第42話 教祖の師【令和八年&黒生刑事視点】

 昼の二時――。


 俺とヨシマリは、新宿にある「株式会社IDOイドー」に行った。


 中規模ちゅうきぼのビルで、大企業といえるほど大きくはない。


「俺らはこういう者です。松王まつおう隼吾じゅんご先生に会いたいんだけどねえ」


 ロビーの受付嬢うけつけじょうに警察手帳を見せると、彼女は驚いた顔をしつつ内線電話の受話器を取った。


「ま、松王まつおう先生がお待ちです。二階の松王まつおう先生の個室にご本人がおられます」


 俺とヨシマリは階段で二階に行き、廊下ろうかの突き当りにある松王まつおう隼吾じゅんごの個室の扉をノックした。


「入ってこい! だが話をするかは分からんぞ!」


 しわがれた怒鳴り声が返ってきた。


「うわ~、やっぱり偏屈へんくつ~」


 ヨシマリは声を上げた。


 扉を開けると、そこには恐らく六十代後半……いや、七十代くらいの男が座っていた。


 部屋には本棚ほんだな薬品棚やくひんだながある。


 机の上にはレポート用紙が山のように積まれてあった。


「あなたが元『東将とうしょう大学』教授、元『東京エネルギー研究所』顧問こもん松王まつおう先生ですね?」


 俺がそう聞くと、男は口を開いた。


「そうだが。刑事と聞いたが何なんだ? 私は仕事がいそがしい。本当に大事な用件でないのなら、さっさと帰れ!」


 松王まつおう氏はそう怒鳴り、椅子に深く座ってこっちをにらみつけている。


 俺はいきなり切り込むことにした。


「あなたと共に、自然エネルギー研究機関、東京エネルギー研究所に所属していた虎町とらまち銅財どうざい善川ぜんかわ浄一じょういち、セリーナ・レクイヤーのことをお聞きしたいのですが」

「な、何だと」

「その後、三人ともはなばなれになって、あなたはこの『IDOイドー』にやとわれたってわけだ」


 松王まつおう氏は何か考えるようにソファにゆったりと座っていたが、少しうなった。


 やはり虎町とらまち銅財どうざい善川ぜんかわ浄一じょういち、セリーナ・レクイヤーの名前を出したのは正解だったか。


「今日はお前たちだけか?」

「はい」


 俺がうなずくと、松王まつおう氏は窓の外を確認したり周囲を見回した。


 ふむ、警戒けいかいか。


 ……相当重要な情報をお持ちとみえる。


「ふむ……。東京エネルギー研究所時代は、虎町とらまちは四十歳、セリーナも四十歳。善川ぜんかわ浄一じょういちはまだ二十四歳。皆、まだまだ若かったな」


 松王まつおう氏は思い出すように静かに言った。


「だが、あんたが聞きたいのはそんなことじゃないだろう?」

「ええ、まずは卑弥呼ひみこと賢者の関係について聞きたいのです。あなたなら最もよく知っているはずだ。卑弥呼ひみこ鬼道きどうという術をあやつった。その謎の鬼道きどう松王まつおう先生――あなたは研究した」


 俺の言葉を聞いた松王まつおう氏は左手で顔をぬぐい、俺とヨシマリのほうを見て言った。


「よく知ってるな」


 そして松王まつおう隼吾じゅんごは言った。


「ご存知のとおり、三世紀に卑弥呼ひみこという女王がいた。彼女は鬼道きどうという術をあやつったとされる。賢者大神殿にはそれらに関する古い文書と卑弥呼ひみこ毛髪もうはつつめ皮膚ひふが残されておる。私はそれをひょんなことから見せてもらい、そこから研究が始まった」

卑弥呼ひみこはその後、どうなりましたか?」

「あんたも調べているんだろう? だいたいは知っているはずだ」

「いえ、松王まつおう先生ほどくわしくは知りません」


 俺が言うと、松王まつおう氏は舌打ちして口を開いた。


卑弥呼ひみこ晩年ばんねん、自分の鬼道きどう継承けいしょうする『賢者』と呼ばれる術師じゅつしたちを育成した。卑弥呼ひみこの死後、賢者は陰陽道おんみょうどうや西洋の魔術、東洋の黒魔術の要素を取り入れた。賢者は日本の裏で勢力を拡大していき、今にいたる」

「ではなぜ賢者に似た、浄霊天じょうれいてん教というものが現れたのですか?」

「昭和二十二年、賢者の集団――『賢者の会』から分派ぶんぱしたのが浄霊天じょうれいてん教だ。誰が分派ぶんぱさせた黒幕かは分かっていない」

「賢者の会には虎町とらまち銅財どうざい善川ぜんかわ浄一じょういち、セリーナ・レクイヤーも所属していましたね?」

「その通り。よく調べてあるじゃないか。私は所属しなかったが」

「その三人の仲間に、イギリス国籍こくせきのノーベル化学かがく賞、もしくは物理ぶつり候補こうほの男がいた……?」


 俺の言葉を聞いた松王まつおう氏は驚いた顔をした。


「な、なぜその男を知っている?」


 ヨシマリはカバンから一枚の写真――正確には写真用光沢紙こうたくし松王まつおう氏に見せた。


 彼女が虎町とらまち銅財どうざいの家のアルバムから見つけたものだ。


 左から、虎町とらまち銅財どうざい善川ぜんかわ浄一じょういち、セリーナ・レクイヤー、そして一番右に謎の西洋人の男が写っている。


「『彼』は書籍しょせきを出版していたな。英文だが……」


 松王まつおう氏は本棚ほんだなから一冊の本を取り出した。

 

「彼」とは、一番右に写っている謎の西洋人の男のことをしているのだろう。


『Requiem Energy』という題の本だ。


 著者は「Jedd Zacharaiah」……。


 帰国子女のヨシマリが口を開いた。


「えーっと、本の題名は『レクイエム・エネルギー』ですね。著者は『ジュドー』……いえ、『ジェドー・ザカライア』」

「そうだ。イギリス人のジェドー・ザカライアだ。2011年、新聞各紙でノーベル化学賞、もしくは物理賞候補こうほさわがれていたが……。それは叶わなかった。今現在までも」


 松王まつおう氏は静かに椅子に深く座った。


「2011年、ノーベル賞をのがしたジェドー・ザカライアの怒りはすさまじかった。彼の研究は『レクイエム・エネルギー』についてだ。この分野は化学かがくなのか物理ぶつりなのかが分かりづらかったのかもしれん。また、オカルト的な要素もあり受賞にはいたらなかったと思う」


 そして松王まつおう氏は少し考えてから俺に言った。


「だが、24にいよん人力じんりき砲や24にいよんEOSイオスコートのエネルギー、ゼッコン様の生成せいせい、これらはすべてレクイエム・エネルギーで説明がつく」

「そのレクイエム・エネルギーとは何なのですか?」

「古代大陸にあった『ツーオイ石』から生み出される無限のエネルギーだ」

「ほほう、オカルトチックだが」

「オカルトではない。現に善川ぜんかわ浄一じょういちの娘が使用する武器は、レクイエム・エネルギーを使用しているではないか」

「なるほど……その後、ザカライア氏はどうなったのですか」

虎町とらまち銅財どうざいを連れて、浄霊天じょうれいてん教に入信した。それからどうなったかは知らん」

「ジェドー・ザカライアは公式では1971年生まれとなっています。しかし、彼はもっと前――第二次世界大戦前から生きていたといううわさがあります」

「ハハハ」


 松王まつおう氏は笑った。


「それこそオカルトだよ。そんなうわさもあるがな」

善川ぜんかわ浄一じょういちはどうなっていますか?」

行方ゆくえ不明だ。彼が最も24にいよん人力じんりき砲と24にいよんEOSイオスコートを扱える適任てきにん者でな……。研究者だったが自衛隊員でもあった。――さあ、もういいだろう。仕事がある、帰ってくれたまえ」


 俺とヨシマリは松王まつおう氏に部屋から追い出されてしまった。


 善川ぜんかわ浄一じょういち行方ゆくえと、もう一人のレクイエム・エネルギーの研究者、セリーナ・レクイヤーのこと、そして浄界じょうかい日本がなぜできたのかを知りたかったが……時間切れか。


 一週間後は、どうやら善川ぜんかわリナたちが浄界じょうかい日本に上陸する……らしい。


 その日から令和日本と浄界じょうかい日本は大きく動くはずだ――。

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