第37話 私の心臓は浄界のリナの心臓【令和八年】 202406042207 新 +モニカ 直し

 私――令和のリナは心臓移植手術を受けた。


 浄界じょうかいのリナの心臓を移植したのだ。


 全身麻酔ますいを受けている私は、手術後、集中治療ちりょう室に運び込まれた。


 もうすでにぼんやりとした意識はあり、女性看護師さんたちから指示を受けていた。


「手をにぎってみてください」

「お名前を言えますか?」


 手をにぎることはできたし、「善川ぜんかわリナです」と名前を言うこともできた。


 次の日は立ち上がるリハビリをした。


 しかし……。


「立ってみてください」


 看護師さんにそう言われてベッドから立ち上がろうとした。


 だが、体のとてつもない熱さと眩暈めまいを感じ、床に倒れ込んでしまった。


「大丈夫ですか!」


 看護師さんたちがあわてて私を助け起こした。


 全身を打った……。


 いくら引きこもりだったとしても、ここまで運動神経がひどいわけはない。


「大丈夫です」

「ものすごい熱ですよ」

「大丈夫です、大丈夫です……」


 私はそう言いつつ本当に滝のような冷や汗が出て、ベッドに戻されててしまった。


「これは『拒絶反応』だな」


 男性の医者がけ込んできて、ベッドの上の私に言った。


 ウォンダさんも一緒だ。


「私、死んじゃうの? 体が、熱い……。熱いよ……」


 私は意識が朦朧もうろうとしていた。


 冷や汗も止まらない。


 体がとんでもなく熱い。


「死んでしまうかもしれない」という恐怖感が全身をめぐっていた。


「いいえ、死なないわ。拒絶反応が出ているの」


 ウォンダさんは医者の代わりに言った。

 

 私の左脇ひだりわきには体温計がはさみ込まれている。


浄界じょうかいのリナの心臓を移植したでしょう。確かにあの子はあなたと双子のようなものだけど、別人格なのよ。他の人の心臓を移植しようとすると、その新しい心臓を体が受け入れないことがあるの」

「私が……浄界じょうかいのリナの心臓を……」

「そう、体が受け入れてない。すると高熱が出たり、体がだるくなったり、汗が出たりするのよ。熱は何度?」


 体温計は四十三度を示していた。


 自分の体が沸騰ふっとうしてしまうのではないかと思い、怖くなった。


「四十三度……。驚くほど高熱ですね、では『ステロイドパルス療法りょうほう』を行いましょう」


 医師が言うと、ウォンダさんはうなずいた。


(失礼だよね。私の心臓と令和のリナの相性が良すぎるから、逆に高い熱が出ているだけなのに。大丈夫……リナの目覚めのときがきている)


 そんな声が聞こえたような気がした。


 私は注射され――失神した。


 ◇ ◇ ◇


 その後、落ち着いた私は集中治療室から病室――個室に移された。


「十日ほど、しばらくベッドの上で過ごしなさい」


 病室に座っていたウォンダさんは言った。


 私は賢者大神殿の病室でベッドに横になったままだ。


 そして――私は「あの子」のことを聞かなければならなかった。


「……浄界じょうかいのリナは?」

 

 私が聞くとウォンダさんは少し考えてから言った。


「……ごまかすのは余計にあなたを傷つけることになるので、正直に言うわ」


 ウォンダさんは決心したように言った。


浄界じょうかいのリナさんは心臓を取り出したので、亡くなりました」


 私の心は停止したように思えた。


 ああ……浄界じょうかいのリナ……ごめんなさい。


「その後、遺体いたい焼却しょうきゃくされたわ。でも、あなたのスペアとして魂の役割をまっとうしたので、笑顔で亡くなっていきました」

「どう言ったらいいか分からない」


 浄界じょうかいのリナに対して、ありがたいような、申し訳ないような、罪を感じるような……。


 私が殺したのは同然どうぜんだ。


「あなた、自分を責めてるでしょ」

 

 ウォンダさんの言葉に私はハッとした。


 彼女はしかるように言った。


「あのままでは、あなたのほうが死んでいたのよ」

「でも、浄界じょうかいのリナは――私のために死ぬことはなかった」

「彼女は役割をまっとうしたの。あなたを救うために心臓を差し出してくれた。感謝しなさい」

浄界じょうかいのリナの心臓が私の中に……」


 私は涙があふれそうになった。


 そして浄界じょうかいのリナに対して、手を合わせた。


 感謝とか、もうそういうものではなかった。


 ただただ私の中で浄界じょうかいのリナが生きていることを感じきるしかない、私はそう自分に言い聞かせた。


 ◇ ◇ ◇


 入院中は面会謝絶しゃぜつで、アリサやチャコが見舞いに来たがったらしいが会うことはできなかった。


 賢者大神殿の病室から退院したのは、手術から十日後だった。


 卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校に登校すると、玄関ホールですぐにアリサとチャコがけ寄ってきてくれた。


「お、お前、大丈夫なのか?」


 アリサが本当に心配そうにしてくれている。


「うん、大丈夫」

「べ、別に変ったところはないんですか?」


 チャコは私のほおさわったり、ジロジロ見たりした。


「何ともないよ」


 私が言うと、アリサとチャコは顔を見合わせた。


 ただ、ちょっと体がだるかった。


 そのとき――。


「おい! 善川ぜんかわリナ!」


 後ろから、聞き覚えのある嫌な女子の声が聞こえた。


 振り返ると、坊原ぼうはらモニカと反端はんばた葉子はこ――パン子が立っていた。


「もうすぐ授業訓練が始まる! ゼッコン様二匹を倒したんだろ? お友達の協力ってやつでさ!」


 モニカがニヤついて私にそう言った。


 こ、この二人……。


 だいたい前から疑問だったけど、何でモニカとパン子がこの令和の世界にいるんだろう?


 二人とも、浄界じょうかい世界の住人じゃなかったの?


 ん? ということはつまり……。


 パン子も私に向かって叫んだ。


「あんなのまぐれだろ。早く訓練で失敗してはじかきな!」

「お前ら! ケンカ売ってんのか!」


 アリサがモニカとパン子に詰め寄ったとき――。


「何やってるの! 授業を始めるわよ。――リナ! あなたは課題がおくれている。これからビシビシ授業を進めます!」


 ウォンダさんが廊下ろうかの向こうで声を上げた。


 これから本格的な訓練が始まろうとしていた――。

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