第41話 教祖の家【令和八年&黒生刑事視点】202406290028 直し

 昼前――十時半。


 の光が強くかがやく良い天気だった。


 俺――黒生こくじょうテツオは刑事だ。


 今、俺は東京、東池袋の「サンシャイン60」という超高層ビル近くにいる。


「相変わらずでかいな」


 俺はサンシャイン60を見上げてつぶやいた。


 ちなみにここは令和八年の日本だ。浄界じょうかい日本ではない。


 サンシャイン60は1978年、昭和五十三年に開業。


 今は2026年――令和八年だから、随分ずいぶん長く池袋のシンボルとしての立場を守っている。


「さて……と」


 俺と女新米刑事の吉垣よしがきマリはサンシャイン60の東にある住宅地に来た。


 閑静かんせいな住宅地といったところだが、すべての家々が薄汚うすよごれている。


 モルタルの一戸建てもあるし、古い木造建築の住宅もある。


 だが誰も住んでいない不思議な薄暗い住宅地。


「おいヨシマリ、さっさと歩けよ」


 俺がイライラしながら言うと、新米刑事はブーブー文句をれた。


黒生こくじょうさーん、待ってくださいよぉ。あのぉ、ヨシマリってあだ名、小学生みたいじゃないッスか~」

「別にいいだろ。お前は来年、小学校に再入学するんだから」

「しないですよ! 私、もう二十五歳ですよ、やめてくださいよ~」


 俺はこの女新米刑事をヨシマリと呼んでいる。


 吉垣よしがきマリのあだ名だ。彼女の特技はテレビゲームらしい。


 まあまあ素直なヤツなので重宝ちょうほうしている。


 ――俺たちは周囲の高層ビル群に見下ろされているような、とある薄汚うすよごれたモルタルの一軒家いっけんやの前に立った。


 壁にはツタがはり付いて不気味だ。


「ここがその……浄霊天じょうれいてん教の教祖きょうそ虎町とらまち銅財どうざいの実家なんですか?」

 

 ヨシマリが腕組みをして俺に聞いた。


 表札には「虎町とらまち」と書かれている――珍しい苗字みょうじだ。


 東池袋は高層ビルが建ち並び、近代的な街だ。


 しかしその真裏まうらにあるこの古く薄暗うすぐらい住宅地は、意図的に残されている。


 日本政府がこの土地を買い取っているのだ。


 日本国の敵、虎町とらまち銅財どうざいの実家があるとして保存してあるらしい。


 関係者以外立入禁止の住宅地……。


 虎町とらまち銅財どうざいはそれくらい重要な人物なのだ。


「お邪魔します」


 俺とヨシマリは、虎町とらまち銅財どうざいの実家の玄関に上がった。


 すでに窓は取り外されており、の光が入ってきてそれなりに明るい。


 家の中央のリビングにはガラステーブルとテレビがある。


 テレビは……ほう、ブラウン管か!


 なつかしいものを見た。


「うわ! ずいぶん箱みたいなテレビですね。なんですかこりゃ」


 ヨシマリが興味深そうにテレビを見ているので、俺は解説してやった。


「ブラウン管テレビだ。昔のテレビは箱みたいな形だったんだよ。今は薄型うすがたになっているが」

「この下の機械は何です? ブルーレイプレーヤーともちょっと違うのかな」

「VHSのビデオデッキだよ。お前、刑事のくせにそんなことも知らねえのか?」

黒生こくじょうさん、こっちに子ども部屋があります」

「……ふむ」


 リビングの左に子ども部屋があり、学習机と古いランドセルがある。


 ランドセルの内側を見ると「虎町とらまち達実たつみ」と書いてある。


 彼の本名だ。


本棚ほんだなを見ましょう。えーっと、『古代大陸の秘密』『古代大陸の記憶』『西洋の黒魔術』『卑弥呼論争』……。難しそうな本ですねえ。子どもが読めるのかなあ」

虎町とらまち銅財どうざいは十八歳までこの家にいたから、問題なく読めるだろう」

 

 俺はつぶやくように言った。


 虎町とらまち銅財どうざいは現在五十五歳……。


 十八歳までこの家にいたとなると、1989年、つまり平成元年までこの子ども部屋を使っていたということになるか。


「こっちのファイルにはプリント類があるな。学校のプリントか? それにしてはあまり変色していないな……。ん? 『土木工事の手順』『土の成分について』『都市建設』『物体生成』……。おや? プリントの印刷日は2015年だって?」


 俺が驚きつつプリントをスマホでっていると、ヨシマリが声を上げた。


「あっ、アルバムがあります!」

「見せてみろ」


 子ども部屋の本棚ほんだなに一冊のアルバムがあった。


 だが、中に入っている写真はフィルムカメラを現像した写真ではない。


 スマホかデジカメのデータ画像を、写真用光沢紙こうたくしにプリントアウトしたものだ!

 

 ここ十年から二十年……最近の写真か?


 どれも海外の風景の写真ばかりだが……。


 一枚だけ目をく写真があった。

 

「四人の白衣の研究者……らしき人たちが写っていますね」


 ヨシマリが一枚の写真を指差した。


「これは!」


 俺は思わず声を上げた。


 白衣を着た研究者たちが記念写真をっている。


 場所はどこかの研究機関の広場だろうか?


「だが、四人のうち三人は知っている顔だな……」


 俺はつぶやいた。


 写真の裏には2011と書いてあるから、今から十五年前か。


 左から……恐らく四十代前半の虎町とらまち銅財どうざい――。相変わらず太っている。


 そして善川ぜんかわ浄一じょういち! ……善川ぜんかわリナの父親だ。この写真のときの年齢ねんれいは二十代なかばだろうか。


 セリーナ・レクイヤー……ウォンダ・レクイヤーの母だ。白人女性、ユダヤ系だ。この写真に写っている彼女の年齢ねんれいは、恐らく四十代前半。


 そして……一番右の男は……。


 西洋人……白人だが、誰だ? しかし見覚えがあるな。


 俺はその印刷物――写真をスーツの内ポケットにしまい、ここの捜査そうさを終えた。


 ◇ ◇ ◇


 俺とヨシマリは池袋の老舗しにせの喫茶店、「タカセ」で軽食をとった。


「飯を食ったら『株式会社IDOイドー』という会社に行こう」


 俺はヨシマリにそう提案ていあんした。


 IDOイドーは再生可能エネルギー……すなわち太陽光、風力、水流、地熱、バイオマスなどの全般ぜんぱんを取りあつかう企業だ。


 そこには虎町とらまち銅財どうざい善川ぜんかわ浄一じょういち、セリーナ・レクイヤーの上司、指導者――松王まつおう隼吾じゅんごがいる。


「その松王まつおう先生って人と、会う約束はとれているんですか?」


 ヨシマリはピラフを頬張ほおばりながら、眉をひそめてオレに聞いた。


「そんなもんとれてない」


 俺はクリームソーダのアイスをすくいながら言った。


「そんなことをしたら断わられるに決まっている。松王まつおう隼吾じゅんごは恐ろしく偏屈へんくつで有名だからな」

「う、うわ~! 私、そういうおじいさん、超苦手なんですけど」


 だが、松王まつおう隼吾じゅんごに会わなければならない。


 虎町とらまち銅財どうざいは彼の教え子。


 浄霊天じょうれいてん教がこの世に生まれた秘密を知っているはずだ――。

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