいつはこの前のお嬢に突っかかってきた奴ッスね」
「ジョン・エイゼイ。ジュニア部門では毎回レイナに決勝で負けて準優勝。当時はレイナの話題性に埋もれがちだったが、悪くない経歴だ」
シニア部門に来てからは勝ち越してはいるものの、グランドーガを筆頭にごり押し的な戦い方のせいで搦め手には弱い。良くも悪くもモンスターのスペック頼りな面が目立っているミシカライザーだ。
「トントン拍子なんて言ってたが、あれはただの見栄だな」
レイナに負けたときも「これで勝ったと思うなよ!」と典型的な捨て台詞を吐いて去っていった。当面の活動資金も多めに渡していたし、悪い奴ではないのだろう。
「偶然会ったなんて言ってたが、あいつはレイナのことを探してたみたいだぞ」
「えっ、そんなこともわかるんスか」
「SNSで行動を追っていったら、レイナの行った場所を後を追うようにして訪れてるからな」
「ストーカーじゃないスか」
「それだけレイナに執着してたんだろ」
どうやっても勝てず、自分の横でずっと名声を得続けていたライバルが堕ちていった。それでいろいろと拗らせてしまったのだろう。
その結果、レイナは当面の活動資金を得ることができたのだからジョンには感謝しないといけない。
「次やるときはハンデなしになるだろうから、そのときまでに俺達も強くならないといけないぞ」
「そうッスね。オイラ、頑張るッス!」
マチョルはやる気十分といった様子だ。こいつがグランドーガに神化してくれれば、レイナのスタメンの火力担当がしっかりする。俺は俺でサポート面を極めなければ。
「あっ、今度はお嬢の情報ッスか?」
「レイナのことも知っておかないとやりづらいだろうからな」
俺は石版管理局のサイトにアクセスして、レイナのミシカライザーとしての経歴を閲覧する。
改めて見ると、すごい経歴だ。ジュニア部門で出場した公式大会には全て〝優勝〟の二文字が並んでおり、シニア部門ではそのほとんどが一回戦敗退となっている。
ここまで極端な経歴を持つミシカライザーはレイナくらいだろう。
「ミシカライザーって何歳からなれるんスか?」
「年齢制限はない。それこそ何歳からでもなれる。俺なんて最初にスマホを握ったのは五歳のときだ。レイナなんて生後三ヶ月でスマホ持ってたらしいぞ」
「超エリートじゃないッスか」
マチョルは信じられないといった表情をするが、子供の頃からミシカライザーになるのは割とよくある話である。何せ登録するだけなら石版管理局に登録料を払えばいいだけなのだから。
「レイナの魔力不足は割と深刻な問題みたいだな」
「深刻のミシカライザーってことッスね」
「はっ倒すぞ」
「……すみません」
くだらないダジャレを言ったマチョルを黙らせると俺は続ける。
「レイナの戦術は元々相手を疲弊させ、チャンスを作って攻め込む守備型のスタイルだ」
ある意味、交代や死に出しを駆使してチャンスを作るスタイルだった俺と似ているとも言える。
「シニア部門での試合を見る限り、その戦術は変えざるを得なかったってところだな」
「どういうことッスか?」
「レイナの魔力量じゃ持久戦は向かない。あいつは常に短期決戦をしかけないといけないんだ」
一番得意だった戦術が潰され、それ以外の合わないスタイルで戦わなければいけない。よくもまあ、こんな状況で諦めずにミシカライザーでいられ続けたものだ。
「治療方法や魔力アップトレーニング、怪しげな薬にも手を出したみたいだが成果は出なかったようだな」
レイナなりに現状を変えようと必死に藻掻いていたのだろう。
その結果、大博打を打って全てを失ったわけだ。
「俺もレイナもゼロからのスタートってわけだ。やることは山積みだよ」
俺は画面を閉じて溜息をつく。
「それにこの殺風景なスマホ内もなんとかしなくちゃな」
スマホの中にはただ真っ白な空間が広がっているだけで何もない。とてもではないが、知性ある生き物が暮らす場所ではない。飯の時間になれば、レイナが俺達を召喚してくれて外で食事を取っているが、寝心地は最悪だ。
「えっ、これって変えられるんスか!」
マチョルは驚きの声を上げる。この状態が当たり前だと思っていたのかこいつ……。
「これ、真っ新なのはたぶん初期設定だからだぞ。レイナの奴、金は手に入ったんだから内装くらい変えてくれよ……」
地下闘技場で全てを賭けて全てを失ったと言っていたが、スマホ内の課金コンテンツまで失わなくても良かっただろうに。一歩間違えれば、身ぐるみ全部剥がされていたと言っても過言ではない。
「俺のときはモンスターごとに区域作って、それぞれにあった空間を設定してたな」
食事も運動も、モンスターの好きなように過ごせる空間。それを設定するだけで石版大戦でのコンディションは各段に良くなる。
それに内部の空間を設定することはミシカライザーにも利があるのだ。
「スマホ内に家具とかいろいろ配置しておけば、宿に泊まったときにそのままスマホ内の部屋を召喚できるんだよ。もちろん、宿の容量に合わせて制限はあるけどな」
「ひゃー、ミシカライザーって何かと便利ッスね」
「便利だが、石版大戦で食っていけるのは、全体のほんの一部だ」
大抵のミシカライザーは夢破れ、使役しているモンスターを活かせる職業に就く。それすらできなかったミシカライザーは人間だけで出来る仕事に就くことになる。
俺はひたすら勝つことだけ考えて石版大戦を続け、神剋になってからは人生何週か分稼いだが、大体はモンスターの育成につぎ込んでいたからなぁ……。
「とにもかくにも金がなければこの真っ新な空間だって改築できない。レイナには稼いでもらわないと困るんだよ」
「そうはいっても、ミシカライザーが生計を立てるにはどうすればいいんスか?」
「手っ取り早いのは石版大戦で勝利することだが、野良の試合じゃガキの小遣い程度にしかならない」
石版管理局が開くような公式戦なら話は別だが、俺とマチョルしかモンスターがいない現状ではそれも難しい。
封印用の石版もタダで使えるものは性能が低く、強いモンスターを封印できる石版は揃いも揃って高価だ。
「で、だ。俺の方針としては格上のミシカライザーを倒して俺達も成長しつつ、金も稼ぐって感じでいこうと思う」
俺の提案にマチョルは腕を組んで考え込む。
「……その方針、お嬢に共有できないんスか?」
「言葉が通じないんだから厳しいな」
モンスターになってからというもの、俺の口から発せられるのは媚びたような猫の鳴き声。肉声がダメならと空中に光で文字を書いてみたが、勝手にモンスターの言葉に翻訳されてしまいレイナに伝わることはなかった。
モンスターはミシカライザーに使役されることで知性を得て、他のモンスターや人間の言葉を理解できるようになる。
しかし、その仕組みはかなり雑なもので、魔法で強制的に翻訳されるというものだった。
人間からの指示を的確に理解するためなのだろうが、こっちから発信しようとする人間の言葉をモンスターの言葉に強制翻訳するのは勘弁してもらいたいところだ。
「筆談も封じられた以上、身振り手振りしかないんだが、どうもレイナは自分に都合の良いように汲み取るから伝わらないんだよ」
「八方塞がりッスねぇ」
「そうでもないさ」
俺はニヤリと笑うと、画面をスワイプしてメッセージアプリを開く。当然アカウントはレイナのものだ。
「レイナのスマホを内側からハッキングして特定のミシカライザーにチャットを送る。当人にしかわからない秘密付きでな」
「うわぁ……」
俺の案にマチョルはドン引きしていた。俺も酷い案だとは思うが、レイナをこちらで動かせない以上、仕方がないのだ。
「あとは向こうが突っかかって喧嘩になれば石版大戦に発展する。そういう奴を選ぶんだ」
「でも、ただの悪戯って思われないッスか?」
「普通ならな」
そう普通ならただのスパムだと思われてアカウントをブロックされてしまう。俺だってする。
「だが、世間に公表されていない行方不明の恋人の居場所を知っているというメッセージはなら飛んでくる奴を一人知ってるぞ」
「アニキ、まさかあんた……」
「こっちは殺されかけたんだ。金巻き上げるくらい許してくれるだろ」
アドレスを把握していて、生死不明の恋人の情報という冷静さを失わせる情報に食いつきそうな人物。そう、俺の恋人であるアビィがいる。
アビィの使役しているモンスターもほとんどは愛玩用のペットや移動用の乗り物代わりだけだし、石版大戦に発展すれば勝つ見込みは十分にある。
トライコーンの特殊能力は厄介だが、俺とマチョルならギリギリ戦術次第では勝てる見込みもある。アビィにミシカライザーとしての才能はないしな。
「待ってろよ、クソ駄馬ァ……!」
「完全に私怨ッスね……」
[レイナ・ケーモント:私は行方不明のケイム・ブライヤの居場所を知っている]
[レイナ・ケーモント:1.情報が欲しければアーバンロックの私の拠点まで来い]
[レイナ・ケーモント:2.いくらで情報を買うかはそちらの判断に委ねる]
俺は意気揚々とメッセージを入力して送信した。
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