第4話 ゴブリン砂漠と玉藻のアイテム



「おはようございます。目覚めの気分はどうですか?」


肌を艶々にした玉藻が声をかけてきた。


「……最悪」


「それは残念。一応言い訳をさせていただきますと、各種耐性を取得していただくために仕方なく行ったことです」


玉藻の表情から『仕方なく』行ったわけでないことは明らかである。一晩中様々な状態異常で攻められて、かなり酷い目にあった。


「今日から7日間で7大ダンジョン制覇するためには不正ツールを使用するとしても、状態異常に対する耐性は必須です。

 私はご主人様の望みをかなえるためならどんなことも行う所存です」


途中からにっこり笑う玉藻の目からハイライトが消えている。本来金色のはずの目が黒くぐるぐる渦巻いて見えた。


「念のために申し上げておきますが、私の強力な状態異常付与はご主人様に対してのみ有効です。ダンジョン内の『敵』に対しては、ほとんど抵抗されて効きませんのでご注意ください」


これはあれだ。ゲームとかで敵だったときはかなり強力な能力も、味方になった途端に弱体化されるというやつだ。


「その認識で問題ありません。ちなみにご主人様の耐性は逆に『敵』からの攻撃には有効ですが、私には無効化できますのでご承知おきください」


つまり玉藻と戦えば、俺は必ず負けるということか?


「耐性をさらに強力なものにするために必要な設定です。ご承知おきください」


玉藻はそういって俺に頭を下げる。これから毎日酷い目にあわされることが確定した。


「時間は有限です。先に進みましょう。

 今日の目的はゴブリン砂漠の制覇です」



******



ゴブリン砂漠。


それは7大ダンジョンの一つである。ひたすら広い砂漠のダンジョン内にゴブリンが生息するというだけの単純なダンジョンである。このダンジョンが7大ダンジョンと呼ばれる理由の一つにその広さがあげられる。あまりの広さにダンジョンコアにたどり着くまで1年以上かかるといわれており、このダンジョンを制覇した者は未だかつていない。なおその広さは時間とともに広がっている。


「このダンジョンがいまだ一度も制覇されていない理由は、広いからです。それと途中に補給できるようなものが何もなく、手に入るのはゴブリンの死体くらいです」


玉藻は嫌そうに顔をしかめている。それにしても砂漠の日差しがきつい。


「ダンジョンの敵は死体を残さないんじゃなかったか?」


「それはダンジョンから生み出された『モンスター』の場合はそうですね。

 元々別のところで生まれてダンジョンに住み着いた『魔物』は死体を残します」


詳しく話を聞くとダンジョンから生み出された『モンスター』を倒すとお金と経験値を残す。また、たまにアイテムを残す。ダンジョンの外で生まれてダンジョンに住み着いた『魔物』を倒すと経験値と死体が残る。お金は手に入らないし、基本アイテムも残さない。元々持っていたものは残るが今回のゴブリンではあまり期待できないだろう。


「その説明だと、ここにいるゴブリンは『魔物』ということか?」


俺は玉藻に質問する。ここまでそれなりに歩いているが、未だにゴブリンと遭遇していない。


「ですです。ゴブリンは魔物になります。

 そのゴブリンは光合成で魔力を生み出します。夜のないこのダンジョン内でゴブリンは大量の魔力を生み出し、ダンジョンがそれを吸収して規模を大きくします。

 そうやって巨大化したダンジョンがこのダンジョンです」


玉藻は汗を拭いながら答える。それにしてもその所作に、妙な色気を感じる。


「それでこのダンジョンを攻略するための不正ツールというのはどういうものなんだ?」


俺の姿はいつもの鎧姿だ。俺の鎧の中は魔法で温度を調整しており、それなりに快適な空間になっていた。


「それはこれです」


玉藻は大きく実る胸元へ手を入れると、中から2枚の切符を取り出した。


それにしても取り出す際に少し中で探し回ったため、肌色がかなり眩しかった。眼福、眼福。


「これは不正ツールではなく、未実装の課金アイテムです。ダンジョン内で100体の『敵』を倒すとダンジョンコア前のダンジョンボス部屋まで転移させてくれるアイテムです。対ゴブリン砂漠用に実装予定でした。

 100体の『敵』は魔物でもモンスターでもどちらでも構いませんし、合計されます。また100体はパーティに対して100体ですので、2人で200体ということもありません」


玉藻は切符をピラピラさせて胸を張る。大きい。


「……それで未だに一体もゴブリンに遭遇してないんだけど、それはどうするんだ?」


玉藻は再び胸をまさぐると、線香の束を取り出す。


「こちらは不正ツールをアイテム化した『魔物呼び寄せ香』です。これに火をつければ100体以上のゴブリンがすぐに集まります」


「……それじゃあ、今まで歩いていた意味は何なんだ?」


それは素朴な疑問を口に出す。


「それはこのアイテムの使用条件を満たすための行動ですね」


玉藻はにっこりと笑って答える。何か誤魔化されている気もしなくはないが、追及しても意味はないだろう。


「早速使おうと思うけど、玉藻は戦えるのか?」


「申し訳ありません、ご主人様。

 それなりに戦えはしますが、このアイテムで集まるゴブリンは多すぎて役に立たないというのが実情です」


「それじゃあ、お前はどうする?」


ゴブリンの100体程度、一度に襲い掛かられても特に問題はない。しかし誰かを守りながら戦うには100体は多すぎる。さすがに玉藻には自衛くらいはしてもらわないと、どうにもならない。


「ご主人様は『獣魔術師』の職業をお持ちだったはずです。そちらの職能で『従魔空間』という能力がありますのでそちらを使用していただき、私はそちらへ避難しようと考えています」


『獣魔術師』、いわゆるテイマーと呼ばれる獣を使役する魔術師である。『モンスター』は使役の対象にならないため、全く使用していなかった職業の一つである。『獣魔術師』に意識を向ければ、その詳細がわかる。確かにそれなりに魔力は必要だが、使役するための従魔を預けるための空間を生み出すことができるようだ。それに今になって気づいたが玉藻は奴隷であると同時に、従魔でもあるようだ。そのため従魔空間へ避難することができる。


「それじゃ空間を生み出すぞ」


俺が意識するとアイテムボックスの時と同じように、右手の先に黒い渦のようなものが生み出される。どうやらこれが従魔空間の入り口のようだ。玉藻から線香を受け取ると、玉藻は黒い渦へと手を伸ばす。その瞬間に玉藻の姿が消えて、従魔空間へ移動したことが俺にはわかる。


《聞こえますか、ご主人様》


頭の中から玉藻の声が聞こえる。頭がおかしくなったわけでなく、従魔空間に入った者から声は頭の中へ直接届くらしい。


「聞こえているぞ、こちらの声は届いているか?」


俺は普通に声をかける。客観的に見れば一人で話し出す危ない人だ。


《大丈夫です。聞こえております。こちらにはそちらの映像と音が届きますので何かあれば普通に声をかけてください》


「分かった」


俺は魔法で線香に火をつけると、剣を構える。するとすぐに遠くの方からゴブリンたちが俺に向かって走ってくるのがわかる。さすがは不正ツールアイテム。効果は抜群だ。


「『一閃』9連続並列起動」


『一閃』は剣士などの職業で発動することができる攻撃技の一つで、魔力や生命力を消費することで斬撃を飛ばすことができる技である。俺はこの技を発動できる職業を9個持っており、『並列』に発動することで同時に9方向へ斬撃を飛ばすことができる。ちなみにその方向は任意に決めることができ、今回は前方へ扇状に9個の斬撃を飛ばしている。囲まれているときは後方へ斬撃を飛ばしたりもできるため、重宝している。ただし9個のうち1つは剣の振りから発生する。


迫りくるゴブリンの中には上位種や弓や魔法を使うものもいたが、特に問題なく討伐することができた。俺の鎧に込められた魔力はかなり多く、並の攻撃では傷すらつけることはできない。魔法も鎧自体に魔法防御を組み込んでいるため、全く問題にならなかった。


「『絶精魔転』出力上昇」


とはいえ油断はできない。俺は魔力生成量を増加させて、自身の強化を図る。慎重に、確実にゴブリンを討伐していく。体力切れなどが無いように回復魔法も微量だが、常に流している。


《ご主人様、100体のゴブリンの盗伐が終わりました。切符を使いダンジョンボスの部屋へ移動しますが、大丈夫ですか?》


「ああ、問題ない」


俺が答えるのと同時に俺の体は、その場から掻き消える。気が付けば目の前には、今までのゴブリンとは比べようがないくらい体の大きなゴブリンがいた。場所も先程までの砂漠とは違い、石畳の大きな部屋である。ゴブリンの住む部屋はとても明るいが、窓などはなく扉が2つあるだけである。

俺の後ろの扉が本来この部屋に入るための扉で、ゴブリンを挟んで前の扉がダンジョンコアの部屋に続け扉だろう。目の前にいるのは、恐らくはゴブリンキングに違いない。ゴブリンキングは俺の姿に気付くと、ゆっくりと戦闘態勢に入る。

ゴブリンキングとの戦いがまさに始まろうとしていた。



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