第31話 リナとリナ③【浄界八年】

 ん……。


「ここは?」


 私は浄界じょうかいのリナ。


 ――ぼんやり目を開けた。


 そうだ、私は卑弥呼ひみこ様の放送を見たあと、眠くなってしまったのだ。


 この頭と体が浮かぶような感じ、また夢の中だ。


 ――私は、見たこともない医務室のような真っ白い部屋の椅子に、座っていた。


「あっ!」


 私は声を上げた。


 目の前にベッドがあり、誰かがベッドの上に寝ている!


 令和のリナだ!


 私は思わず駆け寄り、令和のリナに声をかけた。


「リナ! 大丈夫?」


 私はその瞬間、令和のリナに何があったのかすべて理解した。


 昨日、夢で見た令和のリナの活躍かつやくが、頭の中に流れ込んできた。


 彼女は確か、二匹目のゼッコン様と戦い、木材が胸に当たって意識不明になったのだ――。


「ダメ、かも」


 意識不明になったはずの令和のリナは、ベッドの上で私に向かって力なく微笑ほほえんで言った。


 夢の中だから起きてしゃべれるのだろうか?


 つまり、これは本当に夢の中で会っているってことか。 


 私は彼女が何とかしゃべってくれたことがうれしかったが――現実の令和のリナにどんな影響がでるのか不安だった。無理はさせられない。


 彼女の手をにぎった。


「『ダメかも』……なんて言っちゃダメだよ。令和のリナ、あなたは生きるんだよ」

「……うん。ありがとう」

「いつか私、そっちの令和の世界に行くから! ね? それまで元気でいてね」

「ダメ、だよ」


 令和のリナは私のほうを向いて、言った。


 え? どういうこと?


 だけど、令和のリナは私に向かって続けて言った。


浄界じょうかいのリナ――。あなたは、私に会いに来ちゃダメ」

「な、何で? 意地悪言わないでよ。令和の世界に行ってみたいし、私はあなたに会いたい」

「ありがとう」


 令和のリナは優しく微笑ほほえんでくれた。


 まだ彼女の顔は真っ青だ。辛そうだ……。


 ――令和のリナは言った。


「私だってあなたに実際に会いたい。こんな夢じゃなくてさ……。まるで双子の姉妹みたいだもんね、私たち」


 私はそんなことを言ってくれた令和のリナの顔を見やった。


 本当に彼女の言う通り。


 私と令和のリナは顔がそっくり……双子のようだ。


「でもね……。私に会いに来たら、あなたが死んじゃう」


 令和のリナがそんな驚くべきことを言ったので、私は言葉を返した。


「え? どういうこと?」

「お願い」


 令和のリナは私のほほを優しくなでてくれた。


「……浄界じょうかいのリナ、令和の世界に来ないで。……あなたのためだから、あなたのことを想っているから言うんだよ」

「意味わかんないよ」


 私は涙が流れた。


 意地悪を言われたから、悲しいんじゃない。


 令和のリナのやつれた顔が、本当にかわいそうだったから。


「ありがとう、浄界じょうかいのリナ……。もう一人の私」


 令和のリナはそう言った。


 何が「ありがとう」なの?


 そんなお別れのような挨拶あいさつ、嫌だよ。


「お願いだから、来ないで」


 そう言った令和のリナの目から涙が流れている。


 令和のリナが「来ないで」と言うのは、何か理由があるのだ。


 でも、嫌だよ……。会いたいよ。


 なぜか私は逆に、絶対に令和の日本に行って、令和のリナに会わなくちゃと思った。


 おや? 頭がぼやける。


「――んっ?」


 ――私は目が覚めたようだ。


 周囲を見回すと、いつもの自分の部屋だ。


 外からは豆腐屋のラッパの音がしている。


 ちょうど母が仕事場から帰ってきていた。


  ◇ ◇ ◇


 次の日の昼過ぎ――十四時。連休の初日だった。


「おい善川ぜんかわ。今日、本当に行くのか?」


 私服姿の山内レイジは、目の前の私に聞いた。


 私は山内レイジと池袋の洋菓子店「タカセ」の前で待ち合わせた。


 巣鴨プリズン跡地あとちに行くためだ。


 今日も池袋は人通りが多い。


 ん? 誰かに見られている気がする。嫌な予感がする。


黒生こくじょう刑事って男が今日、『巣鴨プリズン跡地あとち』に来い』と言ってたけどさ」


 山内レイジは言った。


「あの人、何者かよく分かんねえな」

「そうね。『令和の世界に実際に行ってみるか?』なんて言ってたけど……」


 私がうなずいて言うと山内レイジは腕組みをした。


「実際に令和の世界に行けるなんて、信じらんねえよ。あの人、俺たちの味方なのか? 何かたくらんでるのか? ……ん?」


 すると山内レイジは驚いた顔で私を見た。


「お前……善川ぜんかわ……。泣いてんのか?」

「えっ?」


 私はハッとして涙を手でぬぐった。自分で泣いていたのが分かったからだ。


 昨日から、左胸の痛みを感じていた。


「夢を見たの。令和のリナの心臓に……角材が突き刺さった」

「お、お前も見たのか? あの夢」


 山内レイジは周囲を見回しながら言った。


 彼も何か嫌な視線を感じているのだろうか?


「オ、オレもその夢を見た。令和のリナが龍のゼッコン様と戦った夢だろ」

「山内君も? わ、私、その後――夢の中で令和のリナと会って話をしたの」

「え? な、何だって?」


 山内レイジは目を丸くして私を見やった。


「ねえ、令和のリナは死んじゃうの?」


 私は昨日の令和のリナとの夢を思い出していた。


 令和のリナはベッドで力なく寝ていた。


「わ、分かんねえよ。何が本当なのか確かめなくちゃ分かんねえ。巣鴨プリズン跡地あとちに行けば何か分かるかもしれないじゃん……多分」

「う、うん。じゃあ行こうか――」


 私はそう言ったとき、昨日の令和のリナの言葉が頭の中に浮かんだ。


「私に会いに来ちゃダメ」

「私に会いに来たら、あなたが死んじゃう」


 令和のリナのあの言葉……何だったんだろう?


 その時、私たちの背後に誰かが立つ気配がした。


善川ぜんかわリナさんと、山内レイジ君ですね」


 声がした。


 振り向くと黒いスーツを着た男が立っていた。


 その男は、黒生こくじょう刑事――ではなかった。


 私と山内レイジは顔を見合わせた。


 浄霊天じょうれいてん教の幹部が、私たちに何の用だろう? 


 な、何か違反をしたっけ? 私は毎週、講話に出てるけど。


 そもそも街で幹部の人がいきなり話しかけてくるなんて、ほとんどないことだ。


「うむ、やはり二人とも、『PROJECT.U』の第二被験者ひけんしゃだ」


 斗桑とくわ氏は私と山内レイジの手の甲を見やりながら言った。


「手の甲に赤い文字が浮かび上がっている」


 プロジェクト……それって何だっけ? 聞いたことがあるような……。


 第二……被験者ひけんしゃ


 私には、自分の手の甲に何も書いていないように見える。


「失礼」


 ライアン氏が山内レイジに近づき、彼の脇腹わきばらに何かを突き付けてきた。


 黒くて四角い機械……。髭剃ひげそり? いや――これ、映画で見たことがある!


 スタンガン――!


 あれを体に押し当てられたら、電流で失神する!

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