第7話 天空グリフォンと海底リヴァイアサン


次の日の朝、俺たちは天空グリフォンに通じる扉の前にいる。


「体調はどうですか。ご主人様」


肌を艶々させた玉藻がにっこにっこ笑っている。


「……最悪」


俺は作戦会議の後、制覇のための準備として酷い目にあわされた。お尻が痛い。回復魔法で回復しているはずだから、この痛みは幻覚なんだろう。それでも痛みを感じる。


「それでは作戦の確認です。扉の向こうには1畳程度の足場があります。そこで昨日物理的に繋がった風の精霊(男)を呼び出して、強力な竜巻を発生させてください」


風の精霊(男)。実装済みだが強い自我を持つ精霊たちは、種族が『人間』の召喚には応じない。仮に応じても、命令を聞くことは絶対にない。当然魔物からの召喚にも応じないし、命令も聞かない。そのくせ呼び出そうとするだけで莫大な魔力を要求する。契約し使役しようとすれば、魔力を吸い取られた後に生命力まで吸われて衰弱死間違いなしである。


そんな精霊を不正ツールアイテム『精霊強制召喚陣』で召喚した。ちなみにこのアイテムは召喚できるまで周りから魔力や生命力を吸い取り続ける危険なアイテムで、小さな町で使用すればその町の住人がすべて衰弱死するだろう。俺は『絶精魔転』の回転数を上げて何とか召喚した。その後命令を聞かせるために隷属契約(物理結合)する際にも、大量の魔力を奪われる。出されたのは俺の方なのに。契約(事)後も魔力を奪われ続け、衰弱死するまで契約は解除されない。そういう契約にしないと、即行で契約は破棄されていただろう。こうして俺は何とか契約を成功させた。ちなみに命令するために呼び出す際や力を行使させる際は、別途魔力を奪われる。


「風の精霊(男)による竜巻による殲滅戦が今回の作戦です。何か質問はありますか?」


玉藻は相変わらず笑っている。何がそんなにうれしいのだろうか?


「これでダンジョンの制覇が現実味を帯びてきました。それがうれしいんですよ」


……それにしても、ご主人様の頭の中を当然のように覗いているな。


「ご主人様の望みを叶えるために、必要な行動です」


「……それって禁止できる?」


プライバシーの侵害のため、禁止させたい。


「無理ですね。私はご主人様の奴隷であり従魔です。

 それはご主人様のために働く存在であり、ご主人様の命令を聞く存在ではありません」


強い調子で玉藻は言い切る。


つまり俺のためになるなら、俺の命令を拒否することもある存在。それが玉藻ということか。

今回の件でいえば俺のプライバシーの侵害と俺の望みを即座に把握することを天秤にかけて、望みの把握が重要と判断したわけである。


「ご理解いただきありがとうございます」


玉藻は深々と頭を下げた。


「私はご主人様のためなら、どんなこともするように絶対神(ゲームマスター)から『調整』を受けております。ご主人様に対する忠誠も愛情も、かなり『重めに設定』されております。

 ただご安心ください。嫉妬に狂ってご主人様に危害を加えることは全くありません。必要であればいつでも従魔空間で待機し続けます。分をわきまえておりますので」


そう言って笑う玉藻の目は、本来は金色のはずなのになぜか真っ黒に濁っている。黒くてグルグル渦巻いているように見えた。


銀髪狐獣人金目九尾男の娘奴隷従魔ヤンデレといったところか。属性多くない?


「これからも随時追加予定です」


そういって笑う玉藻を見て、俺は恐ろしくなる。俺は即座に玉藻を隔離、もとい退避させるとダンジョン挑戦のために足を進めた。



******



天空グリフォンの制覇は無事に終えた。風の精霊(男)が大活躍。予定通りであり、予定外の事態には陥らなかった。


続いて海底リヴァイアサン。俺は『職業オーク』により、呼吸できなくても死ぬことはない。溺れることもない。生きていくのに必要なものは、魔力のみである。

逆に魔力がないと、本来の種族の人間として生きることになる。その際は空気も必要だし、食事も必要になる。このことは玉藻の管理者権限情報から、教えてもらっている。


そんなわけで俺は水の中でも、いつも通りの鎧姿でいる。


「顕現せよ。水の精霊(男)!」


さて俺は昨日にいわゆる四大精霊と契約を結んだ。すなわち風の精霊(男)、水の精霊(男)、火の精霊(男)、土の精霊(男)だ。

……男の割合多すぎない?

風の精霊(男)は緑を基調とした、甘えさせてくれる王子様タイプ。水の精霊(男)は青を基調とした、眼鏡をかけた厳しめの優等生タイプ。火の精霊(男)が赤を基調とした、服装に乱れのある問題児タイプ。土の精霊(男)が黄色を基調とした、がっしりとした肉体の騎士団長の息子タイプ。彼らすべてが乙女ゲームの攻略キャラのような姿をしている。すなわち美形の男性だ。

その相手がオーク姿で、昨日はオーク姿の俺が『くっ殺』をいうような状況になっていた。

…………どこに需要があるんだろうか?


「何の用ですか?」


水の精霊(男)が眼鏡を直しながら、俺をにらみつける。声もベテラン声優を起用しているなという感じである。とてもいい声だ。


「このダンジョン内の敵を皆殺しにしろ」


「……チッ」


水の精霊(男)は舌打ちをすると、返事もせずにダンジョン奥へと進んでいく。かなり嫌われているようである。感じが悪い。


それでも仕事は正確にこなしている。俺の進む先には、すでに倒された敵しかいない。かなりの魔力が消費されているが、このダンジョンも問題なく制覇できるだろう。


《安心するのはまだ早いですよ。先程の天空グリフォンはグリフォンなどの空を飛べる魔物が中心で、ダンジョンボスはグリフォンキングでした。どちらも風の精霊(男)の敵ではありません。

 海底リヴァイアサンはリヴァイアサンとありますが、リヴァイアサンが出るのはボス部屋だけです。それ以外は半魚人などの弱い魔物です。そこは水の精霊(男)に任せても大丈夫ですが、ダンジョンボスのリヴァイアサンは違います。水の精霊(男)でも倒せるかどうか微妙なところですね》



******



玉藻の懸念は現実となる。


ダンジョンボスの扉の前で、こちらを睨むように水の精霊(男)が立っていた。


「……正直に言おう。

 認めたくないが、ここのボスは私だけでは倒すのは不可能だ」


まさかの事態である。どうしよう?


「どうしよう?」


俺の心の声が口からこぼれる。


「土と火を呼べ。俺が手伝うから、水の中でも呼び出せるはずだ」


相変わらず水の精霊(男)は俺を睨んでいる。そんなに嫌わなくて見いいと思う。


俺の体の中から大量の魔力が水の精霊(男)に流れ、土の精霊(男)と火の精霊(男)を呼び出す。手伝うというかすべて水の精霊(男)が行っている。


「水の中に呼び出すんじゃねぇ!!」


火の精霊(男)は出てきた瞬間から、水の精霊(男)を睨んでいる。違うタイプのイケメン二人の顔の距離はとても短く、今にもキスを行いそうな距離だ。それに対して水の精霊(男)は不愉快そうに、顔をしかめている。


「それで俺たちを呼び出した理由はなんだ?」


土の精霊は離れた場所で腕を組み、呆れたようにその光景を見ていた。


水の精霊(男)は火の精霊(男)を無視すると、土の精霊(男)に向き合う。


「リヴァイアサン相手だと、さすが倒しきれない。

 すまないが力を貸してほしい」


水の精霊(男)が土の精霊(男)に頭を下げる。


「俺を無視すんじゃねぇ!!」


火の精霊(男)だけが蚊帳の外で騒いでいる。


「火よ、そう騒ぐな。水が俺ら二人を呼び出し、主のために頼みごとをしているんだ。

 助けてやらねばなるまい」


「協力しないとは、いっていない。少し態度がムカついただけだ」


火の精霊(男)は少し気まずそうに、横を向く。


まるでゲームのワンシーンを見ているようだな。俺は他人事のように感じた。


「火よ。すまなかった。少しイライラしていたようだ」


水の精霊(男)は火の精霊(男)に対して、頭を下げる。その一方で、目は俺をにらみつけている。


全て俺が悪いんですね。何か何もかも嫌になってきた。どうしてこんなことになっているんだろう。俺は現実から目を背ける。


「水よ。分かればいい。

 それで何をすればいいんだ?」


火の精霊(男)は水の精霊(男)に対して、照れたように答える。

男が男にデレるって、この世界はそういうゲームの世界なのだろうか?

俺の疑問をよそに、水の精霊(男)は土の精霊(男)と火の精霊(男)に答える。


「簡単だ。火と土の力でこの部屋の中を火山を爆発させて、マグマで埋め尽くしてほしい」



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