第4話 トライコーンを可愛がってね
一通り神剋戦の反省会を終えると、俺のスマホに着信があった。画面に表示されている名前は〝アビィ〟。俺の彼女である。
「もしもし、アビィか?」
『神剋防衛おめでとう! って、ケイムなら当然か』
「まあな」
何てことないように振る舞うが、こうして愛する彼女から賞賛の言葉をかけらてもらえるのは悪い気分じゃない。思わず笑みがこぼれそうになるのを、ぐっと堪える。
『ていうか、インタビュー見たけど何あれ。いつものことだけど、メディア用にキャラ作り過ぎでしょ。別人過ぎて職場で笑い堪えるの大変だったんだからね!』
電話越しに聞こえる彼女の声には、言葉とは裏腹に嬉しさが滲んでいた。
「うっせ。こちとら何社もスポンサー企業背負ってんだ。イメージは大事だろ。それに神剋になって付き合い出したとき、外面を良くしろって言ったのはアビィだろうが」
「あれ、そうだっけ? 忘れちゃった♪」
「こいつ……」
神剋戦もインタビューも全世界に配信されていた。神剋というミシカライザーの頂点に立つ称号を持つ存在である以上、メディアを意識した行動をしなければいけない。
そんな中、彼女であるアビィは俺が唯一気兼ねなく接することのできる人物だ。
「それより、最近あまり会えなくてごめんな」
『仕方ないよ。だってあんたは神剋のミシカライザー様でしょ。私はあなたが活躍してる姿を見れるだけで幸せなの』
仕事が忙しくても、こうして理解ある彼女を持てた俺は幸せ者だ。
メディア用に心ない言葉を吐いたり、汚い手の挑戦者と握手したり、石版大戦のせの字もしらないクソガキに特別講師として授業をしたり、神剋のミシカライザーという称号は何かと面倒事が付き纏う。
それでも、アビィは俺を応援してくれる。それだけで頑張れる。
俺は彼女との会話を楽しみつつ、人様のベッドの上でスヤスヤと寝息を立て始めたトライコーンに視線を向けた。
こいつ、もう要らんな。
「そうだ。アビィ、トライコーンいるか?」
「ヒィン!?」
突然話を振られたトライコーンはビクリと身体を震わせて飛び起きた。
『えっ、確かにカッコイイし欲しいとは思うけど、いいの? 神話モンスターでしょ』
「バカいえ、こいつの価値は召喚しただけで相手を弱体化させる特殊効果だけだ。似たようなモンスターはごまんといる。神話モンスターの癖に根性のないモンスターなんざ使えねぇよ」
『相変わらず手厳しいねぇ。でも、そういうストイックなところも好きだよ』
電話越しにそう言ってアビィはクスリと笑う。
『それじゃ、お言葉に甘えてもらっちゃおうかな。トライコーンに乗馬して観光とかやってみたかったの』
「ああ、好きに使ってやってくれ。ミシカライザーを背中に乗せて走る程度ならこいつでもできるだろうからな。石版に戻して転送するから一旦切るぞ」
『はいはーい。待ってるね』
俺はアビィのスマホへ転送の準備をするため、一度通話を切るとトライコーンへと向き直った。
「せいぜい、愛玩動物として可愛がってもらえ。俺は戦いに向いてない奴を無理矢理戦わせる趣味はねぇからな」
アビィは俺がミシカライザーになり、公式戦である程度勝てるようになったときからずっと応援してくれていた。どんなファンの言葉よりも、彼女に勝利を祝ってもらえることが俺の幸せだった。
使えない駄馬一匹上げて喜んでもらえるのならば、喜んで差し出そう。
「ブルルルッ!」
「何言ってるかわかんねぇよ。インプリズン」
暴れ出そうとしたトライコーンを石版に封じ込めると、俺はスマホを操作してアビィへとトライコーンを送った。
「あばよ」
ちょうどパーティの入れ替えは行う予定だったし、トライコーンの枠に入れる候補はある程度絞ってある。あとでモンスターを預けている管理システムにアクセスしなければ。
石版の転送も終わったことで、再びアビィへと通話をかける。
「ちゃんと届いたか?」
『うん、ありがとね。大切に育てる』
アビィの声は通話越しでもわかるくらいに弾んでいた。石版大戦では使えなくても、コレクションとしの価値は高いからな。喜んでもらえたようで何よりだ。
「それともう一つ。その、お互い忙しいとは思うんだが、明日から三日間のどこかで会えないか?」
俺はポケットの中の箱に触れながらそう切り出した。
『別にいいけど、貴重なオフの日でしょ?』
「貴重なオフの日だから会いたいんだろうが」
『ふーん、嬉しいこと言ってくれるじゃん』
俺の言葉の意味を理解したのか、アビィはくすりと笑った。
『いいよ。それじゃ明日から三日間空けておくから好きなときに連絡して?』
「いいのか?」
『私とケイムじゃ忙しさの質が違うんだからこのくらいはね。楽しみにしてる』
「ああ、俺も楽しみにしてる」
名残惜しさを感じつつも電話を切る。
「っしゃァ!」
アビィとの約束を取り付けた俺は浮かれる気分を抑えきれずに叫ぶ。
やっと、やっとだ。ずっと渡せなかった婚約指輪。それを渡すチャンスが巡ってきたのだ。
プロポーズの言葉も決まっている。指輪だって給料の三ヶ月分どころか、二十代男性の平均年収の数倍はある特殊な魔鉱石でできた特注品だ。
随分と待たせてしまったが、最高の場所で最高のシチュエーションで、最高のプロポーズをするんだ。
「ん、また電話か」
アビィとの通話を終えると、再び着信があった。
「はい、こちらケイムです」
『もしもしケイムさん? 神剋防衛おめでとうございます』
「ありがとうございます、マネージャー」
今度の通話相手はマネージャーだった。神剋のミシカライザーともなると、石版大戦以外にもイベントや雑誌のインタビュー、CM撮影などで多忙を極める。そのため、スケジュール管理やマネジメントを行う専属のマネージャーが俺にはついているのだ。
『実は先程石版管理局の方から連絡がありまして、セレスティア神域〝霊峰アルカンシエル〟への入山許可が取れました』
「本当ですか!?」
石版管理局とは、その名の通り世界のあちこちに存在するモンスターを封じ込めた石版を管理する組織のことである。
モンスターを使役するには、遺跡から石版を発掘するか、自然に生きるモンスターを石版に封じ込めるかの二通りだ。六つの神域からなるこの世界の危険区域に入るためには、まず管理局に通行証を発行してもらう必要がある。
つまり、今回のように事前に許可を取っておかなければ、たとえ神剋のミシカライザーである俺だろうと危険区域には入れないのだ。
『あの……神剋のミシカライザーとして強さを求め続けるストイックさはいいんですけど、四日後には雑誌の取材や生配信への出演もあるので、ほどほどで切り上げて帰ってきてくださいね?』
「もちろんですよ。マネージャーに迷惑はかけません」
俺に自由が許されたのは三日のみ。これでもかなり予定を前倒しで消化して手に入れた貴重なオフの日だ。
「ったく、タイミングを考えろってんだ……」
通話を切ると、つい毒づいてしまう。
ずっと追い求めていた物の手がかり。アビィにプロポーズすることを決意した途端にそれが見つかるなんて、タイミングが悪すぎる。
霊峰アルカンシエルへは最低でも往復二日かかる。さっさと用事を済ませてアビィと会わなくてはいけないというのに……。
「今回のチャンスを逃せば虹色の霧はいつ出るかわからない……迷うまでもねぇ」
感情とは別に頭の中では明確にタスクの優先順位が決められていく。プロポーズはいつでもできるが、霊峰アルカンシエルへはいつでも入れるわけではない。
[ケイム:待ち合わせ]
[ケイム:1.日時、三日後に十一時でどうだ?]
[ケイム:2. 場所、セレスティア神域エルミナ、カフェ〝セラフ〟]
いつものように端的に要件をまとめてアビィへとメッセージを送る。
[アビィ:わかった。一応あとでお店のページ送っておいてね]
[ケイム:おう]
本当はオフ初日から決めたかったところだが、仕方がない。渋々、オフの日の最終日にアビィと会う予定を入れた。
「待ってろよ。アルコバレアス……!」
俺の求める幻のモンスター。そいつを手にする未来はもうすぐそこにある。
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