第18話 私と一緒の夢を見た男子【浄界八年】

 私は浄界じょうかい世界の善川ぜんかわリナ。


 夢で令和のリナが出てくるのだから、私は浄界じょうかい世界のリナ、というわけだ。


 朝、私は学校に行くために国鉄の山手線で、高田馬場に行った。


 今日も切符切りの駅員さんが、調子良く改札ばさみをカチカチ鳴らしている。


(どんどん令和のリナが、すごくなっていっているなぁ……)


 ラッシュでぎゅうぎゅうめの山手線の中で、私は昨日見た夢を思い返してみた。


 令和世界の引きこもりのリナが、亀の化け物を不思議なじゅうで倒してしまった夢だ。


(……信じられないよ。あの引きこもりのリナが)


 なぜか私には、あの夢が本当にあったことだと感じてしまった。


 令和のリナが引きこもりをだっして何かをする、というのは自分のことのようにうれしく思った。


 だけどじゅうで亀の化け物を倒すなんて……やっぱり夢は夢だよね。


 ◇ ◇ ◇


 ここは学校の体育館。


 私たち1年B組は、「小銃しょうじゅう分解結合ぶんかいけつごう」の授業を受けていた。


23にいさん小銃しょうじゅうを分解せよ! まず雑毛布ざつもうふいて、その上で分解!」

 

 番沢ばんざわサトル先生の声がひびいた。


 生徒たちは皆、床に座り込み、緑色の毛布の上で23にいさん小銃しょうじゅうを分解し始めた。


「まずは薬室やくしつを確認せよ! たまが入っていないか、安全を確認!」


 番沢ばんざわが声を上げた。


「その後、複座ふくざバネじくを抜く。ボルトを抜く。二脚架にきゃくかを取る! 素早くやれ」


 そして続けて言った。


「各部品にはガスがついている。汚れだな。綿棒めんぼうや歯ブラシなどできちんと掃除せよ!」


 私は分解を進めた。


 ややこしいし、手は油まみれになるし、本当に苦手だ。


 その時――。


「ねえ、これ見せてよ」


 坊原ぼうはらモニカの嫌な声がした。


 見ると、モニカが私の左隣ひだりどなりにしゃがんで、私の分解している様子を見ていた。


 モニカは私の左隣ひだりどなりで作業している。なんの因果いんがか、私の左隣ひだりどなりはモニカと決まっている。

 

 学校が決めているのだから、仕方ない。

 

「あっ!」


 私は声を上げ、モニカの手を見た。


 彼女がつまんでいるのは、セレクターの小さい部品だ。


 あれを無くすと大変だ!


 小銃しょうじゅうは一つ部品を無くすと、全くてなくなってしまうことがほとんどだ。


「ぽーい、と」


 モニカは部品を体育館の窓の外に投げ捨てた。


「な、何てことするの! ふざけないで!」


 私は声を上げた。


「は? リ、リナのくせに私に向かって大声だしたの?」


 モニカは眉をひそめて、ちょっとうろたえたような表情を見せた。


 令和世界のリナも化け物と戦っているんだ。……あれは夢だけど。


 私だって負けない!


「リナのくせに! 今日は生意気じゃん!」


 モニカは私のあごをガッとつかんだが、私はやり返した。


「何するのよ!」


 私はしゃがんでいるモニカを両手で押した。


 モニカはバランスをくずし、自分が分解した分解した小銃しょうじゅうの部品のほうに倒れ込んだ。


 モニカの分解した部品は吹っ飛び、彼女のブレザーは油で汚れた。


「こ、こいつっ! あたしのブレザーがよごれたじゃないの! ち、ちきしょう!」


 モニカが立ち上がったとき――。


「何をさわいでいる! うるさいぞ!」


 番沢ばんざわ先生が声を上げた。


 モニカはあわてて口を開いた。


「違います! こ、こいつが、善川ぜんかわリナが、私を押したんです」

「いや、俺は見てたぜ! その前に、坊原ぼうはら善川ぜんかわの部品を投げたんだ」


 私の前で分解作業を行っていた山内レイジが言った。


 この間神社で、「ジャドロモノ」を射撃しゃげきした山内レイジだ。

 

「なに? 本当か?」


 番沢ばんざわ先生がモニカをにらみつけた。モニカはあわてて言い訳しようとした。


「えっ? あ、でも先生……」

だまれ、坊原ぼうはら! 小銃しょうじゅうの部分は大事なものだ。体育館に出て立ってろ! あとで説教するぞ!」


 番沢ばんざわ先生がモニカを怒鳴りつけた。


 私が山内レイジを見やると、彼は手で合図してまた作業に戻った。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、私はモニカから逃げるようにさっさと学校から出た。


 私は帰宅部だから、学校帰りはいつも一人だ。


「おい善川ぜんかわ


 おや? 後ろから声をかけられた。


「お前、大丈夫だったか? 坊原ぼうはら因縁いんねんつけてきたろ」


 山内レイジが声を掛けてきた。彼は空手部だったが、水曜日の今日は休部だったっけ。


「あ、うん……別に大丈夫。『分解結合』の授業のときはありがとう」

「ああ」

「で、な、何か用?」

「ナンパだったりしてな」


 山内レイジはニヤリと笑った。私は山内レイジをジロリとにらんだ。


「あ、ウソウソ。ナンパじゃなくて硬派こうはな話な。ちょっと話があるんだ。池袋に行こうぜ。お前も家は南日町みなみびまちだったろ」


 山内レイジは咳払せきばらいしながら言った。


 困ったなあ。男の子と一緒に帰るなんて、皆にうわさされちゃうよ。

 

 でも、ちょっとうれしいこの気持ちは何だろう?


 私と山内レイジは一緒に池袋に帰るために、山手線に乗った。


 ◇ ◇ ◇


 私と山内レイジは、池袋の純喫茶に入り席についた。


『今日借りたレンタルビデオは、彼と観るの。私の人生はビデオデッキ。毎日、幸せの再生ボタンを押してる』


 店内では、人気歌手の保手川ほてがわヨシ子が歌う歌謡曲かようきょくが流れている。


 うわさでは保手川ほてがわヨシ子は、この国を動かしている宗教組織である「浄霊天じょうれいてん教」のトップ、「虎町とらまち銅財どうざい」の娘といわれている。


 しかし、今の日本では浄霊天じょうれいてん教の話はあまりしてはいけないことになっているのだ。


「あのさ、これから話すことは、バカみたいなことだと思ってくれ。笑ってくれてもいい」


 目の前の山内レイジが、そんなことを言い出した。


 ――店内にはカウンター席に男性客一人が座っているだけだ。


「へ、変なの。山内君らしくない感じ」


 のんきでお調子者の山内レイジが、なんでこんな神妙しんみょうな顔をしているんだろう?


「この間のゼッコン様のことなんだけど」


 山内レイジは口を開いた。


「俺は夢で別のゼッコン様を見たんだ。そいつは……亀のゼッコン様だった」

 

 え?


 私と見た夢と一緒だ……!


「おい」


 カウンター席に座っていた男性客の一人が、私たちに近づいてきた。


 口ヒゲを生やしたダンディーな中年男だ。


「その話、俺にもくわしく聞かせてくれよ。俺は刑事の黒生こくじょうテツオという者だ」


 えっ? 刑事? 私と山内レイジはギョッとした顔でその黒生こくじょうテツオという中年刑事を見た。


 彼が私たちの机に置いたものは、警察手帳と……不思議な板のような機械だった。


「これは、スマートフォンというものさ」


 私たちには見たことも聞いたこともない代物しろものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る