第24話 職場からの電話

 それからお互いに情報を出し合った結果、あたしとケイム選手の接触以外にめぼしい情報は出てこなかった。

 会計を済ませてカフェを出ると、私達は駅に向かって歩き出す。割り勘にするっていったのに、さらりと奢られてしまった。これが大人の女性か。


「結局、何もわかりませんでしたね……お役に立てず、すみません」

「そんなことないよ。ケイムが生きている可能性に信憑性が出た。私にはそれだけで十分」

「アビィさん……」


 心の底から安堵しているのがわかる優しい笑みを浮かべるアビィさんを見て、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 ケイム選手がアビィさんのことを好きになった理由がなんとなくわかった気がする。

 アビィさんの笑顔は、優しくて暖かい。石版大戦にストイックな姿勢で臨み、自分を追い込むタイプのケイム選手は、そんなアビィさんの優しさに惹かれたんだと思う。

 あたしがそんなことを考えていると、アビィさんのスマホから着信音が鳴った。


「あっ、ごめん職場から着信だ」

「大丈夫ですよ。あたしのことは気にせず出てください」


 申し訳なさそうな表情を浮かべると、アビィさんは通話に出る。


「ごめんね……はい、アビゲイル・ソアレです」

『バカ野郎! どこで油売ってやがる!』


 アビィさんが通話に出た瞬間、スマホから凄まじい怒号が飛んできた。そのあまりの声量に、アビィさんは反射的にスマホを耳から離していた。


「……編集長、今日は取材があるとお伝えしたはずです」

『しょうもねぇ木っ端ミシカライザーの取材なんざお前のする仕事じゃねぇんだよ! お前にはもっと追うべき大スクープがあんだろ!』


 どうやら相手はアビィさんの勤務先である週刊ミシカライザーの編集長らしい。


『お前はあの神剋のミシカライザー様の恋人だろうが! その立場を使わないでどうする!』

「ですから、ケイムは私との関係を公言していなかったせいで、警察にも石版管理局にも信じてもらえなかったんです。雑誌のライターっていう肩書きがあるせいで、恋人を騙っている悪質なライターって思われたくらいなんですから」

『恋人としての証拠を出せばいい! いちゃついてる写真の一枚や二枚あるだろ』

「っ……ケイムはそういうの、嫌いなんです。そんな写真あったらとっくに見せてます」


 アビィさんは編集長の言葉に悲し気な表情を浮かべた。ケイム選手がストイックなのは知ってたけど、恋人と写真を撮ることもしなかったなんて意外だ。ファンとは何枚でも写真を撮ってくれるくらいファンサが凄い人なのに。


『ったく、せっかくのスクープのチャンスなのに使えない奴だ』

「お役に立てず申し訳ございません」


 アビィさんは歯を食い縛り泣きそうな表情を浮かべていた。


『……しばらく編集部には来なくていい。取材はこっちで進めておくからお前は休め』


 さすがに言い過ぎたと思ったのか、編集長はそう言うと一方的に電話を切った。


「アビィさん、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫よ」


 目尻に涙が浮かび、唇から血が滲んでいる。その表情はまったくと言っていいほど、大丈夫なようには見えなかった。


「本当に大丈夫だよ。お休みももらえちゃったし、むしろラッキーみたいな?」


 そこで言葉を区切ると、アビィさんは覚悟を決めた表情を浮かべて告げる。


「これでケイムの捜索に専念できる」


 その瞳にはメラメラと炎が燃え上がっていた。さっきまでのしおらしさはどこへやら、アビィさんはあたしが思っている以上に強い人だった。


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