第19話 真実の浄界世界【浄界八年】

「その話、俺にもくわしく聞かせてくれよ。俺は刑事の黒生こくじょうテツオという者だ」


 黒生こくじょうテツオという刑事が私たちの机に置いたものは、警察手帳と……不思議な板のような機械だった。


「これは、スマートフォンというものさ」


 刑事は言った。私たちには見たことも聞いたこともない代物しろものだった。


 彼は板のような機械――スマートフォンをもう一つカバンから取り出し、それぞれ私と山内レイジの前に置いた。


 私がそれを手に取ろうとしたとき――。


さわるな! 善川ぜんかわ!」


 山内レイジはいきなり叫んだ。び、びっくりした……。なに?


黒生こくじょう刑事つったっけ? あんたのことは信用ならねえ。これ、爆弾か何かかも知れないだろ?」

「ほほう?」


 黒生こくじょう刑事は怒るどころか、笑った。


「山内君はさすがに面白いね。君たちは善川ぜんかわリナさんと、山内レイジ君だね?」


 な、何で名前を知っているんだろう? 私は怖くなった。


「まあとにかく、この機械――スマートフォンを触ってみたまえ。二つあるから、それぞれ手に取ってごらん。これは令和の世界でもっとも一般いっぱん的に使われている、通信端末たんまつだ」

「な、何かあやしいモノだったら、ただじゃおかねえぞ」


 山内レイジはジロリと黒生こくじょう刑事を見やった。


 だが黒生こくじょう刑事は微笑ほほえんでいた。


「爆発なんかしたら、私も巻き込まれて死ぬだろう?」


 うーん、それはそうだ。私と山内レイジは黙って、それぞれそのスマートフォンを恐る恐る手に取った。


「うっ……す、すげえ。何だこりゃ?」


 山内レイジは声を上げた。私も驚嘆きょうたんしていた。


 画面はとにかく美しく、たくさんの四角い小さい絵が描かれている。


「その小さい四角い絵は『アイコン』という」


 黒生こくじょう刑事は説明した。


 指で画面をるごとに、ページが横移動し、別の四角い小さい絵――アイコンが登場する。


 私たちの世界で似たようなものといえば、「卓上電卓」か? でもあれは液晶えきしょうに数字が出るだけだ。卓上電卓とは技術が天と地の差がある。


「『YouTube』と書かれた四角いアイコンを、指で押してごらん」

「うわっ」

 

 私と山内レイジは同時に声を上げた。


 小さいテレビがたくさん出てきた? それを指で押すと、テレビがいきなり放送された。


「これはテレビではなく、『動画再生』というものだよ」

「し、信じられない。こんな高度な技術が、この地球上に存在するなんて!」


 私は声を上げたが、少し我に返り怖くなった。


 名前を知られているなんて、やっぱりおかしい。


「た、確かにこの機械はすごいけど、じゃあ何で俺たちはこんな機械を知らないんだ?」


 山内レイジは私の代わりに、黒生こくじょう刑事に聞いた。


「やっぱり、あんたは俺たちを殺そうとするスパイか何かだろ? それに何で、俺らの名前を知っている?」

「『こちら』の人間の情報は浄霊天じょうれいてん教の政府が、すべて管理しているようだからね。その情報をハッキングすれば、君たちの名前などはすぐに分かる。君たちを調査した理由は……上からのおたっしだ」


 ハッキング……スパイ映画で聞いたことがあるような気がする。やっぱり怖い人?


「刑事さんの言う、『こちら』とは、どういう意味ですか?」


 私が聞くと、黒生こくじょう刑事はうなずいて言った。


「『こちら』とは、君たちの世界。『浄界じょうかい世界』ということだ。俺は『向こう』の世界――つまり『令和世界』から来た」


 私と山内レイジは顔を見合わせた。


「俺は令和の世界から来た刑事だ。専用の高速ヘリコプターでね」

「ヘリコプターで令和の世界から? ハッ、やめてくれよ! 夢から現実の世界に……、ヘリコプターに乗って来れるわけないじゃないか!」


 山内レイジは鼻で笑って言った。


「確かに俺も、こないだ令和の夢を見た。亀の化け物を女の子二人が退治する夢だ。確か、夢の中の元号は『令和』だった」

「ほ、本当に私と同じ夢を見たんだね?」


 私は山内レイジの言葉に驚いた。


善川ぜんかわも同じような夢を見たのか? でも夢ってのは前日にテレビや映画を観ると、そのテレビや映画の内容が出てきやすいらしいぜ。俺も昨日はテレビで、自衛隊がタイムスリップする映画を観たからな」


 山内レイジの言葉に、黒生こくじょう刑事は深くうなずいた。


「面白い見解だ。だが、さっきも言ったが、俺は本当に令和世界から来た刑事だ。この浄界じょうかい世界のことを極秘で調査していてね」


 そして言った。


「まず最初に――。君たちの世界の日本の頂点、女王と呼ばれる『卑弥呼ひみこ』と呼ばれる存在だが――。この浄界じょうかい世界には彼女は存在しない」


 私と山内レイジは顔を見合わせた。


 山内レイジは苦笑いをした。


「ハハッ。卑弥呼ひみこ様が存在しない? そ、そんなわけねえだろ。今年も元旦に卑弥呼ひみこ様を見たぞ。年末の紅白歌合戦のあとに放送される、『ゆく年くる年』で挨拶あいさつするのを見た」


 山内レイジが言うと、私も「私も見たわ」とうなずいた。

 

 だけど、あれはまくごしで影だけが映ってしゃべっていたが……。


「その卑弥呼ひみこは単なる劇団の子役だよ。子役をまくの後ろに座らせているだけの、影絵ショーさ」


 刑事は事も無げに言ってのけた。


「お、おい、バカな……」


 山内レイジが声を上げると、黒生こくじょう刑事は続けて言った。


「そして二つ目。浄霊天じょうれいてん教はこの日本の政治をつかさどり、君たちもよく知る宗教団体だ。『ゼッコン様』という謎の化け物を退治するために、自衛隊を作っている」

「あんた何言ってんだよ。当たり前だろ」


 山内レイジが怒ったように言ったが、黒生こくじょう刑事はまったく表情を変えない。


「だが実際は違う。浄霊天じょうれいてん教は『ゼッコン様』を造り、令和世界を攻撃するために作られた攻撃的な宗教組織だ」

「そ、それはおかしいわ」


 私は思わず言った。


「私たち高校生など若者は、『ゼッコン様』を倒すために日々、軍隊式教育を受けているんです。そのゼッコン様を造ったのが、浄霊天じょうれいてん教? まさかそんな」

「おかしな話だぜ。あんたは夢の世界である令和世界から、こっちの浄界じょうかいの世界にヘリコプターで来る……だっけ? その話からおかしいじゃないか」


 山内レイジは腕組みしながら言った。


「現実世界と夢の世界はどうやってもつながるはずないだろ」

「いや、つながる」


 黒生こくじょう刑事は言った。


「この浄界じょうかい世界の日本が……君たちの日本が、太平洋上に作られた、もう一つの日本だからだ」

「な、なんだと……」

「では、令和の世界に実際に行ってみるかね? 今度の連休に、俺のところへ来い」


 黒生こくじょう刑事は、私たちに二枚、名刺を差し出した。


 そこには池袋にある「巣鴨プリズン跡地あとち」の近くの住所が書いてあった。


 私の知る巣鴨プリズンは、もともと太平洋戦争の戦犯せんぱんを収容していた拘置所こうちしょだ。


 今は巣鴨プリズン跡地あとちとして、個人の所有土地になっていて入れないはずだ。


「ちなみに令和の世界の巣鴨プリズン跡地あとちには、『サンシャイン60』という高層ビルが建っているがね」


 黒生こくじょう刑事はただそう言った。

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