第36話 コーチング

「今は特訓に集中しよっか」

「そうですね」


 こうして一悶着あったものの、アビィのアドバイスの元でレイナと俺の特訓が再開された。


「セット、キュー・ビコリ。ミシカライズ!」


 アビィが特訓相手として召喚したのはミサキだった。さっきのことがあるだけに少し気まずい。


「キューン(お手柔らかにお願いします)」

「ニャニャン(よく言うよ)」


 ミサキの目を見ればわかる。今までの鬱憤を晴らす気満々なのだろう。


「ミサキ、《まずは炎で逃げ道を塞いで〝火炎符!!!〟》」

「バニラ、《加速して距離を詰めて! 〝セイクリットダスター!!!〟》」


 ミサキは魔力の籠もった符から炎を出す。

 キュー・ビコリは〝属性のデパート〟と言われるほどに多彩な攻撃魔法を使うことができる。

 本来、風属性であるキュー・ビコリは火属性が弱点になるのだが、水属性の魔法で反撃ができるのは大きな強みと言えるだろう。


「ニャウ!(しゃらくせぇ!)」


 ただ多彩な攻撃ができる反面、決定力に欠ける。それがこいつの弱点だ。有利な属性で攻撃したところで、押し切れなければ反撃をくらって負けてしまうのである。

 俺はライトニングネイルで炎を切り裂いて進む。ミサキの視線は炎のない箇所に向いていた。炎が展開されている場所を切り裂いて進めば、そこは死角になる。


「コン!?(なんて無茶な攻撃を!?)」


 ミサキの死角から回し蹴りを叩き込むが、ガードされてしまった。さすがは俺が使役していたモンスターだ。咄嗟の判断力は鈍っていないようだ。


「ちょっとバニラ! 何やってるの!」


 指示を無視したことでレイナが声を荒らげる。レイナの指示も悪くはない。炎で動きを制限される以上、安定行動も大切だ。


「コーン!(少しは主の言うことを聞いたらどうですか?)」

「ニャルラ!(最適な指示だったら素直に聞くさ!)」


 だが、それは相手の掌の上で踊ることに他ならない。

 俺のようにじっくり戦況を見極める余裕があるミシカライザーならそれもいいのだろうが、レイナはできるだけ意表をついてチャンスを作っていく戦術を取らなければ魔力切れを起こしてしまう。

 ジュニア部門はもっと思い切りのいい戦いをしていたはずなのに、魔力不足のせいでかなり卑屈になってしまっている。レイナはまずその意識から直さなければいけないのだ。


「想像以上のすばしっこさだね……ミサキ、《念動力で捕まえて!》」

「キューン(承知致しました)」


 トライコーンと一戦交えたときにも使われた念動力。これがミサキの持つ技の中で一番厄介とも言えるだろう。

 大抵の魔法はこれで操って跳ね返すこともできる。近接で戦いを仕掛けてくるモンスターも一方的に動きを封じることができる。

 俺も神剋になる前は、ミサキの念動力で完封した試合をいくつも経験している。


「ニャーガ(スタングレネード)」

「コン!?(眩しっ!?)」


 それだけに対策も無限に考えている。

 念動力は強力な分、集中力がいる魔法だ。それ故、念動力の対象にできるものは一つだけ。

 魔法を反射しようとすれば、相手はフリーになる。逆に相手の動きを封じようとすれば、既に放たれた魔法を防ぐことはできない。

 そして、念動力を発動させるには対象を視界に入れなければいけない。つまり、目潰しの類いに滅法弱いのだ。

 特に、俺は光魔法を予備動作なしで発動させられることもあり念動力を防ぐくらい造作もなかった。


「ミサキ、《目の前に防風壁を展開して――」

「ニャラァ!(遅ぇ!)」


 俺はミサキに急接近して爪を振り下ろす。


「ニャウ(こんなもんだな)」


 ミサキを切り裂くギリギリのところで攻撃を止めると、俺はレイナの前まで戻る。


「ニャ、ニャニャン(さ、第二ラウンドだ)」


 俺は振り返ってミサキに戦闘続行の意思を示す。

 その様子を見ていたレイナは、はっとした様子で呟いた。


「もしかして、バニラはあたしに戦い方を教えようとしてるの?」

「ニャウ(そうだ)」


 レイナの言葉に俺は振り返って大きく頷く。良かった。言葉は通じなくても理解してくれたようだ。


「……あたしは魔力量が少ない。ゆっくりとした試合展開じゃ魔力切れを起こす。攻撃を耐えての様子見はできない。でも、相手にも戦術がある以上、無闇に突っ込んでも負けが込むだけ、そんなあたしが勝つために必要な戦術は守ってチャンスを作ることじゃない」


 レイナは俺の言いたいことを全て汲み取ってくれたようで、ぶつぶつと独り言を溢しながら考え込み始めた。これでレイナの戦い方は変わるだろう。


「何か掴んだみたいだね」

「はい、バニラのおかげでなんとか」


 レイナの表情からは自信のようなものが感じられた。この調子なら心配はいらない。すぐに全盛期の調子を取り戻してくれるはずだ。


「じゃあ、再開しよっか」

「はい!」


 何せ、こいつは神童のミシカライザーなのだから。

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