第34話 浄界のリナ、令和の日本に行く【令和八年&浄界八年】

 私――浄界じょうかい日本の善川ぜんかわリナと黒生こくじょう刑事はヘリコプターに乗って、令和の日本に移動中だ。


『正式名称は【うつ計画】。【彼ら】が令和……いや、正確に言えば【昭和】の日本を太平洋上の大陸に複製ふくせいしたのだ』


 黒生こくじょう刑事は操縦桿そうじゅうかんを握りながら言った。


 PROJECT.Uの正式名称は――うつ計画……!


『あの……まず聞きたいんだけど……昭和って何?」


 私はヘッドセットを通して、黒生こくじょう刑事と話した。


『令和の世界では……令和の前の元号は平成で、その前は昭和だった』


 平成……昭和……初めて聞く元号だ。何かの冗談みたいだ。


 黒生こくじょう刑事は私をちらりと見た。


『お前たちの世界では浄界じょうかいの前の元号は何だったっけな?』

『何かのテスト?』

 

 私は少しイライラして言った。


浄界じょうかいの前は【天昌てんしょう】でその前は【元化げんか】だよ。元化げんかの前は大正だっけ。歴史の教科書にってるよ、それくらい』

元化げんかはどんな時代だったか習ったか?』

『第二次世界大戦があったって習った』


 私が答えると、黒生こくじょう刑事はつぶやくように言った。


『こちらの昭和の世界では、第二次世界大戦で日本は負けている』

『えっ?』


 私は唖然あぜんとしてしまった。


 浄界じょうかい日本の前の前――つまり私たちの世界の元化げんかの日本では、第二次世界大戦でアメリカと「一時休戦条約」を結んだとされる。


 日本とアメリカの戦争は「引き分け」たのだ。


『お前たちの世界では戦後、日本はアメリカの介入かいにゅうをさせずに、そのまま日本独自の歴史を進めた』


 黒生こくじょう刑事の声がヘッドホンから聞こえる。


『日本軍は自衛隊と名を変え、日本をおそってきた国に対して積極的に自衛した。日本の国土での他国との戦闘は、元化げんかの戦後から浄界じょうかい八年現在まで七回くらいあったな?』

『そ、そう習ったよ。多分』

『しかし、元化げんかが終わり天昌てんしょうに入った年――1989年1月、突如とつじょ【ゼッコン様】という謎の化け物が日本を襲うようになった』


 そして黒生こくじょう刑事は続けた。


『同時に、人々は新興宗教、浄霊天じょうれいてん教にすがるようになった。彼らは浄界じょうかい日本の政治をつかさどるようになった。それがお前たちの今だ』

『そ、それがPROJECT.Uと何か関係があるの?』

『大ありだ。すべての出来事はPROJECT.U――つまりうつ計画につながっているからな』


 ◇ ◇ ◇


 ヘリコプターはどんどん北西に進み、やがて大きな島が見えてきた。


 私はスマートフォンを見る。


 日本の部分に赤い点が点滅している。


 私が知っている日本の形だ。北海道もあるし、本州、四国、九州、沖縄もある。


 だが――。


『私たちは本当は南東の、四角い大陸に住んでいたってこと? 令和の日本は、その北西にある――これから行くこの日本ってこと?』

『そうだ。それが真実だ。お前たちは北海道や本州のある日本に住んでいると思い込まされていた。だが本当はその南東にある、太平洋上の真四角の大陸に住んでいたのだ』


 ヘリコプターは降下し、西池袋の警察署の隣にあるヘリポートに降り立った。


 黒生こくじょう刑事によれば、ここは西池袋再開発時――令和七年に新しくヘリコプターの発着場として造られた「公共用ヘリポート」だそうだ。


 ◇ ◇ ◇


 私と黒生こくじょう刑事はヘリコプターから出て、令和の日本の街を見ることになった。


「う、うわあああ……」


 空き地から外に出ると、令和の街並みが驚くほど浄界の日本と違うのに驚かされた。


 たくさんの鉄筋てっきんのビルが立ち並んでいる。


 浄界じょうかい日本ではほとんどが木造だ。


 それからコンビニという小さめの店がそこかしこにある。


 マクドナルドという食べ物屋もあった。


 浄界じょうかい日本には一切ない店だ。


 駄菓子屋だがしやとか酒屋、スーパーマーケットならあったけど。


 令和のリナの夢を見たとき、令和の日本には大きな建物とにぎやかな街があるなと思ったが……実際に見るとやはり驚かされた。

 

 そんなことを考えていると……。


『日本政府は化け物の正体を教えろっ!』


 道端みちばたで、拡声器かくせいきで叫んでいる若者たち約十名を見つけた。


『いきなり避難ひなんを命令されて迷惑だ! ゼッコン様という化け物の正体は、日本政府が関わっているに違いない! これは陰謀いんぼうだ!』


 それを見た黒生こくじょう刑事は静かに言った。


「令和の日本には、ゼッコン様が最近出現するようになってな。日本人は避難ひなん場所に避難ひなんしなければならなくなった。それに不満を言っている連中だ。本当は浄界じょうかい日本の浄霊天じょうれいてん教がゼッコン様を送り込んでいるのだが、彼らにそれを言ってもよく分からんだろう」


 ――浄霊天じょうれいてん教はこの令和の日本に、本当にゼッコン様を送り込んでいるらしい。


 だが、いままで平和だった日常が壊され、文句を言いたくなる気持ちはよく分かる。


「おい、美味いコーヒーだ。飲んでみろ」


 黒生こくじょう刑事が店からコーヒーを買って持ってきてくれた。


「スターバックスという店のキャラメルマキアートというコーヒーだ。俺も好きでな」


 えっ?


 私はそれを聞いたとき、胸に温かいものを感じた。


 こ、このコーヒーが、夢の中で令和のリナが言った、スターバックスのキャラメルマキアート……。


 飲んでみると――匂いがよくて甘くて美味しいコーヒーだった。


「美味しい」


 私が言うと、黒生こくじょう刑事は、「そうだろ」と言って笑った。

 

 やがて池袋の東口に出ると、巨大な神社に案内された。


「ここが『賢者大神殿』だ。ここに令和の善川ぜんかわリナがいる」


 黒生こくじょう刑事は言った。


「入るか?」


 何を言ってるんだろう? 私は令和のリナに会いにここに来たんだ。

 

 行くに決まっている。

 

 だけど私は心臓がドキドキした。


 なぜか不安だった。


 なぜだろう?


 でも、行かなくちゃ、令和のリナに会わなくちゃ――。

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