第11話 全ては玉藻の手の上にある
勝負の始まりを告げるピストルの音とほぼ同時に、大統領が俺の前へと現れる。
「10億人の国民のために死んでくれ」
そういって大統領の右拳が俺の腹へと吸い込まれた。いや実際は見えなかったが結果から、そう判断する。
俺は鎧を着ていたし、魔力防壁も張っていた。防御態勢は完ぺきだった。
しかし俺の上半身は攻撃の余波によって、原形がとどめないくらい吹き飛ばされている。幸いというか下半身については無事だ。
「勝負はつきましたね」
大統領はゲームマスターに向かっていった。
「まだだよ」
ゲームマスターは簡潔に答える。その答えに大統領は少し考え、正解を見つける。
「……そうか。これは魔物だった。魔物は体の魔石を砕かないと死なないんだったか。
これは油断した」
そういって大統領は俺へと殺意を向ける。確かに俺は魔石を砕かれないと死なない。それがオークとしてというか魔物の特性だ。そして俺の魔石は上半身にはない。下半身にある。だから下半身に攻撃されれば、俺は死ぬ。
《待ちなさい》
まさに大統領が攻撃しようとしたときに、従魔空間から玉藻の声が発せられた。普段は俺の頭の中に響くのに、今回はスピーカーのように周りに聞こえるように発せられている。
「なんだい、獣人。
命乞いかな」
大統領は俺たちのことを見下していた。
《ご主人様が死ねば、あなたは負けます》
「……どういうことだ?」
大統領の声色が変化する。真面目に聞く態勢になっている。
《絶対神(ゲームマスター)との約束は私の『ご主人様とともに』地球に送るとものだった。そうですね》
「そうだね」
玉藻の問いにゲームマスターが頷く。どこか楽しそうだ。
《もう気付いていると思いますが大統領がご主人様を殺した場合、ご主人様を地球へ『還す』必要がなくなります。つまり誰も地球に送る必要がなくなる。違いますか?》
玉藻の言葉に大統領はすぐにゲームマスターへ振り返る。
「そのとおりだ。よく気が付いたね」
ゲームマスターは拍手をして玉藻を褒めた。それを睨むように大統領が見ている。
「……騙したのですか?」
「違うよ。君が勘違いしていただけだよ。
職業オークが生きていて、君が勝利すれば私は約束を守るよ」
ゲームマスターはニコニコして答える。
「……私はこれを殺せないが、これは私を殺せる。
勝ち目がない戦いということですか」
大統領は悔しそうな顔で、ゲームマスターをにらみつける。
「それも違うね。まず勝利条件くらいきちんと確かめよう。
それを怠ったのが問題だね」
ゲームマスターが正論を述べる。俺は回復魔法の威力を上げて、上半身を再生する。それと同時に大統領の視線から隠れるように、鎧も再生した。
正直に言おう。勝てない。相手が殺さないように手加減したとしても、一方的に攻撃をされるだろう。魔法で酸欠にする?それを行う前に、俺はどれだけズタボロにされるだろうか。先程の上半身破壊されたことも、痛みが全くなかったわけではない。確かに色々な方法で軽減していたが、痛みがあった。下手すれば殺される。向こうが殺す気がなかったとしても、殺されてしまうイメージが、頭をよぎる。
《……ご主人様。戦えますか。それとも負けを認めますか》
玉藻が俺を気遣うように声をかけてくる。俺は頭によぎるイメージの恐怖から、その言葉を口にした。
「……俺の負けです」
あきらめたらダメなはずだった。負けてはいけないはずだった。でも心が負けを認めていた。戦う気持ちが生まれなかった。仕方がなかった。
「勝負ありだね。
おめでとう、大統領。君の勝ちだ」
大統領はゲームマスターの声に対して、納得がいかない様子を見せていた。しかし国民の命を背負う立場からか、何も言うことなくゲームマスターに頭を下げた。
「君たちは職業オークの量刑である『1500年』前の時間で安全に地球へ送ると約束しよう」
ゲームマスターは一人楽しそうにしている。大統領は頭を下げ続けているし、俺と玉藻は敗北のため何も言えずにいた。
******
俺たちは白い空間から、解放された。俺は敗北のショックから、その場に座り込んでいる。
「獣人。オークを捨てて、私とともに来い。
助言の礼だ。命だけは助けてやる」
大統領が俺のほうを向いて、従魔空間の玉藻に対して声をかける。
《お断りします。私のご主人様はこのお方だけです》
従魔空間から玉藻の声がする。こんな俺でも玉藻は見捨てないでくれる。
「……そうか。なら好きにするといい。
オーク、貴様は残りの時間を好きに生きるがいい。『人間』に危害を加えない限り、何をしてもかまわん。貴様は生きていれば、それでいい。
間違えても自殺だけはするなよ」
大統領が俺を睨みつけていた。恐怖し、俺は首を何度も縦に振る。
《ご心配なく。ご主人様は私が死なせません。
それより変なちょっかいをしないように、周知しておいてください。
念のために言っておきますが、ご主人様は隷属防止を与えられております。奴隷にすることはできませんので、ご承知おきください》
玉藻の声は大統領に対して、少し棘があった。
「そうか、分かった。伝えておいてやる。
……もう会うこともないだろう。残りの時間を楽しく生きるといい」
大統領はそういうと、姿を消した。恐らく、かなり高速で移動したのだろう。
それからしばらくして、従魔空間から玉藻が姿を現した。従魔空間はその気になれば、従魔の意志で出入りができる。
「ご主人様、まず状況を整理しましょう。
1日目でゴブリン砂漠と森オーガを制覇しました。
2日目に天空グリフォンと海底リヴァイアサンを制覇しました。
3日目に氷原フェンリル、4日目に墓場ヴァンパイアを制覇してます。
今は5日目の午前です。残り2日あります。
ご主人様は何がされたいですか?」
玉藻の問いかけに、俺は考えようとする。ショックが大きいせいか、うまく考えがまとまらない。
「……俺は負けたのか?」
「はい、ご主人様は敗北しました」
「……もう一度やれば」
「無意味です」
玉藻が強い口調で俺の言葉を遮る。玉藻が俺の目を見て、はっきりという。
「ご主人様。すでに決着はついております。やり直すことはできません。
それにあの大統領は化け物です。何度やっても結果は同じです。
一度心を折られたご主人様が、再度心を折られるだけです」
「……勝ち目無かったのか」
「それも違います。絶対神(ゲームマスター)は必ず希望を与えます。
そして希望をつかめなかったものを嘲笑います。
ご主人様の心が折れなかったら、勝てていたでしょう。
ですがいまさら言っても、仕方がないことです」
俺は自分が弱いから、心が弱いから負けたことを知った。でももうそれはどうしようもなかった。心が折れた。仕方がなかった。
「……どうすればいい」
「ご主人さま。私はこの事態を想定しておりました。
だから海底リヴァイアサンで、ご主人様をマグマの海に沈めたのです」
……ん?どういうことだ?
「絶対神(ゲームマスター)が負けた場合にランダム転移にすることは予想通りでした。
そのため負けた場合に備えて、ご主人様にマグマの中に潜る練習をしてもらいました」
酷いな、それ。
「ご主人様のためです」
玉藻の顔は晴々とした笑顔をしていた。全て玉藻の掌の上だったということか。
「そこまでではありません。想定外に大統領は強力でした。
間違ってご主人様が殺されるのではないかと、かなりドキドキしておりました」
玉藻は俺を抱きしめる。大きな胸の奥の鼓動が、脈動しているのがわかる。
俺も玉藻の胸の感触に元気になるのがわかる。
「……仕方ないご主人様ですね。今日だけ特別ですよ」
玉藻が官能的な笑みを浮かべて、俺の後ろに回る。……後ろに回る?
「特別にやさしく攻め立ててあげます」
今日も攻められることに変わりはなかった。特別といったから、攻めさせてもらえると思ったのに……。
「それはご主人様が報酬をもらって、人間の子供を孕ませられるようになってからです」
やはり俺は玉藻の掌の上にいるようだ。でもそれも悪いものでないと感じた。
******
何の問題もなく時間が過ぎ、運命の時を迎えた。
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