第30話 リナとリナ②【浄界八年】

「う……」


 ――ん?


 私は目覚めた。


 私は浄界じょうかい八年の善川ぜんかわリナ……だ。


 最近、自分が令和のリナなのか、浄界じょうかいのリナなのかと、混同こんどうしてしまう。


 さっきまで夢の中の古代の時代で、令和のリナと話をしていたはずだ。


 私は正座しており、首をれて居眠りをしてしまったようだ。


善川ぜんかわリナさんっ! 寝ていてはダメですよ!」


 私はビクッとなった。


 女性の怒鳴り声が、私の頭の上から降りかかってきた。


 見上げると、赤いローブを着た年配の太った女性――「お師様しさま」が私をにらみつけていた。


 これは現実の浄界じょうかいの世界だ。おなじみの光景だ。


「講話の時間なのに居眠りなど、言語道断ごんごどうだん! 卑弥呼ひみこ様に失礼だと思いなさい! 覚悟せよっ!」


 右肩に衝撃しょうげきが走った。


 お師様しさまが私の肩を竹刀でたたいたからだ。


(もう……痛いなあ……。だから講話なんて嫌いだよ)


 ここは南日町みなみびまちにある浄霊天じょうれいてん教の礼拝堂だ。


 浄界じょうかい世界の日本人は、土曜日の午後、浄霊天じょうれいてん教の礼拝堂でお師様しさまの講話をかなくてはならない。


 お師様しさまとは浄霊天じょうれいてん教の指導者のことで、浄霊天じょうれいてん教の教えを私たちに話すのだ。


「まったく! ではもう一度お話をしますよ。教科書の八十八ページ、第一文を見てください。『毎日卑弥呼ひみこ様をおがみなさい。一日一善、三日で三善』」


 ――あれっ?

 

 左胸にズキズキとした痛みを感じる。


 なんでだろう?


 ……さっき見ていた夢の内容を思い出した。


 令和のリナと話したことは覚えている。


 でも、令和のリナは……真っ青な顔をしていた。


「そうだ……」


 私は夢で令和のリナと話をしたが、その一つ前の夢を思い出した。


 令和のリナは二匹目のゼッコン様の攻撃を胸に受けて、意識不明になったのだ。


 私のこの胸の痛みと関係があるのだろうか?


 ……現実の令和のリナはどうなっているのだろう?

 

 ――明日から連休。黒生こくじょう刑事に「巣鴨プリズン跡地あとちに来い」と言われた日だ。


 山内レイジも行くのだろうか……。


 山内レイジは同じ南日町みなみびまちに住んでいるが、今日の講話はさぼっているようだ。


 ◇ ◇ ◇


 夕方の四時半――。


 浄霊天じょうれいてん教の礼拝堂から帰った私は、移動販売車の石焼きいも屋で焼きいもを買って家に帰った。


 私の家は障子しょうじのある木造一軒家。


 まあ――この辺の民家は全部同じような木造家屋なんだけど。


 母はまだ帰っていない。


 オカルト系雑誌の編集長なので、夜遅く帰ってくる。いつも通りのことだ。


「あっ! そうだ。夕方の六時からあれを見ないと」


 私はあわてた。ついでに焼きいもを口に入れる。


 我が日本国の女王、卑弥呼ひみこ様のお言葉がテレビで放送される時間だ。


 私は素早くブラウン管のテレビをけて、チャンネルのつまみをガチャガチャと国営放送に合わせた。


『……私たちは北日本の攻撃を受けています』


 テレビ放送が映った。


 卑弥呼ひみこ様は緑色のまくの後ろで、声を発している。


 ホッ、間に合った。


 卑弥呼ひみこ様のお言葉を聞いた感想文を、学校で書かされるからちゃんと聞いておかなきゃ。


 卑弥呼ひみこ様の姿はまくに映った影だが、声は私たちと同じくらいの年齢ねんれいの女の子に聞こえる。


『北海道、東北地方の一般いっぱんの住人の方々はさぞ無念でしょう。わけの分からない支配者に、皆さんの土地を征服せいふくさせられてしまったのですから』


 浄界じょうかい八年の日本は、南北に分かれている。


 新潟にいがた県の新潟にいがた市から宮城みやぎ県の仙台市まで、中国の万里ばんり長城ちょうじょうのごとく石の壁があるのだ。


 卑弥呼ひみこ様や浄霊天じょうれいてん教は、南側……つまりここ東京にいる。


 一方、敵は東北地方や北海道にいる……とされている。


『ゼッコン様は北日本の悪い支配者が造り上げた化け物です。我々の手で化け物を打倒しましょう。北海道や東北の方々も、支配者へ立ち向かうことを忘れてはなりません』


 卑弥呼ひみこ様はまくの後ろで淡々たんたんしゃべっている。


 確か十六歳と聞いたが、私と同年齢どうねんれいとは思えないしっかりとした政治家のような口調だ。


 しかし私は卑弥呼ひみこ様の言葉を聞いて、黒生こくじょう刑事の言葉を思い出していた。

 

「君たちの世界の日本の頂点、女王と呼ばれる『卑弥呼ひみこ』と呼ばれる存在だが――。この浄界じょうかい世界には彼女は存在しない」


 そんなバカな――。


 放送が終わり、そんなことを考えていると焼きいもを食べてお腹が一杯になったせいか眠くなってきた。


 いや、令和のリナが呼んでいるのだろうか?


 とにかく布団をいて仮眠をとることにした。


 そして私はすぐ眠ってしまった。


 ――私は夢の中で令和のリナと再び話すことになった。

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