第46話 氷原フェンリルの足搔きと海底リヴァイアサン



やたらと『ミサイル』や『ロケット』を発射する空中要塞のアイスホエールを撃破して、俺とナツメはボス部屋の中へと足を踏み入れる。


そこには神話の影響を受けていない、氷狼『フェンリル』がいた。フェンリルだけが広くて赤いボス部屋の中に存在していた。


フェンリルは以前は持っていなかった銃火器が体の随所から生えていた。


《恐らく『銃王』をフェンリルが取り込んだのでしょう。

 その影響が体に出ているようです》


《ダンジョンの変革も『赤色天』『銃王』『レッド』の影響だろう。奴は元々は『狩人』だったらしい。

 自然の恐ろしさを知り、用心深い性格だったと聞く》


玉藻とホワイトの声が頭の中に響く。頭の外はフェンリルからの銃声が響いていた。


俺は障壁でそれを耐えていた。ナツメは今のところ避けるだけで精一杯だ。しかしいずれは反撃に出るだろう。ナツメは今も進化のために大量の魔力を俺から吸い取っている。


俺の方は手を出せずにいた。障壁を解除すれば、銃撃の餌食になる。俺の切り札である召喚『銃』は召喚『獣』でもある。そのためこの寒さの中では使用すれば、死んでしまうだろう。


俺は結界を張り、『呪』と『腐』をまき散らして消耗を待つ。ナツメは墓場ヴァンパイアを制覇する際に、耐性を付けているので問題ない。


時間は俺たちの味方だ。俺はじっと待ち続けた。


ナツメの方は徐々に動きが良くなってきている。ナツメの体の中に内蔵している鉄杭などの武器を投擲して、少しずつだがフェンリルに傷を与えていた。


フェンリルはナツメをけん制しつつ、俺への攻撃を絶やさない。フェンリルは分かっているのだ。俺を倒さない限り勝ちはないことを。


「玉藻、現状をどう見る?」


俺はこのままいけば勝てると判断していた。


《概ねご主人様と同じです。ですがだからこそフェンリルが何か仕掛けてくると思います。それが何かは分かりませんが、このまま負けてくれるとは考えられません》


《マスター、そこは俺も同意する。『銃王』は諦めが悪い男だった。

 それを取り込んでいるなら必ず何かしてくるはずだ》


頭脳担当と敵を知る者の回答は同じであった。ならこのまま終わるとは考えにくい。何をしてくる。


俺は注意深くフェンリルを観察する。


フェンリルと目が合った。フェンリルもこちらを見ている。それが隙となる。


ナツメによりフェンリルから生えている銃器が切断される。フェンリルの傷自体は浅い。しかしフェンリルの火力が低減する。この状態なら次はナツメの攻撃がフェンリルを切断するだろう。


フェンリルも同じ結論に至ったのか、フェンリルが俺に突撃してきた。


俺は障壁を厚くする。何を考えている?フェンリルの火力では俺を倒しきれない。


突撃が失敗すれば、ナツメの攻撃の餌食だ。寿命を縮めるだけの行為にしか見えない。


《ご主人様!全力防御!フェンリルは自爆するつもりです!!》


玉藻の声が響き、咄嗟に俺は身を屈めてその場に蹲った。もちろん障壁は最大出力にしている。


それと同時に赤い光を放ち、フェンリルが大爆発を起こす。


フェンリルの自爆の威力は凄まじく、俺の張った衝撃はすべて破壊されいた。その上で俺の上半身が粉々に吹き飛ばされている。


ナツメの方は爆発の威力が俺の方へ向かうようになっていたため、四肢を失い壁にたたきつけられる程度で済んでいる。


こうしてフェンリル戦が幕を閉じた。



******



俺たちはオーストラリアにあるホテルの一室で休みを取っている。


フェンリルの自爆の後は楽な作業だ。俺は自分の核となる魔石が無事であったため上半身を含むすべてを再生した。


ナツメの本体と呼べる部分は俺と繋がっており、俺が無事ならナツメ自体がどのような状況でも再生することはできる。そのため今は体は強化されたうえで、元に戻っている。


氷原フェンリルのダンジョンコアは俺が一度破壊した後に、従魔空間へ取り込んで玉藻が吸収していた。


色々反省点もあるが、次はどこのダンジョンだ?


「……ご主人様。次は『海底リヴァイアサン』になります。

 場所はマリアナ海溝になります。今回は魔動騎士3号機の出番ですね」


魔動騎士3号機。青を基調した騎士で、水中戦特化型になる。


「そうか。それにしてもどうしてフェンリルは自爆したんだ?

 自分も死んでは意味がないだろう?」


俺は素朴な疑問を口にする。


「それは見解の相違です。フェンリルの目的はダンジョンを守ることであって、自分の生死は問題にはなりません。

 あのままでは確実にフェンリルは負けていました。なら引き分け狙いの自爆を行えば、ダンジョンを守ることができたのかもしれません」


なるほど。玉藻の考えは役に立つな。俺は一人納得している。


「私は不満です。私の出番が全く無いではないですか」


「それについては俺も同感だ」


出番のなかった真琴とホワイトが不満を述べていた。


確かにそうだが、それは仕方がない。外に出るだけで死んでしまう状態のダンジョンなのだから。まぁ蘇らせることはできるが、それでも再び死んでしまうだろう。


ナツメのように進化するわけではないため仕方のないことだ。


「それは仕方がないでしょう。次回の海底リヴァイアサン程度ならダンジョンで戦えるようにすることは可能ですが、墓場ヴァンパイアと氷原フェンリルは無理です。

 墓場ヴァンパイアは体が腐食されてしまいます。常に『聖』属性の防御が必要です。

 氷原フェンリルでは凍ってしまいます。そちらは『火』属性の防御が必要になります。

 どちらのダンジョンでもご主人様の負担が増えるだけで、あまり意味がないといえます」


玉藻が正論を述べている。


「玉藻どの。海底リヴァイアサンなら私たちはダンジョン内で戦えるのか?」


真琴が玉藻の言葉に希望を見出す。


「海底リヴァイアサンはゲーム世界では、水圧や水温が厳しいことはありませんでした。

 今回も同じとは限りませんが、前と同じなら可能です。

 しかし今回は水中です。真琴やホワイトの実力が発揮できるようなダンジョンとは言えません」


真琴の主な武器は刀。獣人の変身もあるが、どちらも水中と相性がいいとは言えない。ホワイトは『ドラゴン化』という切り札があるが、それで変身できるのは翼のあるドラゴンである。水中での戦闘が得意とは決して言えない。


「今回の方針は基本は魔動騎士3号機で進んでいきます。

 魔動騎士3号機で入れない場所があった場合は、まずご主人様とナツメがダンジョン内の環境を確認します。

 問題がなかった場合は、今回は私も出撃します」


玉藻が俺たちを見渡してニヤリと笑った。……それにしても危険かどうかの確認をナツメが行うのは分かる。でも俺もそれに同行するのはどうかと思う。


俺が一番偉いはずなんだけどな。


「それと同時にご主人様が一番丈夫です」


玉藻からの謎の信頼により、方針が決まり俺たちは海底リヴァイアサンに挑戦することとなった。


「……そういえばホワイト。海底リヴァイアサンに挑戦した奴はどういうやつだったんだ?」


俺は忘れていたことをホワイトに聞く。たしか『七色天』か『四聖二王』だかが、挑戦していたはずだ。それで取り込まれてダンジョンが強化されている。


「海底リヴァイアサンに挑戦したのは『青色天』『槍聖』『ブルー』のはずだ。

 さすがに水中になると準備して、潜っていると思う」


ホワイトは昔の記憶を思い出しながら答える。


「現状どうなっているかは不透明ですね。生きている可能性もあります。

 空気がある場所で『槍聖』と戦うのなら、その時はホワイトに任せます」


玉藻はホワイトを見て、そういった。



******



海底リヴァイアサンへの挑戦は時間がかかったが、現状はうまくいっている。


時間がかかったのは魔動騎士3号機を使用しても、マリアナ海溝に到着しダンジョンの入口を見つけるのが大変であったからだ。


海中深くまで潜ってそこで探し物をする。時間がかかるのは仕方がないだろう。


ダンジョン自体は魔動騎士3号機に乗りながら進むことができた。ダンジョン内の水温や水圧は生身の人間が耐えられる程度のものだ。


むしろマリアナ海溝のそこにあるダンジョンの入口のほうが、過酷であったといっても過言ではない。


ダンジョン内は完全に水没しており、呼吸のできる箇所はない。ダンジョン内の敵は魚などの水生生物が元になっている。たまに人間と魚を合わせた半魚人などのモンスターも出てくるが、魔動騎士の相手にはならない。


問題があるとすれば……。


「広いな」


俺はぽつりと呟く。


《海ですからね。広いのは仕方ないと思います》


従魔空間で待機している玉藻が俺の呟きに応える。


そう。このダンジョンはとても広いのだ。休憩場所はない。敵が向かってくるから進むべき方向は分かる。


でも広い。広すぎる。


進んでも進んでも終わりが見えなかった。


終わりなきダンジョン探索が始まりを告げた。



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