第10話 統一合衆国大統領
ダンジョンの制覇は順調に進んだ。予定通り力押しで、氷原フェンリルと墓場ヴァンパイアの制覇は終わった。今はドラゴン火山の入り口の扉へ、玉藻とともに歩いている。
「残すは子のドラゴン火山のみか」
「…………。」
隣を歩く玉藻はまっすぐ正面の人物を見ている。その顔つきは真剣なものになっている。
「玉藻?」
「……予定変更になりそうですね」
「どういうことだ?」
玉藻はまだ正面の人物を見ている。
それにしても、ドラゴン火山の扉はどこにあるのだろうか?それらしきものがどこにもない。玉藻を見ると、正面の人物を深刻な顔つきで見ている。
俺も玉藻が見ている人物を見る。中性的な顔立ちで短めの金髪。年齢は30代くらいで中肉中背。服装はスーツ。なんとなく服や靴など、その全てにお金がかかっているように見える。印象は成金というよりは、どこかの偉いさんという感じである。
「どうも初めまして。統一合衆国『大統領』です。
名前は互いに覚えてもらう必要はありませんので、省略します」
丁寧な礼をされたが、どこか俺のことを馬鹿にしているように感じられた。
直感だが敵である。
「……統一合衆国ですか。これまた面倒な。
その大統領が何の御用ですか」
玉藻は顔をしかめながら対応する。どうやら大統領との話は玉藻が対応するようだ。俺は黙って、それを眺めることとした。
「まず、ドラゴン火山は私が制覇しました」
「やはりそうですか」
玉藻は落ち着いて大統領と名乗る人物の話を聞いていたが、俺はそれどころではなかった。俺は7大ダンジョンを制覇しないといけない。でも先にドラゴン火山は制覇されており、扉もない。俺が制覇できない。
「……え、この場合どうなるの?」
俺のつぶやきと同時に、世界から音と色が消えた。白い世界が広がる。ゲームマスターが登場し、俺は体の自由を失った。
「それについては私から説明しよう。
まず、大統領からお願いがあった」
ゲームマスターが目の前に現れ、説明を始める。動かない体で辺りを見回すと、玉藻や大統領の姿がある。今回は彼らも一緒のようだ。
「自分たちも『職業オーク』とともに、地球に行きたいというお願いだ。
勘違いしないように説明すると、自分たちというのは今このゲーム世界に残っている『人間』たちのことだ。
そこで私は試練を与えた。7大ダンジョンの一つを制覇し、『職業オーク』と戦い勝利すれば願いをかなえてやろうと。
つまり『職業オーク』とともに『人間』を安全に地球へ送ると約束したわけだ」
自分に酔いしれているのか、ゲームマスターは大きく体を動かし説明している。
「それで大統領はドラゴン火山を制覇した。そうすると『職業オーク』は7大ダンジョンを制覇できなくなる。それはかわいそうだ。
だから『職業オーク』は大統領に勝利すれば7大ダンジョンを制覇したこととする。
そういうことになったんだよ」
ゲームマスターは笑うような口調でそういった。
つまり俺は大統領と戦い、勝たないといけないわけか。
「何か質問ある?」
口だけが自由となる。それに答えたのは玉藻だった。
「恐れながら、我がご主人様はすでに6個のダンジョンを制覇しております。
そこを勘案していただき、負けた場合どうなるかをお教えください」
つまり7つ中6つ満たしているから、負けてもそれなりの報酬を渡してくださいということか。
「それについては決めている。希望のあった姿かたちや子供については修正する。
元の時間にも戻す。ただし負けた場合は場所だけがランダムとする。
地表より、地中の可能性が高いだろう。
つまり負けたら地球に『還して』やる」
ゲームマスターはとても嬉しそうだ。
「おまけといってはなんだけど、7大ダンジョンについても勝利したほうにあげよう。
勝利に対する副賞というやつにしておこう」
そういうと玉藻の体からは6つの光が出てくる。あれはおそらく玉藻が取り込んだ7大ダンジョンのうちの6つだろう。同じように大統領からも1つ光が出てくる。7つの光は全てゲームマスターの手に渡る。
「私からも一つ。私たちは安全に送ってほしいとお願いしている。
オークと一緒に『還す』わけではないでしょうね」
大統領もゲームマスターに確認を行う。ゲームマスターは砕けた調子で答える。
「そこは安心して欲しい。オークとは『別の場所』になるが、安全に地球へ送る」
「分かりました」
大統領はゲームマスターに深々と頭を下げる。
「それじゃあ、せっかくだしこの場で戦ってもらおうか」
「ちょっと待ってください。まだご主人様は事情が呑み込めていません。
作戦タイムをお願いします」
玉藻が訴え出て、ゲームマスターが大統領を見る。
「私は構いません」
「なら準備ができたら、いってくれ」
ゲームマスターの声とともに俺たちは自由の身になった。
******
「状況を説明します。人間たちも自分たちが生き残るための行動に出ました。
当然です。抗って助かる未来があるなら、抗います。
そして選出されたのが『大統領』です」
右耳から入って左耳から抜けていく感じだが、俺は頷く。
「まず人間の国ですが、複数ありました。しかし全てが統一合衆国に統合されて一つになったようです。
ここからが重要なのですが『大統領』という職業は、その基礎能力が国民の数に比例して強くなります。また支持率が高いほど強いのですが、この『大統領』の支持率は分かりませんがきっと高いと思います」
「100%だよ。ついでに言うと国民は色々な事情で減って、10億人程度だ」
大統領が作戦会議に口をはさむ。先程までは離れていたはずなのに、気が付けば隣にいる。
「……100%ですか。かなり無茶をされたようですね」
「まぁね。時間がなかったからね」
玉藻のジト目の問いかけに大統領は軽い感じで返した。
「終末思想とかは…………そうか。
危険思想としてゲームシステムにより自動排除されるか」
「そのとおりだ。邪魔するつもりはなかったので離れているよ」
そういって大統領は離れていく。それを玉藻がジト目で見送る。
「……体力や魔力、攻撃力や防御力それらの基礎能力が化け物染みて高いのが、『大統領』の職業の力です。単純計算ですが普通の人間の10億倍と考えてください。
恐らく聴覚などの感覚器も強化されているので、ここの会話は筒抜けでしょう」
玉藻が俯く。
「正直に申し上げます。ドラゴン火山が大統領に制覇されたのは想定内です。
しかしそれはどこかの国の一つの大統領が行うと考えていました。
ハイペースでダンジョン制覇をしていたのも、必要以上に時間を与えないためです。
予想ではドラゴン火山を制覇するも、ボロボロでご主人様が漁夫の利を得る予定でした。
しかし全ての国が統一され、ものすごい数の国民数のありえない支持率を持つ強力な大統領が現れました」
玉藻は俺の手を握り締める。
《念話で作戦を伝えます。これからの内容は決して口にしないでください。
『大統領』は強力ですが、弱点がないわけではありません。
長期戦に持ち込んでください。最初は防御を固めて、そのあとで全周へ攻撃してください。酸素濃度を減らしてください。
相手は人間です。呼吸が必要です。風と火の精霊(男)を召喚して倒してください》
「……私は従魔空間に避難しますので、ご武運をお祈りします」
玉藻は従魔空間へと退避する。
「準備はいいかな」
大統領が俺に問いかけてきた。俺は首を縦に振ることで答える。
「準備が整いました」
大統領はゲームマスターへと深々と頭を下げる。
「それじゃ、勝負開始」
ゲームマスターの手にはピストルのようなものが現れ、徒競走の合図のような格好でピストルからは音が出る。
それを合図として戦いが始まった。
******
そして戦いはすぐに終わった。
俺の上半身が大統領の攻撃の威力により、吹き飛ばされていた。
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