第23話 貴重な手がかり

 アビィさんは呆気に取られたような表情を浮かべていたが、やがて納得したように口を開いた。


「〝堕ちた神童〟の噂は本当だったんだね」

「あー……ご存じだったんですね」


 レイナ・ケーモントという名前は今でこそ知名度は低いが、神童レイナという通り名は未だにオワコンミシカライザーとして有名だ。


「まあ、職業柄ね」

「アビィさんもミシカライザーですよね。お仕事は何をされてるんですか?」

「私に石版大戦の才能はなかったから、仕事は全然ミシカライザーじゃなくてもできるものなんだけどね」


 石版大戦を引退したミシカライザーは大抵の場合、使役するモンスターを活かせる職業に就くことが多い。それにも当てはまらないとなると、どんな職に就いているのだろうか。


「私は〝週間ミシカライザー〟って雑誌のライターをしているの」

「えぇ!? 私、毎週買ってますよ!」


 週間ミシカライザーはトップクラスの実力を持つミシカライザーや最近注目されているミシカライザーの特集が載っている週刊誌だ。そんなところで働いているなんてアビィさんは想像以上に凄い人だったみたいだ。


「ふふっ、ご愛読ありがとうございます」

「そういえば、見てくださいこれ! 先週のやつなんですけど、ケイム選手が表紙の号で偶然ケイム選手に会ってサインをもらっちゃったんです!」


 鞄の中から週間ミシカライザーを取り出してアビィさんに見せる。

 思えば、憧れで最推しのケイム選手に会えてサインをもらえた上に、石版大戦のアドバイスまでもらってしまうなんて、あたしは人生の運を使い尽くしてしまったんじゃないだろうか。

 最後まで諦めなかった奴だけが勝利を掴むことができる――この言葉のおかげでこの前の石版大戦もマチョルやバニラと勝つことができたのだ。


「嘘、でしょ……」


 雑誌の表紙に書かれたサインを見て、アビィさんは目を見開いた。それから険しい表情を浮かべると、真剣な声音で尋ねてきた。


「一週間前って言ってたよね。このサインをもらった具体的な日時と場所は?」

「えっと、ケイム選手の神剋戦が終わった次の日でした。セレスティア神域行きのゴンドラゴンに乗ってるときに、偶然ケイム選手が隣の席にいたんです。それでケイム選手があたし持っている雑誌を見てサインをくれたんです」


 あのときは本当に嬉しかった。思い出すだけで顔がニヤけてしまう。

 でも、どうしてだろう。アビィさんの顔がどんどん険しくなっていく。


「ケイム――選手はそのとき、どこに行くとか言ってなかった?」

「確か修行のために霊峰アルカンシエルに行くって言ってました」


 一般人は立ち入りを禁止された神域の中でも特に危険とされる区域。神剋の称号を持つケイム選手だからこそ入れる場所。彼はそこに修行しに行くと言っていたはずだ。


「霊峰、アルカンシエル」


 噛みしめるようにあたしの言葉を繰り返すと、アビィさんは小さく息を吐いてから口を開いた。


「そこで虹色の霧が出たのも、一週間前」


 ブツブツと呟くように発せられた言葉の意味を理解するまでに数秒かかった。

 虹色の霧。それは神話モンスター虹の幻獣アルコバレアスの出現と同時に現れる現象とされている。それが発生したのが、ちょうど一週間ほど前。

 あたしの背筋に冷たいものが走る。


「あ、あの……アビィさん?」

「レイナ、ありがとう。私の恋人は生きてる。その確信が持てたよ」

「それは、どういう?」


 恐る恐る聞き返してみるが、今の流れで答えはわかっている。


「これはオフレコでお願いしたいんだけど、神剋ケイム・ブライヤは私の恋人なの」


 この流れでレイナさんの恋人というのがケイム選手だとわからないバカはいないだろう。

 つまり、アビィさんの恋人であるケイム選手は、霊峰アルカンシエルに向かい行方不明となった。虹色の霧の伝説が本当ならば、ケイム選手はアルコバレアスと戦い、そのまま……。


 もし文字化けしたメッセージがケイム選手がアビィさんに助けを求めるメッセージを送ったとするならば、彼はまだ生きていることになる。あたしのスマホをハッキングしたのもケイム選手かもしれない。

 でも、そうなると疑問が残る。何故、ケイムさんは私を選んだのか。


 そして、それ以上に気になるのが――


「ケイム選手、彼女いたんだ……」

「落ち込むとこ、そっちなの!?」

「うぅ……しょうがないじゃないですか……」


 アビィさんの言葉に頬を膨らませる。別に彼女になりたいとかそういうことは考えてないけど、崇拝レベルで憧れている人の生々しい話はちょっと心にくるのだ。


「あっ、もしかしてガチ恋勢だった?」

「ガチ恋じゃなくても推しに恋人いるのはモヤるんです……」


 それでも、全ミシカライザーの頂点に立つ存在の彼女がアビィさんならば納得もいく。

 こんなに美人で性格も良い人、滅多にいないだろう。

 話は脱線してしまったが、ここまで情報が揃えばあたしのアカウントから発信されたメッセージがただのスマホのバグだとは思えなくなってくる。


「ケイム選手、今何してるんだろう……」


 あたしが人生最高の日だと思っていたケイム選手と出会った日。どうやら、その日はケイム選手にとって最悪の厄日だったようだ。

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