第21話 戦いから三日後【令和八年】

「令和のリナ」だなんて、そう自分のことを考えるのもれてきたような気がする。


 私はアリサやウォンダさんとともに、亀の「ゼッコン様」である「ジャスイガラキ」を打倒した。


 そのあとの私は――まるで記憶がない。


 ◇ ◇ ◇


「また医務室かあ……」


 私はまたしても医務室で目を覚ました。


 部屋には窓がある。外には玉砂利たまじゃりをまかれた美しい神社の境内けいだいが見えた。


 そうか、池袋の神社大神殿に帰ってきたのか……。


 きっと誰かが、気絶した私を新宿御苑ぎょえんから運び込んだのだろう。


 医務室には私以外、誰もいない。


 亀の化け物を倒したあと、どれくらいったのだろう?


(トイレ行こ)


 ぼやけた頭でトイレを済ませ、うがいをする。のどがカラカラだ。

 

 ――そのとき、扉がノックされた。


「リナ、目が覚めた?」


 ウォンダさんが医務室に入ってきた。


 杖をついている。


 ああそうか。戦闘のとき、骨にヒビが入ったとか言ってたっけ。


「……ウォンダさんこそ、大丈夫?」

「ええ。骨にヒビが入っている程度。これはすぐ直るわ」


 ウォンダさんはゆっくりと私の目の前に座った。私はぼんやりする頭で、やっと言葉をしぼり出した。


「……えっと、亀の化け物を倒したあと、どうなったんだっけ……」

「あなたは力を果たし、意識を失った」

「ああ、やっぱり……」

「あれから三日経っているわ」


 えっ? 三日も? ……どっと肩に重みがのしかかってきたような気がする。お腹もすいている。


「食事をしに行きましょう」


 ウォンダさんは提案した。


 そういえばそもそもウォンダさんって、何者なのか聞いてない。あれ? この神社ってどういった施設しせつかも聞いてなかった。


 私、何もかも知らないんだ……。自分にあきれた。


 ◇ ◇ ◇


「こっちよ」


 ウォンダさんは神社内の食堂レストランに案内してくれた。


 レストランを目の前にして、私は色々思い出してきて愕然がくぜんとした。


「どうしたの?」


 ウォンダさんが店の前で突っ立っている私に聞いた。


 私は二年間、外に出ていなかった。


 デン子叔母さんは食事をくれたが、それはパン類と缶ジュースだけだった。


「私、まともな食事を二年間したことないよ。こんなレストランで食べられるかな」

「大丈夫よ、あなた用の食事を用意してあるわ」


 ウォンダさんはそう言った。


 しかしそもそも二年間、パンだけ食べてきた人間があんな亀の化け物をよく倒せたな……。


 きっと例の不思議な服、「EOSイオスコート」に秘密があるに違いない。


 ◇ ◇ ◇


 神社内のレストランは、普通のレストランと何も変わらない。お客は私たちだけだ。


 私には卵と鰹節かつおぶしのおかゆと、じゃがいものスープ、経口補水液が運ばれてきた。


 材料は日本の各地で採れる最高級のもの、ということだった。


「えっと……新宿御苑ぎょえんや池袋は、パラレル何とか世界に入ってたんだっけ? それはどうなったの?」


 頼んだ紅茶を飲んでいるウォンダさんに、私は聞いた。


「パラレルワールドのことね。ジャスイガラキを倒したあと、元の世界に戻ったわ。相手のパラレルワールド移行の術に関しては、私たちももっと研究が必要ね。相手も色々、幻惑げんわくの術を使ってきている」

「……うーん、それでこれから私はどうしたら……。また戦いを続けることになるの?」


 私が食事をし終えそう聞くと、ウォンダさんは私の目をしっかり見つめて言った。


「あなたの考えで良いわ。ここでやめて帰ってもいいし、私たちに協力してくれるなら助かるし」


 帰ってもいい? 私には帰る家なんてない! 意地悪な叔母さんのところに戻るだけだ。だけど……。


「ここにいたいけど……。私、あんなつらい戦いを続けることになるんだろうか」


 私はジャスイガラキの迫力を思い出して、ぞっとした。


 あの大きさ、あの攻撃の破壊力……!


 思い出すだけで、恐怖心で食事をもどしそうになった。


「大丈夫よ。私たちがサポートしますからね。でも、やめたくなったら、やめてもいいのよ」


 ウォンダさんは真剣な顔で言った。


 ……何となく「やめてほしくない」と言っているような顔だ。


 私は頼りにされているようで、うれしくもありまた怖くもあった。


「聞いていい?」


 私は口を開いた。


「引きこもりの私が、あんな巨大な化け物と戦えたのはなぜ?」

「それは、EOSイオスコートの力よ。EOSイオスコートを着ると脳は活性化し、筋力が増大する。あのときのあなたは、常人の三十倍の戦闘能力があったはずよ」


 さ、三十倍って……。少年ジャンプの漫画みたい。


「じゃあ、私じゃなくても良いのでは?」

「いいえ、あのEOSイオスコートは、あなたのために設計されたものだから、あなたじゃなくてはダメなのよ」


 EOSイオスコートについて色々もっと聞きたいけど、私はウォンダさん本人に興味があった。


「……ウォンダさんって、何者?」

「私はEOSイオスコートと『24にいよん人力砲じんりきほう』の開発者の一人です。ゼッコン様を打倒するために、とある組織から依頼されました」

「どうしてカウンセラーの助手をやっていたの?」

「あなたに会い、あなたを良く知るために、あなたのカウンセラーである――灰堂はいどう牛治ぎゅうじ氏のもとで働かせてもらっていたのよ」

「私に会う?」

「ええ。あなたは選ばれた人だから」


 私は首をかしげた。なぜ私が選ばれたのか聞きたかったけど、今は他にも聞きたいことがあった。


 ウォンダさんは続けて言った。


「ちなみにそのとき名乗っていた音田おんだは仮名で、本名はウォンダ・レクイヤーです。これは前にも話したわね。アリサに会いに、彼女の故郷こきょうのルーゼリック村にも行ったわ」

「……で、この賢者大神殿って何? 何で私はここに呼ばれたの? ――あ、そういや、アリサはどこ?」

「そうね」


 ウォンダさんは私がデザートのプリンを食べ終えたのを見て、立ち上がった。。


「私についてくれば、その謎が少し解けるわ。そしてあなたの手の甲に書いてある、あなたには見えない文字――『PROJECT.U』の秘密も」


 私はハッとして、自分の手の甲を見た。相変わらず、手の甲には何も見えない。


 ウォンダさんは続けて言った。


「あなたはこれから、『卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校』に入学してもらいます。すでにあなたとアリサのように、邪霊物じゃれいぶつ退治を行なっている子たちもいるわ」


 ヒミコキドウシカンガッコウ?

 

 え? 私やアリサと同じように化け物と戦う子たちが、他にもいるってこと?


 私はドキドキした。私、学校に入るの?

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