第16話 ナツメの油断と召喚獣契約



ナツメの加入により俺たちのダンジョン探索は調子づいていた。


ミノタウロスダンジョンとコカトリスダンジョンは無事にボスモンスターの討伐に成功した。


コカトリスダンジョンはダンジョン内に平原が広がるタイプのダンジョンで、コカトリスの石化の魔眼が強力なダンジョンだ。


コカトリスダンジョンでの階層は遮蔽物のない平原であるため、遠くからでも石化の魔眼が襲ってくる。俺は玉藻からの責めにより、状態異常耐性がある。玉藻は常時警戒の障壁を張っているらしく、コカトリス程度の魔眼は通用しない。


ナツメだけが最初は問題だった。いきなり石化されて俺が少しパニックになったが、玉藻の助言もありすぐに助けることができた。その後は少し時間がかかったが『自己進化』で耐性を手に入れて、魔眼は通用しなくなった。


「これで牛肉と鶏肉が手に入ったな」


ダンジョンで手に入れた牛肉や鶏肉は、最初からビニールパックされていた。それを俺たちはアイテムボックスで保管していた。どういう理屈かわからないがパックから出さない限り、肉の品質は劣化しないらしい。謎のダンジョンクオリティーである。


肉のパックと魔石はギルドに提出して、それによりギルドのランクが上がっている。ナツメも『佐藤ナツメ』として玉藻が違法に登録しており、ギルドでは人間として通している。

見た目などからはナツメが人形であることは分からない。ただ力が異常に強いことと、体重が見た目以上に重いことは除く。


「次はどこのダンジョンに潜るんだ?」


次の予定を玉藻に問う。既に俺は自分で考えることを、放棄しているのかもしれない。しかし玉藻に情報収集を任せてしまっている状態では、俺が考えるより玉藻の意見に従うほうが確かだろう。


「次は牛乳を集めます。もう一度、ミノタウロスダンジョンです。

 ミノタウロスといっても肉牛と乳牛で種類が違うので、注意が必要です。

 肉牛ミノタウロスが戦士とすれば、乳牛ミノタウロスは魔法戦士です。

 どちらが強いというのはありませんが、魔法を使うタイプとの戦いも経験したほうがいいでしょう」


「得意な属性は?」


魔法には一般的に火や水などの属性がある。得意な属性がわかっていれば、対策も立てやすい。


「個体によって違うようですが、水と回復と身体強化が多いようです」


「ならば問題ありません」


ナツメが口をはさむ。


「話を聞く限り、特に脅威を覚えません。

 早速ダンジョンに向かいましょう」


ナツメは自信満々にいう。何かフラグが立ったようで少し心配だが。俺たちは乳牛ミノタウロスダンジョンへと向かった。



******



フラグは早々に回収された。ナツメが巨大な水球の中に閉じ込められている。人間であれば呼吸ができずに、溺れ死んでいるところだろう。


「厄介だな」


ナツメも俺も溺れ死ぬ恐れはない。それは呼吸無しでも生きていけるからだ。


「私は呼吸が必要ですよ」


玉藻は俺の後ろに隠れている。目の前にはミノタウロスが1体。こいつがナツメを閉じ込めた張本人だ。


ミノタウロスは次々と新たな水球を飛ばしてくるが、俺と玉藻が魔法でで迎撃をしている。


「ご主人様、少し本気を出します。援護してください」


俺は魔法で火球を生み出すと、ミノタウロスの水球を上回るペースで打ち出した。


その間に玉藻がミノタウロスが作るものより、さらに大きな水球を生み出し打ち出す。その水球はナツメを閉じ込める水球ごと、ミノタウロスを水球の中に閉じ込めた。


「浸食。支配。解除」


玉藻の声とともに水球の水が消え去る。中にいたミノタウロスが自由になる。ナツメも同時に自由になる。


ナツメの大剣がミノタウロスを両断した。



******



「さっきのはどうやったんだ」


紙パックに入った牛乳を回収した後、俺は玉藻に問いかけた。


「ああ、あれですか。ミノタウロスが作った水球に私が作った水球をぶつけて、ミノタウロスの水球に干渉して消し去ったんですよ」


ミノタウロスの水球に玉藻の水球が侵食して、ミノタウロスの水球を支配した。その後に水球を解除したということか。


「ですです。そういうことになります」


「……すいません。我が主の心を読めないので、話が分かりません」


ナツメが困った顔で口を出してきた。まぁ確かに俺の心の声が分かる前提で話を進められても、心を読めないナツメは困るだろう。


「なら心が読めるように、特殊なパスを繋ぎましょう。そうすればナツメもご主人様の心が読めるようになります」


……ご主人様にプライバシーはないのか?


「ありません」


ナツメが心の声に答えた?


「パスが繋がり、我が主の心の声が聞こえるようになりました」


ナツメはドヤ顔をしている。少し可愛い。


「一番活躍したのは私ですよ」


玉藻が腕に抱き着き、上目遣いで主張してくる。


「ミノタウロスを倒したのは私です」


反対の腕にはナツメが同じようなことをしている。


ダンジョン内だが、緊張感は欠如していた。


「それにしてもナツメは油断しないようにしてください。

 戦線を離脱されると、かなり迷惑です。

 ご主人様を危険にさらすこととなりました」


「それについては謝罪する。次からは気を付けます。

 ですが何か対策となるようなものはありませんか」


ここが第1階層だから助かった。敵が1体しかいないから。2階層なら2体出ており、もう1体がこちらに攻めてきていたかもしれない。


「その可能性は高いですね。下手すれば全滅もあり得ます」


「玉藻は呼吸が必要ですが、私と我が主に呼吸は不要です。

 あの程度の相手に全滅するとは玉藻の考え過ぎではありませんか?」


玉藻とナツメが俺を挟んで言い合いをしている。


「ご主人様の種族は人です。職業オークでオークの特性もあります。

 人やオークの肉体的性能では通常ミノタウロスを相手するのは困難です。

 ご主人様は奇跡的に1対1なら倒すことができますが、それもあまり過信してよいものではありません。

 残念ながら現状の私たちはナツメの補助にすぎません。

 あなたの油断がご主人様にとって、致命的になりかねないことを理解してください」


玉藻は熱く語っている。


……そうか、俺は弱いんだな。


「残念ながら」


「元気出せ、我が主。私たちには我が主が必要だ。

 だから私が何とかする」


ナツメが俺を元気づけようとしてくれている。


「そんな口だけで何とかなる話ではありません。

 対策を考えましょう」


玉藻は現実を見ていた。



******



「……他の探索者の実力はどの程度なんだ?」


俺はふとした疑問を口に出す。


「探索者といってもピンキリです。

 初心者ならゴブリンダンジョンが限界でしょう。

 ミノタウロスダンジョンは中級者向けです。

 上級者になるともっと強力なダンジョンに挑んでいます」


玉藻の言葉から判断すると、俺たちの実力は中級者というところか。


「油断があり頼りないところもありますが、ナツメが上級者の下位。

 私とご主人様が初心者の上位または中級者の下位というところでしょうか」


玉藻は客観的な判断を下す。それを聞いてナツメはドヤ顔をしている。


「最もナツメ単独なら魔力切れで中級者の下位でしょうけどね」


「……我が主と一緒なら問題ない」


ナツメはショボンとしていた。


「まぁナツメと玉藻は『召喚獣』になって、いつでも俺が手元に呼び出せるようになった。

 常に一緒に行動するから、ナツメの実力は上級者ということにしておこう」


俺がナツメのご機嫌取りを行う。


『召喚獣』というのは職業『召喚術師』によって契約した相手のことを指す。契約した召喚獣は召喚術師によって、任意のタイミングで手元に呼び出すことができる。


例えば先程のケースでいえば、水球の中で捕まっていても呼び出すことができる。呼び出せば水の中から、脱出させることができるというわけだ。


戦力の分断についてはこれで対策ができた。さらに『錬金術師』を使って、ナツメには使い捨ての魔法に対する防御アイテムを与えている。これを使えば、自力での水球の中からの脱出も可能になる。


迷宮と化したミノタウロスダンジョン内の第1階層で、準備と効果の確認は済ませている。ならばあとは進むのみ。


俺たちは乳牛ミノタウロスダンジョンの最終階層に向けて発進した。



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