第43話 地獄の行軍訓練開始!【令和八年】

 私――善川ぜんかわリナが首相官邸かんてい城山しろやま首相に会った次の日の昼過ぎ――三時。


 私たち女子戦闘科第三クラスの十二名は、富士山近くの山道さんどうを歩いていた。


 これは「行軍こうぐん訓練」といわれる訓練で、明日の朝まで一列になって五十キロメートルを歩き続ける。


 私やアリサ、チャコは「浄界じょうかい日本上陸作戦」の参加をするかしないか、明日までに決めなければならない。


 五日後が上陸作戦の決行予定日なのだ。


 でも私たちは今、そのことを考えているひまと余裕はなかった。


「あ、足が痛すぎる~!」


 アリサがいつになく泣き声を上げた。


 私たちは背嚢はいのうという大型リュックを背負いながら、ひたすら森の横の山道さんどうを歩いていった。


 今、十五キロメートル歩いたところだ。


 岩場があったり、草に足をとられたりしたので、太ももになまりが詰め込まれたように動かなくなってきた。


「だめ、足が棒みたい」


 私は足がだるくて痛くてたまらなくなりそうになり、つぶやいた。


 心臓も心配だ。


 心臓移植手術をして十二日くらい経ったか。


 心臓が普段より高鳴っている気がして、どうもつかれやすく感じる。


 この行軍こうぐん訓練の提案者は、ゴール地点で待っているウォンダさんだ。


 ウォンダさんは、せっかく移植した心臓をこわす気だろうか?


「こらぁ、アリサ、リナ! 列を乱すんじゃない! この状態で敵陣てきじんに攻め込んでみろ。素早く歩かないとち殺されるぞ!」


 自衛隊出身の女性教官――末戸すえと千景ちかげ教官は一緒に歩きつつ声を上げた。


 直射日光も私たちの体力を消耗しょうもうさせる。


「熱さも敵ですよ。これ、熱中症ねっちゅうしょう対策たいさくです」


 チャコが私に塩レモンあめをくれた。


 ……お、美味しい~……。


 でももうフラフラだ。


「聞け! 自衛隊の第一空挺くうてい団は約三十キロ以上の荷物を背負い、百キロメートルを三、四日で歩くぞ。お前らの荷物なんて十キロ程度だろうがあ!」


 末戸すえと教官は怒鳴った。


 ……それから山道さんどうを十キロメートル歩くと、どんどん夜になってきた。


 今、夜の八時くらいだろうか? 真っ暗だ……。皆、すでに懐中かいちゅう電灯をけている。


「はい休憩きゅうけい! 食事だ。四時間休んだらすぐに行軍こうぐんを続行する」


 末戸すえと教官は手をパンパンとたたいた。


 私たちはつかれで呆然ぼうぜんとしつつ森の中に腰を下ろした。


 チャコが末戸すえと教官に聞いた。


「あ、あの、睡眠すいみんはどうするのですか? 四時間しか休めないとなると、時刻は夜中の0時になっているということになりますが」

「聞いただろー! 休むのはこの四時間だけだ! あとは寝ずに歩く!」


 末戸すえと教官の言葉を聞いた私たちは叫んだ。


「ぎゃああ!」

「なにそれ? 地獄じごく!」

「教官の鬼!」


 女子たちの叫び声が森にひびいた。


 私たちはとにかく休むため、一人用のワンタッチテントを立てた。


 夕食は私のテント内でアリサ、チャコと一緒にとることにした。


 メニューは加熱剤かねつざいで温めたカレーとご飯。そして焼き鳥の缶詰かんづめ


 テントは一人用だが、座って食事をとるのなら三人、何とか入れた。


「リナ、お前、心臓は大丈夫かよ」


 アリサはカレーを頬張ほおばりつつ聞いてきたので、私は答えた。


「うん、何とか」

「……明日までに浄界じょうかい日本上陸作戦の参加について、決めなくちゃなりませんね……」


 チャコも静かに言った。


「そうだね……どうしようか」


 私はつかれすぎて何も考えられなかった。

 

 私たちは歯磨はみがきし、一人一人、テントの中で寝袋に入り仮眠をとることにした。


 ◇ ◇ ◇


「――大丈夫、できるよ」


 そんな聞き覚えのある声がした。


 私が座っているのは砂浜……海岸?


 ……ここは幼い頃、お父さんとお母さんと一緒に行った葛西かさい臨海りんかい公園の海岸かもしれない。


 それでこれは夢だと気付いた。


「久しぶり! 令和のリナ!」


 え?


「うわ!」

 

 隣に浄界じょうかいのリナがいたので、私は驚いて飛び上がりそうになった。――制服姿だ。


 き、気付かなかった……。


浄界じょうかいのリナ! なんでここに?」

「やっと会えたね。ここ、夢だもん。私は令和のリナの前にいきなり現れるよ、いつだって」

「うん……。大事な心臓をありがとう」

 

 私と浄界じょうかいのリナは抱き合った。


 ごめんね……。


 あなたは私に心臓をくれたせいで死んだ。


 私は泣いていたが、浄界じょうかいのリナは私の肩を抱き寄せて口を開いた。


「私の役目はあなた――令和のリナに心臓をあげることだったんだって」

「え? 誰がそんなことを言ったの?」

「死んだあとの世界で偉い人が言ってた」

「ふーん……神様みたいな人?」


 私はそうつぶやきつつ、浄界じょうかいのリナに聞いた。


「この間の授業訓練のとき、話かけてきたのはあなた?」

「そうだよ。――ねえ、浄界じょうかい日本に行きなよ」


 浄界じょうかいのリナが突然言うので、私は驚いてしまった。


「だって危険じゃないの。ゼッコン様に辿たどり着く前に、じゅうたれて死んじゃうかも」

「令和のリナなら大丈夫。アリサやチャコがいるでしょ。それに自衛隊や日本政府の人がリナを助けてくれるよ」

「簡単に言うけどさぁ」

「本当は浄界じょうかい日本を見てみたいんじゃないの?」

「え?」


 私はドキッとした。


 彼女はまた言った。


「色んな秘密が分かるよ。あなたのお父さんとお母さんのことも」

「え? お、お父さん? お母さん? 私の?」

「山内君もあなたに会いたがってる」


 あ、山内君って浄界じょうかい日本の浄界じょうかいのリナのボーイフレンドか。


 彼、さみしがってないかな、浄界じょうかいのリナが死んじゃって。

 

「その山内君が会いたがっているのは、私じゃなくて浄界じょうかいのリナじゃん?」

「令和のリナと浄界じょうかいのリナはもう一心同体だよ~」


 浄界じょうかいのリナは笑って、私をまた強く抱きめた。


 もう~……抱きめりゃなんでも解決したと思わないでよ~。


「――でも令和のリナ、あなたは結局、浄界じょうかい日本に行くことになる。だって日本全国の人が注目しているんだよ」

「え? それってどういう……」


 日本全国の人が私に……?


 浄界じょうかいのリナは何を言っているんだろう。

 

 そんなわけがない。


 私のことなんか、士官学校の関係者以外、誰も知らないはず。


「そろそろ時間じゃない? それじゃね」

 

 そんな浄界じょうかいのリナの声が聞こえた。


 気付くと私は海岸で一人だった。


(起きろ……起きろ! もう四時間ったぞ! 敵兵にねらわれるぞ!)


 誰かの声がする。


 あ、末戸すえと教官の声か。


 ……そこで目が覚めた。


 ◇ ◇ ◇

 

 私たち女子戦闘科第三クラスは、深夜の行軍こうぐんを開始した。


 私はアリサとチャコに言った。


「やっぱり浄界じょうかい日本に行ってみようかな」

「え? いきなりどうしたんですか?」


 チャコは眉をひそめたが、アリサは笑って「やっぱり! そうこなくっちゃ!」と声を上げた。


 私は決心していた。


 私は浄界じょうかい日本上陸作戦に参加する!

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卑弥呼の転生者~令和の時代に、卑弥呼の私が生まれた。私が鬼道の術で日本を救います! 武志 @take10902

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