第32話 浄界世界から令和世界へ【浄界八年】 202402082119 直し 改3 D

 ライアン氏が山内レイジに近づき、彼の脇腹わきばらに何かを突き付けてきた。


 スタンガンだ!


 バチイッ


 電気がはじけるような音がしたと同時に、山内レイジはあわてて飛びのいた。


 するとその時!


「こっちだ!」


 大通りのほうから声がした。


 そっちを見ると、ワゴン車が停車してある。


 ワゴン車の手前には、黒生こくじょう刑事がいた。


「走れっ!」


 私と山内レイジは思い切り走った。


「ライアン、何やってる! つかまえろ!」


 斗桑とくわ氏が叫ぶ。


 ライアン氏が走り出そうとしたとき、隣の呉服ごふく屋の前に立っていた青年二人が立ちはだかった。


 そしてライアン氏と斗桑とくわ氏に体当たりした。


 池袋の通りは騒然そうぜんとなった。


「あの青年二人は、俺の仲間だ。さあ、君たちはワゴン車に乗って!」


 黒生こくじょう刑事は声を上げた。


 ワゴン車のスライドドアはすでに開いている。


 私と山内レイジは全力で走り、ワゴン車に乗り込んだ。


 斗桑とくわ氏とライアン氏は青年たちと格闘している。


 警察官が走ってきたところで、私たちのワゴン車はあわてたように発進した。


 ◇ ◇ ◇


 私たちの乗ったワゴン車は、大通りの豊島岡女子学園前を走っていく。


 運転手は黒生こくじょう刑事。私と山内レイジは後部座席に乗っている。


「なあ、黒生こくじょうさん。本当に『令和の世界』に行けるってのか。俺らをだましてるんじゃねえだろうな」


 山内レイジが後ろから黒生こくじょう刑事に聞くと、黒生こくじょう刑事はハンドルを握りながら言った。


うたがうなら降りてもいいぞ」

「降りたらさっきのヤツらが追いかけてくるだろうが!」

「とにかくだまって車に乗ってろ。どうするか決めるのは、巣鴨プリズン跡地あとちに行ってからでも遅くない」


 黒生こくじょう刑事はただそう言うだけだった。


 山内レイジは舌打ちした。


「あんたがこないだ言ってたことが本当なら、俺が生活しているこの浄界じょうかい八年の日本は何なんだよ……」


 私も同じ感想だ。

 

 道路には、都電池袋線がゆっくりと移動しているのが見えた。


 周辺は木造の飲み屋や飲食店が多い。


「ここだ」


 運転手の黒生こくじょう刑事は外を見回しながら言った。


 周囲を警戒けいかいしているのだろうか。


 ワゴン車は停車しスライドドアが開き、私と山内レイジは外に出ようとした。


「……待て!」


 黒生こくじょう刑事が声を上げたので、私と山内レイジは驚いて顔を見合わせた。


「車の中で少し待て! 見ろ」


 黒生こくじょう刑事は叫んだ。


 目の前の空き地には工事用のフェンスが並んでいる。


 ここが巣鴨プリズン跡地あとちだ。


 道には赤いローブを着た人々が三人歩いている。


「お、おっと……。浄霊天じょうれいてん教の出家信者だ」


 山内レイジが小声で言った。


 浄霊天じょうれいてん教の礼拝堂や支部近くに行くと、赤ローブの出家信者を見かけるのは日常のことだ。


 出家信者とは、家に帰らず浄霊天じょうれいてん教の施設しせつや礼拝堂に住み込んで修業する人々を言う。


 私も嫌々ながら、毎週土曜日には礼拝堂に行って講話を聞きにいっている。


 だが、彼らはカメラを片手に周囲を見回すように歩いている。


 まさか、さっきの斗桑とくわ氏とライアン氏から連絡が入っているのだろうか?


「周囲を監視かんししてる……」


 私は車内で身をかがめつつドキドキしながら言った。


 さっき私たちを追いかけてきた斗桑とくわ氏やライアン氏と関係ある信者だろうか?


 またスタンガンを突き付けられたら、と思うと背筋がこおりつくような思いがした。


浄霊天じょうれいてん教の礼拝堂がこの近くにあり、一日二回、この巣鴨プリズン跡地あとちの周囲を見回りに来る」


 黒生こくじょう刑事が言った。


「巣鴨プリズン跡地あとちは我々、令和世界の人間の所有物だ。しかし、彼らは巣鴨プリズン跡地あとちを買い取ろうとしている。大きな礼拝堂を建てるためにね」

「さっきの斗桑とくわとライアンっていう人、何者なんですか?」

「彼ら二人は浄霊天じょうれいてん教の調査員でね。君らが重要人物なので探しているんだよ。――ふう、大丈夫だ。もう出よう」


 赤ローブの出家信者たちはどこかに行ってしまった。


 私たちが重要人物って……どういう意味?


 ◇ ◇ ◇


 私たちは素早くワゴン車を出た。


 黒生こくじょう刑事は工事用フェンスについている扉の錠前じょうまえを鍵で開けた。

 

 私たちはさっと中に入っていった。


「ここは……」

 

 私はつぶやいた。


 中は飛行場のような広場が広がっており、簡素かんそな白い建物が一棟ひとむねだけ見える。


 白い建物は倉庫かな?


 周囲には誰もいない。本当に静かだ。


「ここが巣鴨プリズン跡地あとち? 何もないじゃないか」


 山内レイジは眉をひそめながら言うと、黒生こくじょう刑事は淡々たんたんと答えた。


「地下に事務所がある。浄霊天じょうれいてん教は飛行機を使い空中からも監視かんしするからな。――さて一応聞いておこう」


 黒生こくじょう刑事が私たちに聞いた。


「この間も言ったように、今から令和の日本に旅立つ。本当に行くか?」


 私と山内レイジは顔を見合わせた。


「あんたが令和の日本とやらに――そこに行かせるように、俺らを仕向けたようなもんじゃないか」


 山内レイジがそう言ったとき、私は令和のリナの言葉を思い出していた。


「私に会いに来ちゃダメ」

「私に会いに来たら、あなたが死んじゃう」


 ――私は令和の日本に行って、令和のリナに会いに行って本当に良いのだろうか?


「令和のリナは夢で、『私に会いに来ちゃダメ』と言った。『あなたが死んじゃう』と言ったんです」

「は?」


 私の言葉を聞いて、山内レイジが眉をひそめた。


 黒生こくじょう刑事はあごに手を当てて考えているようだった。


「ふむ……その令和のリナの言葉については……俺にはよく分からない。……俺は令和の組織の中ではしただから、彼女のことについては詳しく知らないのだ」


 すると黒生こくじょう刑事は、私に向き直って言った。


「だが、善川ぜんかわリナ。お前の考えで行動したほうがいい。行くのか、行かないのか、お前が決めるのだ」


 私の考え……?


 行きたい。


 行きたいに決まってる。


「ここまで来ちゃったし、令和のリナに実際に会いたい」


 私がきっぱり言うと、黒生こくじょう刑事は静かにうなずいた。


「帰れるのは今日の夜になる予定だ。大丈夫か」

「ま、俺は両親がいないし一人暮らしなんでね。許可をとる人間は家にはいないぜ」


 山内レイジは伸びをしながら言った。


「私はお母さんに許可を得てきたけど」


 私は言った。お母さんは仕事に熱心だから、日中はほとんど会えない。


 一応、お母さんの仕事場に電話をしてくればよかったな、と思った。


「では、今から準備する」


 黒生こくじょう刑事はこの間の板のような機械――スマートフォンを取り出し通話し始めた。


「――おお、俺だ。頼む」


 すると向こうの倉庫から、黄色い小さい車にけん引されたやや大型の車輪式ヘリコプターが出てきた。


 同時に、整備員のような作業着を着た人々が倉庫の奥から五人現れた。

 

「さあ、あのヘリコプターに乗ろう。この世の真実の一つを見せてあげよう」


 黒生こくじょう刑事が言った――その時だった。


 この巣鴨プリズン跡地あとちの入り口――フェンスのほうで――。


 耳にひびくような衝撃音しょうげきおん――いや、爆発音が起こった。


「いかん! 早くヘリコプターに乗るんだ!」


 黒生こくじょう刑事は叫んだ。


 入り口のほうで煙が上がっている。


 フェンスには大穴が開き、さっきの斗桑とくわ氏とライアン氏がゆっくり入ってきた。

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