第14話 戦闘開始!【令和八年】

 私――善川ぜんかわリナ、そしてアリサとウォンダさんは徒歩でサンシャイン60通りを南に歩き出した。


 しかし、この池袋は普通の池袋ではない。


「闇の池袋」といえるもう一つの池袋だった。


「気を付けてね」


 ウォンダさんは言った。


「この池袋は、何が出てくるか分からないから」


 道を行き交う人々は黒ローブを羽織り、ただぼんやり歩いている。


 別に攻撃は仕掛けてこないが、ただただ不気味だ。


 右手に見える地方の県のアンテナショップは、蛇みたいなメロンや真っ黒いリンゴ、真っ赤な毒々しいキノコを売っていた。


「これがパラレル……ワールドとやらか。チッ、気持ち悪ぃな!」


 アリサが舌打ちし、周囲を警戒しながら歩く。


「山手線の線路に沿って歩けば、新宿まで迷わずに行くことができるわ。線路に近づきましょう」


 ウォンダさんが言うと、アリサは「ヤマノテセン?」と言って首をかしげた。


「リナ、アリサに教えてあげて」


 私とアリサは、神社でケンカしてからあまりしゃべっていない。


 ウォンダさんはコミュニケーションを取らせようとしているのだろう。


「あ、えーっとね。それって電車だよ」


 私が恐る恐る答えると、アリサはまた首をかしげた。


「デンシャ? ああ、昨日乗った鉄の箱の蛇みたいなヤツか? そもそもこの国には、馬はいないのか? 建物は鉄筋のようだし……すごい文明だ。私の国の建物は、丸太とレンガで出来ていたぞ。鍛冶屋かじやと宿屋もあったし」

「それ、『ドラクエ』じゃん。テレビゲームだよ」

「お前な! わけのわからねーことばっかり言うな! あたしが分かるように言えよな」


 アリサはジロリと私を見やり、ブツブツそう言った。


 別に怒っているわけでもないみたいだ。


 しばらく歩くと南池袋まで来た。


 大型書店のジュンク堂本店の前だ。


 線路は高架こうかの上にあり、まだ近づけない。


「線路が見える場所まで行きましょう」


 ウォンダさんは冷静な口調で言った。


「この大通りをまっすぐ行くと、千登世橋ちとせばしという場所に着く。そこを右に曲がると大学の『学習院』があって、目白駅と線路があるわ」


 ジュンク堂の近くは、私が引きこもりでなかった小学生のときも、にぎやかな場所だった。


 だが、黒ローブの人々が静かに歩き、相変わらず車も走っていない。


 よく見るとジュンク堂の中にも、黒ローブの人たちがいる。


「この黒ローブ連中は、意志を持って行動していないのよ。パワレルワールドの住人といったところね」


 ウォンダさんは言った。


 ◇ ◇ ◇


「……注意して!」


 南池袋から目白に入る交差点で、ウォンダさんは叫んだ。


「うっ……わ」


 ぎょっとした。


 ビルの二階に何か紫色の大きいものがへばりついている。


 まるで乗用車のように大きい……! 巨大な蜘蛛くもだ!

 

 オブジェ? と一瞬思ったが、腹部が上下している……。生きている!


「『ジャダラグモ』! 別名『紫大蜘蛛むらさきおおぐも』と呼ばれているわ。浄霊天じょうれいてん教が造り出した闇の魔物よ!」


 ウォンダさんが大声を上げたとき、巨大な蜘蛛くも奇怪きかいな声を上げて、地面に降り立った。


 すぐにジャダラグモはするどい音を立てて、口から何かを吐き出した。


 う、うわああっ! 糸だ!


 しかし――。


 その糸は、私の目の前でね返ってしまった。ど、どうなってるの?


「『EOSイオスコート』の機能、『自動防御壁ぼうぎょへき』ね」


 ウォンダさんは言った。


「あらゆる邪悪な攻撃を、見えない壁で防ぐわ。肩当ての中に入っている『EOSイオス』という人工知能で、瞬時に作られた電子の壁よ。――さあ各自、24にいよん人力砲じんりきほうを構えて!」


 私とアリサはあわてて背中から24にいよん人力砲じんりきほうを引き出し、構えてジャダラグモに向けた。


 巨大蜘蛛くもは危機を察知したのか、ジリジリと後退する。


「セレクター近くに書いてある、『ア』の安全装置から、『タ』の単発に変更用意! そうすると安全装置が解除され、単発で銃撃じゅうげきできるわ」


 ウォンダさんの説明を聞き、私とアリサは24にいよん人力砲じんりきほうの装置――セレクターをくるりと回転させた。


『タ』とカタカナで書かれている部分に、装置を合わせる。


「ひ、ひい」


 あれ? 悲鳴が聞こえた? え? アリサが震えている。


「わ、私は蜘蛛くもが苦手なんだ。だ、だ、だけど絶対、ぶっ殺す!」


 すると――左にもう一匹、ジャダラグモが出現した。ウォンダさんは叫ぶ。


「リナは右の敵、アリサは左の敵をねらって!」

 

 すると二匹のジャダラグモは、私とアリサのほうに走り込んできた。


 敵はゴミ箱を蹴散けちらし、飛びかかってくる!


「う、うわああああ!」


 私とアリサは同時に叫ぶ。怖い!


「引き金は軽く一回引く! 射撃しゃげきよーい、発射!」


 ウォンダさんの掛け声で、私は引き金に手をけた。躊躇ちゅうちょしている余裕はない。


「グオオオオオ!」


 私に向かってくるジャダラグモは飛び上がった――。


(こ、ここだ!)


 私は引き金を引いた。


 するどい音とともに、銃口じゅうこうからエメラルドグリーン色の光線が飛び出し――。


「キェ!」


 ジャダラグモはそんな声を出して、ドサリと地面に墜落ついらくした。


 光線が胴体を打ち抜いたのだ。


 アリサも同様に、左のジャダラグモを銃撃じゅうげきしたようだ。


 二匹のジャダラグモは、私たちが銃撃じゅうげきした部分から緑色の血液を噴出ふんしゅつして、絶命していった。


 ひ、ひいい……。


「言っておくけど、こいつらは人工の生命体だから自然の生き物じゃないわ。二人とも、お見事!」


 ウォンダさんは拍手はくしゅしてくれた。


「はっ、はあっ……」


 私はまだ緊張きんちょうしていて冷や汗が止まらなかったが、アリサはその場に座り込んでいた。


「うう……うげ……」

「アリサ! 大丈夫?」


 私はあわててアリサの肩に手をやった。そうか、蜘蛛くもが苦手なんだっけ。


「少し休む? アリサ」

「さ、さわるんじゃねえっ! あたしは誰も信用しねえっ」


 アリサは私の手をふりほどいた。


「ご、ごめん。アリサ」

「あ、別に……リナ、お前のせいじゃねーよ。叔父が魔物に殺されて気が立ってた」


 私がアリサの夢を見たとき、そんな場面を見たような気がする。


「とにかく蜘蛛くもは大嫌いだ。ちょっと吐きそうになったが、こんなことで負けるか。大丈夫だ、前進しよう」


 アリサは本当に蜘蛛くもが苦手のようだ。


 私だって蜘蛛くもは嫌いだ。


 だけどあんな車みたいな大きさの蜘蛛くもまれたら、ひとたまりもない。だからやっつけるしかなかった。


「ジャダラグモは弱いけど立派な敵よ。リナ、あなたはヤツらを殲滅せんめつできた。あなたは強いのよ」


 ウォンダさんは私に言った。


 私は24にいよん人力砲じんりきほうに安全装置をかけた。


(私が強いって? ――まだとてもそんな風には、思えないよ)


 アリサは「よよよしな何でもこいい」とひきつった笑顔で、声をふるわせながら言っている。


 ――私たちはそれから四匹のジャダラグモを退治しながら、目白、高田馬場、新大久保と徒歩で歩いていった。


 ◇ ◇ ◇


 昼の十四時――ついに新宿に入った。


 ここに私たちの真の攻撃目標、「ゼッコン様」がいる!

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