第19話 オークの禁じ手『オークの花嫁』
俺たちは話し合って決めていた。基本的に他の探索者と関わらないようにする。
どうしても関わるときは、遠慮は一切しない。
助けることを優先せず、自分たちの命を優先すること。
だから俺たちは迫りくるモンスターを倒すことに注力したし、邪魔になればモンスターごと倒した。
これは俺たちの決めたルールで、探索者ギルドがどのように決めているかは知らない。
「……どうして仲間を殺したんだ」
目の前にいる探索者が俺たちに対して、強い敵意を向けてきている。殺意と呼んでもいいだろう。
……残念ながら誰も助からなかったようだ。
ナツメが大剣を、横に振るい終えている。殺意を向けたものは両断されていた。
俺はそれを見ても何も思わなかった。
……ちょっと待て。それはおかしくないか?
俺は元々一般人だ。人の生き死ににかかわっている人間ではない。
それなのに人が殺されるところを見ても何も感じない。
それどころか俺は探索者ギルドで人を斬っている。絡んできた人間と、何も関係がない審判をだ。
どうして俺は何も感じないんだ?
「我が主。それって普通のことじゃないですか」
ナツメが不思議そうに俺を見ている。
「無関係の人間ということは、どうでもいいということです。
それが死んだからどうしたというんですか」
「ご主人様。ご主人様はゲーム世界で生まれ変わられました。
それ故にそのような些末のことに心が動かなくなったのです」
ナツメは問いかけ、玉藻が答えを示してくる。
「……どうでもいいことか。
確かにそうだな。俺にとってどうでもいいことだ。
俺はそういう存在に生まれ変わったということか」
「その通りです。ご主人様」
玉藻はにっこりと笑っている。その笑顔に何か恐ろしいものを感じるが、どうでもよいことだろう。
俺には一般的な人間の心が欠如しているかもしれない。
でもそれがどうした。そんなものが何の役に立つ。役に立たない。
ならこのままでいい。俺たちはダンジョンを制覇しなくてはならない。
そのための代償と考えるべきだろう。
「『職業』による進化と考えるべきかもしれませんね」
ナツメは笑顔でそう語った。それが真理かもしれないと、俺は思った。
******
俺たちはゴーレムを倒したことによる報酬の金属と、人間を倒したことによる武器防具などの装備品と所持品を手に入れた。
また玉藻が急いで回収したため、人間の死体を2体手に入れた。そのどれもがナツメによって斬り裂かれたのもだ。
玉藻の炎により燃やされたものは、所持品などを含め何も残っていない。
「……あの状況では仕方なかったとはいえ、ナツメの火炎球はやりすぎだったな」
「結果を見ればそうですね……。
しかしあの状況ならあれが最善でしょう?」
玉藻は少し恥ずかしそうに、頬を膨らませていた。少し赤くなって可愛い。
俺の心を読んだのか増々玉藻の顔は赤くなる。
「だから仕方なかったといっているじゃないか」
俺は玉藻の銀髪を撫でる。玉藻は俺の胸に頭を強く擦り付けてくる。
「玉藻だけずるいですよ」
ナツメが俺を後ろから抱きしめる。
「玉藻の次は私の頭を撫でてください」
ナツメは俺の耳元でそう呟いた。
「そっ、それで回収した死体はどうするつもりなんだ」
耳元で囁かれて、俺は少し恥ずかしくなり話題を変える。
「……ああ、あれですか。
あれは私を強化するための材料として利用する予定です」
玉藻は俺に頭を擦り付けながら答える。
「ですがあまり質が良くありませんし他の使い方が浮かばなかったから、そうするという程度です。
ご主人様が別の使い方がしたいのなら、お譲りします」
玉藻は強化に使うことについて、あまり乗り気ではないようだ。
俺には『死霊術師』の職業がある。それを使うための材料として役立てるという方法もある。
「ん?ご主人様。
少し先に生存者がいるようです」
俺が考えていると、玉藻が通路の先に生存者を探知した。
「急いで行ってみるか」
俺の問いかけに玉藻は頷き、俺から離れた。
「後で絶対に頭撫でてくださいよ」
ナツメも文句を言いつつも、俺から離れる。
俺たちが通路を進むと、その先で一人の女性が倒れていた。女性はゴーレムにやられたのだろう。体のあちこちが潰されている。今もよく生きているなというのが率直な感想だ。
「助かるか?」
俺の問いに玉藻は首を横に振る。
「自力では無理でしょう」
このままではこの女性は助からない。でも助けることならできる?
「できますね」
玉藻は淡々と答える。
「ですが普通の方法では不可能です。今生きていること自体が不思議な状況です」
玉藻の言う通り、その女性は生きているのが不思議な状況だ。普通の回復魔法とかでは助けることはできない。なら助けるために取るべき手段は……。
「オークの禁じ手ですね」
ナツメがあっさりと答える。
「どうします?早くしないと助けられなくなりますよ」
ナツメの言う通り、残り時間はない。正確に言えば『なくなった』。
残り時間は無くなった。命の灯が消えて、亡くなった。制限時間内に答えを出すことが、俺にはできなかった。
「でも問題ありませんよね」
玉藻が言う。
確かにその通りだ。この世界には条件付きだが『死者蘇生』が存在する。だから助けたいなら今から助ければいい。
ちなみに先程殺した奴らは、助けない。自分たちで殺したものは決して助けない。それが俺たちのルールだ。
どうするべきか。悩む。
「……私は助けるべきと判断します」
「玉藻?」
玉藻はこの女性を助けるべきと判断した。
「この女性は普通なら死んでいるところで生きていました。明らかに異常です。
何かあります。生きていた理由が何かあるはずです。
それが何かは分かりませんが、ご主人様の駒とする価値があると思います」
玉藻はこの女性には『何か』があり、それが俺にとって役に立つと判断した。
「我が主。玉藻の言い分は一理ありますが、逆に危険でもあります。
これが持つものは我が主を危険にするかもしれません。
面倒ごとを呼び込む可能性もあります。
そこのところを考慮していただきますように、お願いします」
ナツメは真面目な顔で、玉藻と逆の意見を述べた。恐らく俺に考えさせるために、反対意見を具申したのだろう。
『何か』分からないものは危険であり、排除すべきである。確かにそういう考え方もある。
「……今回は助けようと思う」
俺は助けると判断する。俺たちには戦力が必要だ。何か問題が起こる原因になるかもしれないが、戦力増強と情報収集。助けることでこの2つを得ることができる。そして何よりも、生きもがいていた彼女は美しかった。強い意志を感じた。だから助けようと思う。
「「ご主人様(我が主)のお考えのままに」」
玉藻とナツメはそういって俺に頭を下げる。俺の心は読まれている。だから説明の必要もない。
「玉藻、助ける際に注意することはあるか?」
俺が気付いていない部分があるかもしれない。
「先程手に入れた死体を利用すべきと具申します。
もちろん色々邪魔になる部分は排除したうえでですが」
俺は玉藻の意見を採用し、彼女を助けるために彼女の仲間の死体を使うこととした。
彼女の死体はあちこちに損傷がある。それを修復するためと、増強させるために死体を利用する。これで元の体よりも強靭な肉体となる。
後は『オークの花嫁』を使うだけだ。
『オークの花嫁』はオークの禁じ手である。
使えば必ず部族から追放される。それは対象の個体を、自分の花嫁にするというものだ。
『オークの花嫁』を使われた者は、使った『主人』の子供以外を生むことができなくなる。
それ故に『オークの花嫁』はオークの禁じ手となった。
オークはオークキングを決める際に、自らの遺伝子の優劣を競う。前時代的で根拠ないやり方だが、『オークの花嫁』はそれを行うことを阻害する。
『主人』以外の子供が『花嫁』は産めなくなるからだ。また『共有財産』を独占することになる。
それ故に使えばオークの部族から追放される。それが禁じ手『オークの花嫁』。
しかしその威力は絶大だ。対象の『花嫁』はどのような状況からでも、『主人』の子供を産むことができる状態になる。
男性なら女性に変化する。年齢?それくらい若返る。死んでる?生き返れば解決する。
どのような無理も、それをねじ伏せる強力な力が『オークの花嫁』にはある。
もちろん代償もある。無理を通す分だけ魔力を消費する。しかしそれは俺にとって問題ない。俺の魔力は尽きることなく、生み出されている。
副次的効果で『花嫁』は『主人』に洗脳された状態になる。使う前にはなかった愛情と忠誠心が急に生まれる。
故に生き返って襲われる恐れはない。だから俺は安心して、それを使う。
既に部族から追放されている俺に、それを使わない理由はなかった。
「発動。『オークの花嫁』」
俺の言葉とともに、彼女の強化された肉体は輝きを放った。
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