第15話 ナツメとミノタウロスダンジョン
「暴走については問題ないでしょう」
玉藻が断言する。
「どういうことだ?」
「ナツメの人格は私の人格を複製して、作成されております。
そのためご主人様に対する強い愛情と忠誠心が強烈に刷り込まれています。
仮に自己進化を繰り返したところで、それを消し去ることは不可能です。
それこそ消し去れば自我が崩壊することでしょう」
玉藻のお墨付きがあるため、三原則『自己修復』『自己増殖』『自己進化』はナツメに実装されてた。
ナツメは見た目は背が低い金髪碧眼美少女。年齢は中学生くらいか。金髪はツインテール。胸は大きくスタイルは抜群。ガワはこんな感じであるが、中身は謎の金属製のため、体重は重い。その重さのため、大剣を振り回しても問題なく制御できる。体の随所に武器を収納させており、その全身は凶器の塊である。
「……性能だけ見るとかなりいい感じじゃないか?」
「攻撃重視のパワータイプという感じですね。
……そうなると守りについては私が受け持つ感じなるということでいいですか?」
玉藻の問いかけに、俺は首を縦に振り答える。
「とりあえずはこれで行ってみよう。
ミノタウロス迷宮で試してみて、ダメだったら再度考えるということで。
……ナツメ『起動』しろ」
俺の命令とともに、ナツメは目を覚ました。ナツメは周囲を見回した後に、俺に目を定める。
「……おはようございます。我が主」
ナツメは挨拶をした後は、俺を目指して歩き始めた。椅子に座っている俺に覆いかぶさるように跨ると、俺の膝の上に向かい合うように座る。
「いただきます。我が主」
ナツメの目の色はいつの間にか赤く輝いている。これは吸血する際に興奮していると起こる設定で、そのことからナツメが興奮していることがよく分かった。
ナツメは俺の首筋に牙を立てると、魔力を吸い始める。それにしても中身は金属製だが、ナツメの体はとても柔らかい。それに何となくいい香りがする。その辺は玉藻の方でうまくやっているから、俺は詳しくは知らない。
ただし重い。とても重い。
多分俺よりも重いのではないだろうか。それは仕方がないのかもしれない。そうしなければ強力な力を生み出すことはできなかった。
その後10分くらいの間、俺は魔力を吸われ続けた。かなりの量を吸い取られている。
戦闘による燃費についても、確かめる必要がありそうだ。
******
俺たちは昨日と同じミノタウロス迷宮に来ている。すでに半分の第5階層だ。
ダンジョン探索は順調に進むことができた。予想以上にナツメの力は強力であった。
ナツメは俺とは違い、要所要所を守る鎧を身に着けている。そんな姿で大剣の一撃でミノタウロスを葬り去るナツメは、一言でいえば美しかった。そして頼もしかった。
ナツメにとってミノタウロスは、一撃で倒せる楽な相手。俺にとってのゴブリンとそう大差はない。ならば恐れる必要はなく、俺たちは前に進んだ。
「……我が主」
ナツメはそういうと俺に振り返る。そして大剣を一度しまうと、俺に向けて歩いてきた。
「いただきます」
俺の首筋に牙を立てるナツメの目は、きっと真っ赤に輝いているのだろう。
ナツメは俺の人形であり、俺の従魔だ。
大体1階層ごとに1回くらいは俺は吸われている。吸う時間はそんなに長くない。大体1分程度だ。
あまり消耗したままだと、何かの時に問題になるかもしれない。そのため少し減れば、余裕をもって小まめに吸っているのだろう。
この間は玉藻が辺りの警戒を強めている。モンスターもそうだが、ナツメの姿を見られるのも問題がある。
玉藻は耳や尻尾を隠しているため、銀髪の美少女にしか見えない。ナツメも普通に見る分には金髪の美少女だ。しかし今は俺の首筋に牙を突き立てている。
目は赤く輝いていて、客観的な姿は吸血鬼そのものだ。
「……ますます普通の人間を仲間にすることはできないな」
ナツメは魔力を吸うのをやめると、膝を曲げて俺を上目遣いで見る。その瞳は少し潤んでいるように見えた。
「……ナツメは役に立ちませんか?」
その言葉に俺は心打たれる。
「そんなことはない。ナツメはとても役に立っている。
ナツメさえいれば、他の探索者なんていらない」
その言葉の直後、俺の背中に2つの柔らかい感触が生まれる。さらに両手が俺を包むように現れる。なお俺は魔力供給の際は鎧を脱いでいる。
「……ご主人様。私は必要ないのですか?」
俺は玉藻に後ろから抱きしめられていた。玉藻の声は普段と違い、低く恐ろしさを感じられた。選択を間違えるとヤバい。
前には俺を上目遣いで見るナツメ。後ろには俺を強く抱きしめる玉藻。
気が付くとナツメも俺を前から抱きしめていた。俺はナツメと玉藻にサンドイッチにされている。その感触は柔らかく、幸せを感じる。でも発言には気を付けないといけない。
ナツメは物理的に俺を絞め殺すことができる。決してそういうことはしないはずだが、それが可能である。
玉藻は相変わらず状態異常で俺を操ることができる。『魅了』や『洗脳』を使われたら、俺は逆らうことができない。
事実玉藻には地球でも『魅了』を使われて、何度も襲われている。
念のため言っておくが、玉藻は『男の娘』で攻める側である。それに対してナツメは性器こそないものの、それ以外を用いた奉仕は可能である。昨晩はそれを使い何度も俺を楽しませてくれた。
「……ナツメがいれば私はお払い箱ですか?」
そういえば玉藻は俺の心を読むことができるんだった。……俺の心を読んでいるな。
「はい。もちろんそうです」
玉藻の声はとても低く、背筋が凍る思いがした。玉藻自身に抱き着かれて、とても暖かく包まれているのに。
「玉藻。俺にはお前『も』必要だ。
俺を助けてくれ」
これは俺の本心である。ナツメの製造も玉藻がいなければ、ここまでうまくいかなかった。玉藻がいるから俺は進む道を見つけることができた。
俺が生きていくには玉藻が必要だ。そして目標に進むためにはナツメも必要だ。
「俺にはどちらも必要なんだ。分かってほしい」
「もちろんです。ご主人様」
玉藻の甘い声が俺の耳をくすぐる。
「私は我が主のために存在します」
ナツメの誓いが俺の耳を打った。
少しの『休憩』があったが、俺たちは順調にミノタウロスダンジョンを進んでいった。
******
俺たちはいま、ミノタウロスダンジョンの10階層にいる。迷宮と化したダンジョンは広く、ここまで来るのにそれなりの時間を有した。何度かダンジョン内で睡眠も取った。
それほど大きなダンジョンの最終階層。その最後の扉の前に俺たちはいた。
「ここが最後か」
「はい、この中にボスのミノタウロスがいます。
しかし倒してもその先にはダンジョンコアはありません、
地上に戻る魔法陣があるだけです」
玉藻が調べてきた情報を答える。情報収集については玉藻に一任していた。
「ボスのミノタウロスを倒すと最高級の牛肉と『魔石』が手に入ります」
「……ボスのミノタウロスは『魔物』なのか?」
『魔石』は『魔物』の存在そのものだ。それがあるから生きていけるし、それを砕かれると死ぬ。
「いいえ、違います。あくまでもミノタウロスはモンスターです。
ですが魔石が手に入ります。理由は不明です」
……そういうものと割り切るしかないかな。
「魔石は様々なものを動かす動力源として使用されているようです」
「高く売れるのか?」
まだお金に困っているわけでないが、少し気になる。
「ええ、高く売れます。それにギルドランクを上げるための評価点としても、優秀です。
準備はいいですか?」
玉藻の問いに俺は首を縦に振り答える。隣ではナツメが同じように首を縦に振っていた。
「問題ありません」
俺たちは扉を開けて、部屋の中に入る。それなりに広い部屋の中央には今まで一番大きく、強そうなミノタウロスが斧を構えていた。
今までも武器を持っていたモンスターはいたが、その全ての武器がモンスターを倒すと消えてしまっていた。恐らく魔力で生み出しているからだろう。
今回のミノタウロスの斧も魔力で生み出されているものと推察できる。特に意味はない。
それに比べナツメの大剣は、実在の剣だ。ナツメが倒れても消えないし、大剣を作った俺が倒れても消えることはない。元々魔力から生み出した点は同じだが、実在させるように大量の魔力を込めて作り上げた逸品だ。決してミノタウロスの斧に劣ってはいない。
その証拠にナツメの一撃目で、ミノタウロスの斧にはひびが入った。二撃目で斧は砕け散り、三撃目でミノタウロスは上下に両断されている。
「ナツメ、止めを刺すまでは油断するな」
後方で何もしていない俺がナツメに対して指示を出している。しかしそれには理由がある。
一つは俺がいなくてもナツメだけで、勝利が手に入る相手であるため。そしてもう一つが問題で、一度ナツメはやらかしているのだ。
簡単に言えば両断した相手から攻撃を受けて、かなりの重傷を負っている。もっとも魔力でナツメは再生できるため、既に傷は完全に癒えている。
そういった経験からナツメは油断することなく、ミノタウロスに止めを刺した。
「……それにしてもナツメはもしかして強くなっている?」
下の階層に行くたびにミノタウロスは、数が増えて強くなっているはずだ。そのはずなのにナツメは、どのミノタウロスも一撃で両断していた。よくよく考えれば、それはおかしい。
「当たり前でしょう」
玉藻はあきれたように俺を見ている。
「ナツメは『自己進化』するんですから、強くなるのは当然です。
武器の扱いも最初に比べて、相当上達していますよ」
そういわれると、そのような気がしてきた。俺自身はそういうものに、詳しくはない。そのため、見てもわからない。気にしていなかったというのが、実情かもしれないが。
「ナツメが強いからといって、あまり気を抜かないでくださいね。
ダンジョン内は危険なんですから。
それにご主人様も強くなってもらわないと、この先は厳しくなります」
玉藻は真面目な顔で、耳が痛い話をしてくる。
実際まだまだこれからであることは確かだ。もう少し気を引き締めたほうがいいのかもしれない。
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