第35話 浄界のリナ、令和のリナと出会う【令和八年】

 私と黒生こくじょう刑事は令和の日本にヘリコプターでたどり着き、賢者大神殿にやってきた。


「お二人とも、お待ちしておりました」


 門の前の守衛しゅえいさんは私と黒生こくじょう刑事に敬礼し、こう言った。


 木造三階建ての大きな神社には驚いた。


 浄界じょうかいの東京にはこんな大きな神社はないと思う。


 その神社の後ろに回ると、また門があり守衛しゅえいさんが二人いた。


 随分ずいぶん厳重げんじゅうだ……。


「あの建物が『卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校』だ」


 黒生こくじょう刑事は言った。


 あの建物の中に令和のリナがいるのか……。


 ◇ ◇ ◇


 私と黒生こくじょう刑事が士官しかん学校の中に入ると、目の前が開けた。


 室内の玄関ホールだ。


 私と同じくらいの年齢――多分十六歳から十八歳くらいの少年少女が行き来していた。


 このホールは夢で見覚えがある。


「待っていたわ」


 青いスーツ姿の女性が、杖をついて廊下のほうからやってきた。


「私はウォンダ・レクイヤーです。浄界じょうかい日本の善川ぜんかわリナさんですね」


 私はこの女性を知っている。夢の中で見たことがあるからだ。


 確か、亀の化け物――ジャスイガラキと戦ってケガをしたんだっけ。


浄界じょうかいのリナさん、令和のリナに会ってください」


 ウォンダさんがそう言ったので私はうなずいた。


「俺の役目はここまでだ。じゃあな」


 黒生こくじょう刑事はそう言うと、さっさと学校の外に出ていってしまった。


 ◇ ◇ ◇

 

 ホールの奥の廊下には大きな医務室があり、令和のリナはそこにいた。


 彼女は白い患者衣かんじゃいを着て、白い大きなべっどで眠っている。


 呼吸器をつけられ、色んなコードを腕に貼りつけられていた。


 ベッドの周囲には二人の女性看護師がいて、機械を見て何かを書類に記録している。


「ダメだよ……。こんなの。リナ……」


 私は悲しくなって、涙が止まらなかった。


 いつも夢の中で彼女の活躍かつやくを見て応援していた。


 引きこもりだったリナ。


 それを乗り越えてゼッコン様二体を打倒した、勇気ある少女。


 だけど今はこんな痛々しい姿になっている。


「令和のリナは……今、どのような状態なのですか?」


 私がウォンダさんに聞くと彼女は答えた。


「意識不明状態が続いているわ」


 私は聞くのが辛かった。

 

 相当、重症ってことじゃないか。


 ――ウォンダさんは言った。


「意識不明の原因は、心臓に角材が当たったとき、倒れて頭を地面に強く打ったこと。角材が当たった衝撃で、心臓から脳に行きわたる血液が少なくなったこと。他にも色々原因は考えられるわ」

「私は令和のリナの分身です。自分でそう思っているんです! とても他人とは思えません」


 私は叫んでうったえるように言った。


 誰かに笑われると思ったが、誰もその場の人たちは笑わなかった。


「いつも夢で彼女のことを見ていました。どうして夢の中と現実がつながっているのかよく分かりません。でも、彼女の活躍かつやくを見て私は自分のことのようにうれしかったんです」


 私はため息をついた。


「でも、こんな出会いになってしまうなんて。何とか助けられないの?」

「……あなたたちの真実を言いましょう。だまっていても仕方ない。浄界じょうかいのリナさんも真実を聞くために、令和の世界に来たのでしょう?」


 ウォンダさんはそう口を開いた。


 真実……。


 私は心臓がねるように思えた。


「あなたが夢で令和のリナの活躍かつやくを見ることができたのは、『夢感応ゆめかんのうシステム』のせいよ」


 ウォンダさんは静かに言った。


「あなたも知っている通り、令和の日本と浄界じょうかいの日本は同じ時代に存在します。令和のリナとあなた――浄界じょうかいのリナは体内に夢感応ゆめかんのうシステムが組み込まれているのです」

「い、一体それはどういうものですか?」

「令和のリナが睡眠すいみんすると、彼女はあなた……つまり浄界じょうかいのリナの夢を見る。浄界じょうかいのリナの行動や出来事をリアルタイムで見ることができるのです。逆に浄界じょうかいのリナが睡眠すいみんすると、令和のリナの行動や出来事を夢を通して見ることができる」

「一つ分からないことがあります」


 私はウォンダさんに聞いた。


「令和のリナや私の体に、いつの間にそんな機能ができたというの?」

「できたのではありません。あなたたち二人は、三世紀に生きた歴史上の人物、卑弥呼ひみこのクローンです。そのクローン人間を作成するときに、組み込まれたシステムなのです」

「う、うそ。卑弥呼ひみこのクローン人間なんてありえない」


 クローンについては高校の教科書で習った。


「あなたたち二人が卑弥呼ひみこのクローンである証拠は、きちんと保管しています――。話がそれましたね」


 ウォンダさんは話を続けた。


「令和のリナが瀕死ひんし状態になると、危機を察知した浄界じょうかい日本のあなたはここに来ることになる。これが『危機察知誘導ゆうどうシステム』です。あなたは令和のリナの……スペア……予備なのよ」


 ウォンダさんは目をそらしながら言った。


「じょ、冗談ですよね? スペア? 私は私ですよね?」

「あなたは本当は知っているはずよ。浄界じょうかいのリナさん、あなたは令和のリナを救うためにここに来た。そうでしょう?」


 違う、違う、違う。


 そう自分に言い聞かせても、心の奥底で「ウォンダさんのいっていることは本当だ」という確信がシミのように広がっていく。


「わ、私は!」


 私は叫んだ。


 少しよろけてしまったので、女性看護師さんに支えられた。


「私は……どうすれば良いのですか」

「……令和のリナを助けるために、あなたの心臓をいただきたいのです」


 ウォンダさんは真顔で言った。


 彼女はふざけてなどいなかった。


 ただ静かに私の目を見つめ、私に真実を告げている。


 ――あっ、そうか、これか!


 私は夢の中で令和のリナに言われた言葉を思い出した。


「私に会いに来ちゃダメ」

「私に会いに来たら、あなたが死んじゃう」


 ああ……。そうだったのか。令和のリナが言っていたことは、このことだったんだ。


「でも安心して。あなたの記憶や意識は――」


 ウォンダさんがそう言いかけたとき――。


『おい! ふざけるな!』


 後ろで声が上がった。


 壁に設置されたモニターに表示されたのは……!


 山内レイジ!


善川ぜんかわに指一本れてみろ! 俺が許さないぞ! 俺は浄界じょうかい黒生こくじょう刑事の仲間と一緒にいる。とにかく善川ぜんかわれるんじゃねえ!』

「山内レイジ君が言いたいことがあるそうです。急遽きゅうきょ浄界じょうかい日本から映像をつないでいます」


 ウォンダさんは淡々と言った。


 だが――淡々たんたんと言うことで、自分の感情を押し殺しているように見えた。


浄界じょうかいのリナさん、あなたの意志にすべてしたがうわ。あなたが決めるのよ」


 ウォンダさんは私の目を見つめて言った。


『おい、令和の奴らの言っていることはおかしいって。浄界じょうかいの世界に帰ってこい、善川ぜんかわ!』


 山内レイジはモニターの中で叫んでいる。


 山内君……。


 私は心の中でつぶやくように言った。


 ありがとう。そう言ってくれて。


 でも……私は……。

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