第36話 浄界のリナの決心【令和八年】

善川ぜんかわに指一本れてみろ! 俺が許さないぞ! 俺は浄界じょうかい黒生こくじょう刑事の仲間と一緒にいる。とにかく善川ぜんかわれるんじゃねえ!』


 山内レイジはモニターの中で叫んでいる。


『おい、令和の奴らの言っていることはおかしいって。浄界じょうかいの世界に帰ってこい、善川ぜんかわ!』


 そして声を上げた。


『こいつら、お前を殺す気だぞ』


 山内レイジは令和の人たちを嫌ってはいないのだろう。


 だけど、きっと言わずにはいられなかったのだ。


 私――浄界じょうかいのリナは令和のリナのベッドに近づいた。


 女性看護師が私を止めようとした。


「彼女の好きにさせてあげなさい」


 ウォンダさんは女性看護師に言った。


 私は令和のリナの手を取った。


 手が冷たい。そして目を覚まさない。


 だが、これでも生きているのだ……。


「令和のリナが……彼女が目を覚ますには、どうしたら良いのですか?」


 私はウォンダさんに聞いた。


「令和のリナのスペアであるあなた――浄界じょうかいのリナから心臓を摘出てきしゅつします。その心臓を令和のリナに移植手術します。執刀医しっとういはこの賢者大神殿の賢者。戸籍こせきがないのでクローン人間をあつかうことができるのです」

『おっ、おい! ふざけるな! 心臓の摘出てきしゅつって』

 

 山内レイジが叫んでいる。しかし私は構わずウォンダさんんと話を続けた。


「それで彼女は息を吹き返す?」

「ええ、間違いありません」

「私はどうなるの?」

「それは……あなたの体……素体そたい廃棄はいきされます」


 ウォンダさんは言いにくそうにした。


「令和のリナの手術後、令和のリナの記憶にあなたの記憶が加えられます。そして意識も令和のリナそのものになる。令和のリナは最初は二つ意識があるように感じるでしょう。でも、そのうち意識は統合する。一緒になります。――これはもともと定められた運命なの……。あなたはそうなるようにプログラムされていたのよ」

『何なんだよ、プログラムって。人間の中にどうしてそんなものをめ込んだんだよ! 善川ぜんかわ犠牲ぎせいにして、何でそこまで令和のリナを助けようとするんだ』


 山内レイジがモニターの中から叫ぶ。


「令和のリナでなければ、『ゼッコン様』は倒せない。日本の未来のためです」


 ウォンダさんは言った。


 女性看護師が、「モニターを消しますか?」とウォンダさんに言うと、ウォンダさんは首を横に振った。


「そのままにしてあげて」


 私は振り向いてモニターの中の山内レイジに向かって言った。


「山内君」

『な、何だよ……。お前、よく平気だな。お前、死ぬようなもんじゃないか』


 山内レイジは涙ぐんでいる。


「やっぱり、令和のリナは私が助けてあげなくちゃいけないみたい。だって、彼女の活躍かつやくを夢で見たでしょう? 令和のリナは日本の平和のために必要な人なんだよ」

『お、お前だって誰かに必要とされてるかも知れないじゃないか!』


 私はその言葉を聞いたとき、顔がぽっと熱くなったような気がした。


 山内レイジも顔が真っ赤だった。


 しかし、私は振り切るように言った。


「自分で分かるの。令和のリナと私はもともと一つで、私はただもとに戻るだけ」

『バッカじゃねえの』

「山内君」


 ウォンダさんが口を開いた。


卑弥呼ひみこのクローンから令和のリナが誕生したのは間違いないこと。その令和のリナのスペアとして、浄界じょうかいのリナは製作されました。しかしこれを計画、作成したのは浄霊天じょうれいてん教の教祖、虎町とらまち銅財どうざいよ」

『な、何だと』

「私たちは卑弥呼ひみこのクローンを数体管理し、預かっているだけ。『PROJECT.U』の首謀者しゅぼうしゃ浄霊天じょうていてん教の教祖なのよ。彼が始めたことなの」

『そ、そんなことどうでもいい! 善川ぜんかわを殺す気か?』

「山内君、私は大丈夫だから」


 私はモニターに向かって言った。しかし、山内君の顔は真っ青だ。


『大丈夫じゃねえよ……何で……』

「私の記憶は令和のリナに加えられる。だから、君のことを忘れない。心臓の移植手術が終わったら、もう一回話そうよ」

『お前と令和のリナとじゃ違う……! 誰か、誰か止めろよ!』

「ありがとう、そう言ってくれて……」

『やめろよ! おい、やめ……』


 私は壁のモニターの電源ボタンを押して、モニターを消した。


浄界じょうかいのリナさん……。いいの?」


 ウォンダさんが静かに聞いた。


「令和の世界と令和のリナを忘れて、浄界じょうかいの世界に帰って楽しく暮らす選択肢せんたくしがあるわ」

「そのときは、令和のリナはどうなるの?」

「それは……」


 ウォンダさんは口ごもった。


 このままでは令和のリナは、意識不明状態が続く。


 私は自分の分身が、このままずっと意識不明だなんて耐えられない。


「あなたはプログラムに……つまり魂のプログラムコードに考えが近づいていってるのね」


 ウォンダさんはうつむきながら言った。


「魂にきざまれたするべきことをするように、決心しつつある」

「はい」


 私は言った。


「令和のリナのために、私の心臓を取り出してください。その代わり、山内君との記憶は絶対に無くしたくない。それだけは約束してください」

「大丈夫よ。あなたの記憶はきちんと令和のリナの中に残ります」


 ウォンダさんはニコッと笑った。


「さっきも少し言ったけど、あなたの体は……素体そたい焼却しょうきゃくされ廃棄はいきされます。それでもいいのね?」

「怖いけど、しょうがない。でも今、仕事場にいるお母さんにはどう言い訳しようかな」


 私が強がっておどけて言うと、ウォンダさんは答えた。


「あなたのお母さんは今は会社員だけど、もともと令和の人間でこの賢者大神殿の科学者の一人でした。あなたを見守る役割だったのです。だから、今日ここの出来事をすべて知っているわ」

「ぜーんぶお見通しってわけか」


 私は笑った。


 お母さんの秘密は大した事実ではない。


 私が令和のリナと統合したとき、またお母さんと話せばいいことだ。きっと記憶は残っているはずだ。


 私はもう決心していた。


「心臓の移植手術をお願いします。令和のリナを助けてあげてください」

「はい」


 ウォンダさんは深く私に頭をれた。


 彼女は泣いているように見えた。


浄界じょうかいのリナさん、日本の未来のために、ありがとう。……深く感謝いたします」


 その場の人々は、皆、私に頭を下げていた。

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