第52話 ゴブリンの『勇者』とオーガの『勇者』



「さてまずはこちらの要求から示そう。

 お前たちの持つ7大ダンジョンのダンジョンコアを全て、こちらへ渡せ。

 そうすれば楽に殺してやる」


ゴブリンの要求はとても吞めるものではなかった。


「そういわれて渡すと思いますか?

 『イエロー』。それとそちらは『グリーン』ですか」


玉藻は断りつつ、二体の魔物の正体について確認を取る。


「それはそうだろうな。狐。

 別に隠しているわけではないから、教えてやる。

 俺は確かに『イエロー』で、そちらが『グリーン』だ。

 お前たちの仲間にホワイトがいるのには驚いたよ。

 しかしホワイトがいるなら、俺たちのことは分かっているのだろう」


ゴブリンが不敵な笑みを浮かべていた。ゴブリンが行うのを見ると少しイラつく。


オーガの方は無表情で、先程から一言も口にしていない。


「ついで言えば、ダンジョンコアは俺たちの心臓にある。

 ダンジョンを制覇するために俺たちの心臓を砕くほかない」


「そうですか」


玉藻はイエローの言葉を軽く受け流す。


「それであなた方は全てのダンジョンコアを手に入れて何をするつもりですか?

 正直に言えばこれ以上強くなる必要もないでしょう。

 誰を相手に戦うつもりですか。

 断言できますが、私たち以上の敵は現れませんよ」


確かにそうだ。俺のように無限の魔力を生み出せる存在なんて他にはいない。


魔動騎士にしても、そうだ。こんなものは誰も用意できないし、俺がいなければ動かすことも難しい。


巨大魔石で動く時間では大量のオーガを倒すことは不可能だ。


彼らが自分の身を守るためなら、俺たちを倒せばそれで事が済む。


他の7大ダンジョンのダンジョンコアまで手に入れて何をするつもりだ?


「目的か?それはもちろん決まっている。

 世界征服だ」


イエローの言葉に俺たちは固まる。あまりにも意味のないことだからだ。


確かにすべてのダンジョンコアを手に入れれば、世界征服は可能だ。それだけの力がダンジョンコアにはある。


でもそれは意味がないことだ。


「イエロー。正気か?

 世界征服してもお前はダンジョンの外に出られない。

 お前はダンジョンの人間だから、7大ダンジョンを制覇しても望みを叶えることはできない。

 そんなことをしたらお前たちはゲームマスターの支配下に置かれるだけだ。

 その程度のことくらいわかっているだろう?」


ホワイトが呆れた様子で口を開く。


そう、そうなのだ。ダンジョンコアを体に宿すということは、ダンジョンの外に出られないことになる。


7大ダンジョンの制覇で望みを叶えることができるのは、ダンジョンの外側の者だけだ。ダンジョン内の魔物やダンジョンコアにはその権利はない。


何を考えている?


「その程度のことは分かっている。

 馬鹿にするな、ホワイト。

 俺たちはダンジョンの外には出られない。なら世界をダンジョンにすればいい。

 ダンジョンで世界を飲み干せば、この世界はダンジョンになる。

 俺たちはダンジョンマスターとして、世界に君臨する」


イエローの眼には狂気が宿っているように見える。しかしその一方でイエローの言い分は可能である。


大きさ的なことを言えば、俺たちが想定していたゴブリン砂漠の大きさは地球より大きい。


地球を丸呑みする大きさが、ダンジョンにはある。正確にはそれ以上に大きくなる可能性がダンジョンにはある。


大きさだけならゴブリン砂漠だけでも可能だが、属性や相性の問題でゴブリン砂漠だけでは地球を呑み込めない。


7大ダンジョンの全てのダンジョンコアがあれば、それは可能になるだろう。


なるほど。外に出れないのなら、外の世界を取り込めばいい。発想を逆転させたわけか。


「確かにそれなら可能ですね。

 こちらも教えておきましょう。5つのダンジョンコアは私の中にあります。

 ご主人様が負けたなら、あなた方へ渡すことを約束します。

 しかしいいのですか?

 こちらにはホワイトがいます。ホワイトは『竜王』です。

 『斬撃無効』と『打撃無効』を持つホワイトにどうやって勝つ御積りですか?」


玉藻がにやにやと笑みを浮かべている。


「そちらこそ侮ってもらっては困る。

 ホワイトのように、『四聖二王』になれなかった落ちこぼれとは違う。

 私たちは『二王』のように、ダンジョンに取り込まれたわけではない。

 『槍聖』と『弓聖』のように、ただダンジョンに協力しているだけではない。

 私たちはダンジョンを利用して強くなった存在だ。

 その程度のこと、対策をしていないと思っていたのか?」


イエローの言葉にホワイトが顔を歪ませる。そういえばホワイトの『職業』は『統一合衆国大統領』だった。他の『七色天』とは違い、ホワイトだけが『聖』も『王』も持っていない。


「……言ってくれる。

 確かに『聖』や『王』に私は届かなかった。

 しかし私はその時のままではない。

 今の私は『竜王』だ。その力を味合わせてやろう」


ホワイトの眼がイエローを睨む。


「ふん!せめて『聖』になってから言って欲しいものだ。

 身の程というものを教えてやる!」


イエローもホワイトを睨んでいた。


「……そろそろ話し合いはお開きということでよろしいですかね?

 では続きは殺し合いということで」


玉藻がにっこりと笑い、話し合いの時間が終わりを告げた。



******



まず最初にホワイトとイエローが戦うこととなった。二人の意向もあるし、玉藻のイエローの実力を図るための作戦でもある。


酷い言い方だがホワイトを捨て駒にして、イエローの実力を試すことにした。


結論から言えばホワイトは全く手も足も出なかった。


最初の一撃こそ『斬撃無効』で防いだが、それ以降は『斬撃無効』が無効化されていた。


「いえ、最初の一撃で『斬撃無効』を斬ったのでしょう。

 ホワイトの体は『斬撃無効』という能力に守られています。

 しかし『斬撃無効』という能力自体は斬撃が有効なんです。

 それは能力が持ち主の体を守るものであって、能力自体を守るものではないからです。しかし能力を斬るなんて普通出来ないはずです。

 それをどうやって……」


玉藻が説明を行いながら考え込む。その間に決着はついていた。


身体能力と技能の両方でイエローがホワイトを圧倒していた。命までは取られなかったが、完全にホワイトの敗北である。


「命を取る価値すらない。

 何もできずその場で見ているがいい」


這いつくばるホワイトにイエローが見下ろし言葉をかける。


それがイエローの最期の言葉となった。


イエローの体が両断される。ご丁寧に心臓を両断するように斬り裂かれていた。


玉藻は斬り裂かれた心臓を取り出すと、それを丸呑みする。ゴブリン砂漠は制覇されて、玉藻の支配下に置かれた。


その玉藻を守るようにナツメが大剣を構えている。


イエローを斬り裂いたのもナツメだ。玉藻はホワイトに勝ったことで少し気を緩めたイエローをナツメを使い奇襲して倒した。


しかしこちらもそれなりの代償を払っている。


ホワイトは負けて倒れているし、グリーンが助けに来ないように牽制した真琴も倒されている。


どちらも俺が回復できるけど。


「……なるほど。ダンジョンの支配権はこのような事態に備えて共同にしていたようですね」


玉藻がグリーンを見る。


「……当然だろう。そうしなければ俺はイエローの手下になってしまう。

 そんなことには耐えられん。

 他に何か言いたいことはあるか?」


グリーンも玉藻を見ていた。


「ええ、ならついでに答え合わせをさせてもらいます。

 あなた方は『勇者』ですね」


「そうだ。俺が『オーガ』の『勇者』。イエローが『ゴブリン』の『勇者』だった」


『勇者』か。俺はかつて玉藻から『勇者』について説明を受けたことがある。


他の統率者系統の『職業』と『勇者』は一線を画していた。


『勇者』は種族ごとに一人存在する。『勇者』はそれを知る同種族の身体能力を全て足し合わせた力を持つ。これが『勇者』の恐ろしい点だ。同種族相手なら『勇者』と伝えるだけで、相手と同等以上の身体能力を得ることができる。


『勇者』はその力を自覚しないと使うことができない。またその力を使う使わないを自由に選ぶことができる。慣れれば一部使用もできる。


『勇者』は奇跡の力を持つ。奇跡を起こせる力を持つ。


かなり壊れた能力だが、弱い点もある。『勇者』は他の統率者系統の『職業』と違い、支配下にある同種族の者への強化が全くない。


俺が持つ『オークエンペラー』なら支配下のオークを強化することができる。むしろそちらのほうに特化していて、俺自身への強化は『勇者』程ではない。


しかしそんなことはこの場では関係ない。俺もグリーンも同種族の仲間がいない。


俺の場合はオークだが。


「これで私たちが転移させられた理由がわかりました。

 あのままゴブリンやオーガを殲滅させたら、あなたたちは酷く弱体化する。

 だから私たちを転移させたのですね。

 今なら勝てる。いや、今しか勝てないと判断したということですか」


玉藻は余裕があるように振る舞っている。しかし尻尾はせわしなく動いているし、内心焦っていることがよく分かった。


「全てその通りだ。だからこの場でお前たちを倒す。

 それ以外に俺に勝ち筋はない」


全てを認めたうえでグリーンが拳を構える。


ナツメは帯剣を構えてグリーンと相対している。真琴とホワイトは既に魔力を供給して回復している。酷だがすぐに戦ってもらうつもりだ。


俺も鎧を着て剣を構えている。先程のイエローもグリーンも両方の動きは見えた。


しかしその動きについていけるかと聞かれたら、そこは難しいというしかない。


相手は『聖』を冠する達人。こちらは多少の訓練をしていたが、素人である。


身体能力は恐らくこちらが上。オーガと人間では数が違い過ぎる。


1体1体はオーガのほうが強いが、圧倒的な数の違いで俺のほうが身体能力は上だ。


それも技術の差でひっくり返るような差しかない。


ここはナツメを使って長期戦を行うしかない。ナツメなら進化していずれはグリーンを倒せるかもしれない。


俺は期待を込めてナツメを見る。


「……言っておくがオーク。俺の相手はお前だ。

 他の全てを無視して、お前を倒す」


グリーンの視線が一直線に俺を刺す。


え?


「……何故驚く?当然だろう。

 お前を倒さなければ、俺に勝ちはない。

 逆にお前さえ倒せば、後はどうとでもなる」


その声と同時に俺とグリーンだけが緑色の部屋に閉じ込められる。壁も床も天井も緑の何もない部屋。広さは十分にあるが、それだけの部屋。


「悪いが分断させてもらった。

 ここで俺はお前を殺す。

 オーガを殲滅したお前に復讐する。

 他にも理由はあるが、お前はここで死ね!」


俺は絶体絶命のピンチに陥った。



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