第6話 神童のミシカライザー
四年前、当時十二歳でありながら同世代の誰よりも強く、観客を魅了していた女の子。俺はジュニア部門では結果を残せていなかっただけに、当時の俺は彼女の戦いぶりを見て、いつか戦いたいと思っていたのだ。
だが、気がつけばレイナは石版大戦の公式戦から姿を消した。それ以来、まったく噂を聞かなかったからすっかり忘れていたのだ。
「もしかして、ミシカライザーは引退しちゃったのか?」
「いえ、今もミシカライザーではあります。一応、ですが」
俺の問いに、レイナは苦笑いで答える。含みのある言い方だ。神童と呼ばれた彼女がなぜ一線を退いたのか。メディアでも特に取り上げられていなかったため、俺も詳しいことは知らないのだ。
「……あたしには才能がなかったんです」
レイナは悲しげに目を伏せると、ぽつりと言葉を漏らす。
「そうは見えなかったけど。実際、すぐに神剋戦まで登ってくると思って研究してたくらいだったからね」
「あはは、ご期待に沿えず申し訳ございません」
自嘲気味に呟くと、レイナはため息をつく。これは何かワケありという表情だ。
「話してみてくれないか。無神経かもしれないけど、未来のライバルが人知れず消えていたなんて後味が悪くてね」
「ケイム選手にそこまで期待してもらえてたなんて光栄ですね。昔の自分に感謝しなくちゃ」
俺の提案に対し、彼女は困り顔のまま微笑む。それから、しばらく黙りこんで意を決したように口を開いた。
「あたし、人より魔力が少ないみたいなんです」
通常、人間の魔力はこの世界のどの生物のものより濃く、鍛錬によって魔力の質を上げることで使役するモンスターに神格を付与することができる。そうして神化したモンスターはより強力な力を手にすることができるのだ。
多少人より生まれ持った魔力が少ない程度ならば、そこまで問題にはならないとは思うのだが、レイナの様子を見るにその程度ではないのだろう。
「あたしの魔力は一般的なミシカライザーの半分もないみたいなんです」
「なるほど、ジュニア部門のルールなら石版大戦で消費する魔力も少なくて済むからね」
ジュニア部門の大会では、一対一の形式のものが多く、召喚するモンスターも少ない。決着も長引くことはあまりないため、魔力面での負担はほとんどなかったのだろう。
だが、そこから先はそうもいかない。
普通の石版大戦は、三対三のルールで行われる。さらに神剋戦などの試合になれば六対六の試合になってしまう。常人の半分以下の魔力で戦っていくのは厳しいだろう。
「ジュニア部門を出て、段々と勝てなくなって、そして使役していたモンスターもみんな失っちゃいました」
「失った?」
モンスターは石版に封じて使役することで、寿命や死という概念から解放される。
そのため、モンスターを失うなんてことにはまずならないだろう。
「石版大戦の賭けで持っていかれちゃったんです」
「どうしてそんなリスキーなことを……」
この世界には、金銭以外にも様々なものを賭けて行う石版大戦も存在する。
「その、魔力増強剤というものが優勝賞品にあると聞いて……アビス神域の地下闘技大会に参加してしまって」
「おおう……」
どうやら彼女はミシカライザーとして全てを賭けて一発逆転を狙い、敗北して全てを失ったようだ。
その魔力増強剤とやらの効果はわからないが、それを手に入れればレイナの魔力不足を補える代物なのかもしれない。違法感満載ではあるが。
レイナに使役されていたモンスター達も裏のルートで捌かれ、カタギじゃないミシカライザーに使役されていると見ていいだろう。なんというか、不憫である。
「今や手元に残った石版は一枚。それも、ちょっと前に入手したばかりの子だけです」
レイナは俯くと目尻に涙を滲ませ、自分の掌を見つめながら呟いた。
「ミシカライザー失格ですよね。もう諦めた方がいいのはわかっているんですけど……」
「諦めるにはまだ早いんじゃないか」
「え?」
俺の言葉に、レイナは弾かれたように顔を上げる。現実的には厳しいだろう。だが、可能性はゼロではないのならば挑戦するのは悪いことではない。
「石版大戦で勝つためには、何ができて何ができないのかを明確に知ることだ。それはモンスターだけじゃない。自分自身も含まれる」
俺はそう言い切ると、レイナの目を真っ直ぐに見据えて言葉を続ける。
「そして、何よりも――最後まで諦めなかった奴だけが勝利を掴むことができる」
俺の言葉に、レイナはハッとした表情を浮かべた。彼女の目に宿った輝きは、まだ完全に消えてはいない。
「魔力が少ないのなら魔力が少なくても勝てる方法を見つける。それができたとき、君はまた強くなれるよ」
こんなの気休めでしかない。実際問題、他人事だから言えることではある。それでも、伝えずにはいられなかった。
「ありがとうございます、なんだか少し気持ちが楽になりました」
「それは良かった」
それでも、もう一度立ち上がるためのきっかけになれるのなら本望だ。
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