第13話 闇の街【令和八年】

「あたしの村は燃やされたんだ!」


 アリサが私に向かって声を上げた。


「次はお前の住んでるこの国の番かもしれねえんだぞ!」

  

 私は謎の化け物、ゼッコン様と戦いに行くことになったのだ。


 ◇ ◇ ◇


「リナ、アリサ。この神社から出てすぐに新宿へ行くわよ」


 音田おんださんも「EOSイオスコート」に着替え、「24にいよん人力砲じんりきほう」を構えつつ言った。


「ちなみに、私の本名は、ウォンダ・レクイヤーです。音田おんだは仮名」


 音田おんださんがおもむろにそう言ったので、私は驚いた。


 音田おんださんって本名じゃなかったの? 外国人?


 何でカウンセラーの助手なんかやっていたんだろう?


 そのとき――。


「まったく困りましたねえ、ウォンダさんたちには!」


 いつの間にドーム内に入ってきたのか、緑色のローブを羽織った白人男性が私たちのほうに歩いてきた。


 ジェスター氏だ!


「こんなガキ……いや、子どもに超高額な武器を使用させるとは」


 ジェスター氏はアリサをにらみつけて言った。


「何なんですか、この生意気そうな女子は? 私は子どもにゼッコン様退治などという大役をまかせるのは大反対なんですよ!」

「おい、てめぇ……。何か文句あるのか?」


 アリサはジェスター氏に詰め寄ってすごんだ。


 ジェスター氏はちょっと驚いた顔をして、言葉を返した。


「わ、私は君らのような使い物にならなそうな子どもに、高価な武器をもたせたって意味がないと真実を言ったまでですよ。整備費用だって高いんだぞ」

「どうでもいい。見てろ、その何とか様ってのをぶっ倒しゃ文句ねぇんだろ! やってやるよ、あんたらにだまされてなけりゃな!」


 アリサはウォンダさんとジェスター氏をにらみつけて叫んだ。


 ウォンダさんは冷静に言った。


「ジェスターさん、今は私たちにお任せください。この子たちの『入学』のこともありますので」


 ん? 入学? 入学って何のことだろう。


「子どもに化け物退治なんてやらせるべきではない。時間と金の無駄遣むだづかいなんですよ! 上からの命令だから、仕方なく金を出しますけどね!」


 ジェスター氏は散々嫌味を言って、ブツクサ言いながらドームを出ていった。


 私たちは24にいよん人力砲じんりきほうという謎の武器を、スリングという道具によって背負って行動することになった。


 そんなに重くないので、背負って歩いても邪魔にはならなそうだ。


 それから薄手うすでの手袋も、身に着けた。

 

 ◇ ◇ ◇


 私たちは神社から外に出た。


 私、アリサ、ウォンダさんの三人だけで行動することになっているらしい。


 ウォンダさんによると、賢者大神殿の賢者たちは、私たちを大神殿で遠隔えんかくサポートするようだ。


 ――そのとき!


『正体不明の浮遊物体が、新宿上空に浮遊しています。安全のため、新宿から1キロメートル離れてください』


 放送が街中にひびいているのに気がついた。


 Jアラートの試験放送や強い地震が起こったとき、同じような放送を聞いたことがある。


「んっ?」


 私は周囲を見回した。


 池袋の街は静かになっていた。


 通行人はほとんどおらず、警察官が周囲を警戒しているだけ。


 昨日はあれだけにぎやかだったのに……。


「我々賢者は敵の存在を一時間前から察知さっちし、『防災行政無線システム』で放送して、周辺住民に避難ひなんうながしていたわ。警察や消防団の協力により、周辺住民は皆、池袋の地下街や豊島清掃せいそう工場の地下などにいます」


 ウォンダさんは説明した。避難ひなん? まさか?


 だが、池袋の街には本当に人がほとんどいない……。ある意味で恐ろしい光景だ。


EOSイオスコートと24にいよん人力砲じんりきほうの使い方は、実戦で説明するわ」


 ウォンダさんは冷静に言う。


「引きこもりの私が、これから兵隊みたいなことをやるんだよね……。信じられないよ」


 私がひきつって笑うと、ウォンダさんは私の肩に手をやった。


「大丈夫。リナは本当は強いのよ」


 強い? そんなバカな……。でも、EOSコートのおかげか、ものすごく体が軽い……。


 ◇ ◇ ◇


 私たちは24にいよん人力砲じんりきほうを背負いつつ、繁華街はんかがい――サンシャイン60通りに出た。


 小学生の頃は、池袋の塾に行くとこの通りにいってお菓子を買ったっけ。


 だが、今は人はまったくいない。


「徒歩で五キロ離れた新宿に移動します。車を使いたいところだけど――使えない理由は後で説明します」

「そういえば――何で敵はSNSで私たちの名前を聞いてきたの?」


 私が聞くとウォンダさんは答えた。


「私たちがゼッコン様と対決するには、『浄霊天じょうれいてん教』の術に入り込まなくてはならないからよ。彼らは戦いをゲームとして考えている」

「ゲ、ゲーム……?」

浄霊天じょうれいてん教のつくり出す世界には、『ゼッコン様との戦い』を宣言した者だけが入れることになる」


 ウォンダさんは言った。


「そして彼らは現実世界を、『パラレルワールド』にねじまげる『術』を使うわ」


 ウォンダさんがそう言ったとき――、周囲の景色がぐにゃりと変化したように思えた。ウォンダさんは静かに言った。


「きたわね」

「うっ?」


 アリサが声を上げた。私は周囲を見回した。


 サンシャイン60通りには道の両側ににぎやかな店がある繁華街はんかがいだが……一瞬にして奇妙な雰囲気に変化した。


「お、おい、見ろ。店の中だ。さっきと様子が違う!」


 アリサが叫んだ。


 ハンバーガーショップには黒いローブを羽織った小男がただぼんやり突っ立って、レジの中にいる。


 隣のファンシーショップにはかわいいキャラクターものの雑貨の代わりに、奇妙な黒いびんや薬草が並べられていた。


 店員はやはり黒いローブを着た小男だった。


「あ、あれ? 何、ここ? いつの間に?」


 私は驚いて声を上げた。


 自動販売機で売っているものは、全部、毒々しい紫色の薬物となっていた。


 店の看板、壁の色合いも全体的に薄灰色うすはいいろで、カラフルなサンシャイン60通りが、モノクロ――つまり白黒になったように思えた。


「これがパラレルワールドよ」


 ウォンダさんが説明した。


「普段の街とは違う、もう一つの街を作り出してしまう。これがゼッコン様と浄霊天じょうれいてん教の術よ」

呪術じゅじゅつたぐいか。邪悪な……」


 アリサはギリリと奥歯をみしめるように言った。


「車に乗ることはできないわ。このパラレルワールドは敵のなわばりテリトリー。車はハンドルもエンジンも効かない術をかけられている。電車も動いてない」


 ウォンダさんは言った。


「やはり徒歩で新宿に行かなければならないわ」


 私たちは徒歩で通りを南に歩き出した。


 ――怖いけど、行かなければならない。


 池袋の南には、ゼッコン様がいる新宿がある!

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