第2話 地上への帰還とゲームマスターとの遭遇
「……とりあえず地上へと戻ろう」
ようやく自由となった俺はダンジョンからの脱出を目指す。
それにしても場所がわからない。
何も考えずに歩き回っていたせいで、ここがどこなのかがわからない。
地図などない。
そんなものは作成していない。
本当に何も考えずに歩いていただけだ。
目の前の敵を倒して、前に進む。
それだけだった。
「……とりあえず魔力濃度が薄いほうへ進んでみるか」
俺は今までオークとしての本能に従って、魔力の濃いほうへと進んでいた。
それは謎の『石』を切り裂いた後も変わらない。
オークを含む魔物は魔力をがなければ生きていけない。
空気中の魔力を食って生きている。
逆に魔力さえあれば生きていける。それが『魔物』の特徴だ。
『職業オーク』である俺も魔力があれば生きていける。
一応人間である俺は魔力がなければ、普通に食事をすれば生きていける。
ダンジョン内では食事をするための食糧がないため、魔力を食って生きていた。
敵の死体は消えるし、残るのはお金とたまにアイテムのみ。
アイテムも食べ物ではない。
回復などの飲み薬などもあったが、食料品はなかった。
そういう理由もありオークとして、魔物の本能に従い空気中の魔力が濃いほうへと歩みを進めてきた。
しかし地上へと戻るのなら全く逆へ進んだほうがいいのかもしれない。
人間が住む地域は空気中の魔力の濃度が薄いはずだ。
濃ければ魔物が住み着く。
魔物を排除するため、人は魔力濃度を薄くしていると『仲間』から聞いたことがある。
ならここは魔力濃度の薄いほうへと進むのが正解だろう。
魔力濃度が薄くても、俺にはオークの禁術『絶精魔転』がある。
オークの職能が一つ『絶倫』で生み出される精液を魔力へ転換する禁術だ。
正確には精液の無駄な使用が問題となるらしい。
オークの掟では精液の子作り以外で使用することは厳禁とのことだ。
すでにオークからも追放された俺には関係ない。
むしろ俺を追放したオークキングは俺が禁術を使用することを想定していたような節がある。
まぁいい。
俺は生きるために自分の良心にのみ従って生きる。
オークの掟は関係ない。
生きるために禁術も使う。
俺はそう決めている。
『絶倫』で生み出された精液を魔力に変換し、さらにその魔力で精液を生み出す無限の魔力生成術。
それが禁術『絶精魔転』である。
無限に魔力を生み出せるため、制御を誤るととてつもなく危険な気がするが今のところは問題ない。
魔力が薄くても、自分で魔力を生み出せる俺は進むことができる。
それだけで十分だ。
俺は魔力の薄いほうへと進み始めた。
******
「……ようやく地上か」
俺はダンジョンから出て、地上の姿を見て驚いている。
俺が知っているこの世界の最初の町はいわゆる城塞都市であった。
それも物語ではよくある中世ヨーロッパというような印象を受ける町だった。
しかし今目の前にあるのは、近代的な建造物である。
簡単に言うとビルが立ち並んでいる。
なかなか思い出せないが日本にいたときの記憶だと、都会の様子が一番近い。
それも人が多いだけで雑多な都会ではなく、規則的に綺麗に整備された都会のようだ。
電線がなく、道路が広くて植樹がある。
人工的に作られた美しさがあった。
俺がダンジョン追放されている間にかなり文明が進歩しているようだった。
俺はしばらくの間、地上の様子を眺めて放心していた。
******
気が付くと、俺は真っ白な空間にいた。
覚えている。
ここは初めてゲームマスターに出会った空間だ。
「久しぶりだね」
声をしたほうへ目を向けるとそこにゲームマスターがいた。
その姿は相変わらず認識できない。
まるで某推理漫画の犯人のような黒い姿。
それが一番わかりやすいかもしれない。
「……どうしてここに?」
頭はまだうまく動いていない。
何を言うべきかもわからないが、とりあえず声をかけていた。
「もちろん用事があるからだよ」
ゲームマスターは親しげに声をかけてくる。
緊張しつつも俺は要望を告げる。
「地球に帰してくれるのか?」
「そのことを含めて、君に話があるんだ」
ゲームマスターがにっこりと笑った気がする。
前にあったときは俺たちに対して、感情を見せるようなことはなかった。
このゲームマスターは何かが違うように感じられた。
「まず最初にこのゲーム世界は7日後に消滅する」
軽い調子でゲームマスターが言う。
最初は何を言っているのかわからなかった。
この世界が消滅する?なぜ?
「……どうして?」
まだ頭の中では理解を拒絶している。それでも何とかそれだけ口に出すことができた。
「理由?サービスを終了するからだよ」
ゲームマスターの口調は相変わらず軽い。だがそれでも内容はとても重いものだった。
「サービス終了?どうして?この世界が消滅する?なぜ?
俺はどうなる?」
俺は混乱している。それを見てゲームマスターがやれやれという感じで首を振ると、俺の体は急に動かなくなる。
「とりあえず冷静になってもらうよ」
ゲームマスターのその言葉とともに俺の頭は急に冷静になる。
考えよう。
このゲームはいわゆるオンラインゲームのようなものだったのだろう。
ゲームの運営によってこの世界は管理されていたが、何らかの理由でゲームの運営を続けられなくなった。
だからこのゲームはサービスを終了させる。それによってこの世界は消滅する。
理解できる。
運営を続けられなくなった理由だが、人気がなくなったとかその辺だろう。
そこは確認しても意味がない。俺にとって重要なことは……。
「……それで俺はどうなるんだ?」
「落ち着いてくれて何よりだ。それでは本題に入ろう。
君はこのゲーム世界の異物だ。そんな君をこのゲーム世界と一緒に消し去ることはできない。
邪魔な君を元の世界へ『還す』ことも考えたが、何もせずにそうするのも可哀そうに思えた」
ゲームマスターがそこで言葉を区切る。俺の体が自由になる。
相変わらずにっこりと笑ったような雰囲気を感じる。
「そこで君に試練を与えようと思う。
残り7日で7大ダンジョンを制覇して欲しい。
そうすれば元の世界の元の場所の元の時間へ君を『帰して』あげよう」
少し胡散臭く感じた。だがチャンスだ。
「……いくつか質問してもいいか?」
「かまわないよ。それが私の仕事だ」
「どうして今になって帰してくれる気になった?
それよりどうして最初から返してくれなかった?」
俺は少し感情的になったような気がしたが、急に冷静になる。どうやら感情が抑制されているようだ。
「その答えは簡単だよ。
君たちはこの世界に『必要とされて』召喚された。
それを邪魔することは私にはできなかった。必要な存在だからね。
しかし今は『必要とされていない』。だから君に元の世界に帰るチャンスを与えても面白いと思った。それが理由だ」
「試練無しで元の世界に戻してくれたりは……」
「もちろんしない」
ゲームマスターは断言する。そこには無駄に強い意志を感じられる。
俺は気を取り直して質問を続ける。
「試練に失敗したらどうなる?」
「元の世界に『還る』。それだけだよ」
『かえる』のニュアンスが違った。失敗したら地球に『還る』ことになりそうだ。
「……一緒に召喚された生徒たちはどうなる」
すでに殺された彼らはどうなるのだろうか。大きな問題だ。
「ん?彼らかい?
彼らはすでに消費されている。終わったことだ。
今回のこととは関係ないよね?」
底冷えするような声の冷たさを感じる。俺は恐怖から体が固まる。
俺には彼らを助けることはできなさそうだ。
「一応真面目に答えると、私に彼らを助けることはできない。
助ける方法がない。これでいいかな?」
ゲームマスターの声は元の軽い感じに戻っている。さらに今は優しさも感じられた。
納得していいかは別として、方法がないことは分かった。理解する。
「……俺の姿を戻す方法はあるのか?」
「君の姿?ああ、今はオークの姿をしているか。
それならあるよ。一番簡単なのは『職業オーク』を捨てることだ」
「それはできない」
俺は間髪入れずに答える。
それはできない。これは俺の生命線であり、『絆』だ。捨てることはできない。
「そう?……なら試練に成功すれば元の姿に戻れるようにしてあげよう。
それでいいかな?」
「……それでいい」
「他にも聞きたいことはあるかな?」
「結局『職業オーク』って何なんだ?」
「簡単に言えば課金要素だ」
詳しく聞いたがあまり理解できなかった。人間とオークの両方の利点を生かせる存在。召喚された時点での唯一の正解。色々言われたが、かなり特殊な職業ということで落ち着いた。ちなみに通常だと俺の子供はオークになるわけだが、それも試練に成功すれば人間の子供になるように変更してもらえる予定だ。
「……そろそろ時間かな」
「時間?」
ゲームマスターは右手首に視線を落としている。腕時計のようなものでもいしているのだろうか。
「ゲームが終わるから忙しくなる身でね。最後に2つ渡しておこう」
俺が動けなくなる。声も出せない。何もできなくなる。
ゲームマスターは懐から光る球を取り出すと、それを俺の体に押し当てる。
その球は何の抵抗もなく俺の体の中へと入っていった。
「これは隷属防止のアイテムだ。もうこの世界には『プレイヤー』はいない。
この世界の住人だけだけど、彼らが君の邪魔をしないとは限らない。
隷属されて何もできないまま試練に失敗されるのは面白くないし、隷属防止をさせてもらった。
もう一つはこれだ」
ゲームマスターは懐からカードを1枚取り出す。
「これはダンジョンに潜る際に必要となる、探索者ギルドのギルドカードだ。
通常だとギルドの貢献によって徐々にギルドでのランクが上がることになるけど、もう君にはそんな時間はない。
時間切れで7大ダンジョンに潜れずに終わるなんて面白くないから、最高ランクのギルドカードを管理者権限で準備しておいた」
ゲームマスターはギルドカードも同じ要領で俺の体に押し当てる。やはり同じように俺の体の中へと入っていった。
「ギルドカードは念じれば取り出せるから安心するといい。
『プレイヤー』が不要となったデータから『サポートキャラ』を準備しておいた。
詳しいことは奴隷商で『彼』を買って聞くといい。
一応買わないこともできるがそれはお勧めしない。
かなり役に立つと思うから存分に利用するといい」
それを聞くと同時に俺は意識を失った。
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