第10話 ブランディース城の地下の秘密【ガレス暦八年】

「アリサ、今から『ニッポン』という国に行ってもらうわ」


 アリサ・オルフェスの故郷は、火のうずに包まれていた。


 アリサがそこから逃げるとき、白いローブを羽織った謎の女性――ウォンダ・レクイヤーに声をかけられた。


「ニ、ニッポンって何だ? 東方とうほう地域か? 南方なんぽう地域か?」


 アリサは驚いて聞くと、ウォンダはこう答えるだけだった。


「ついて来れば分かるわ」

「あたしをだましてんだろ! ああ?」


 そのとき、風を切るような音がした。


 火矢だ! 後ろにいる魔物――ゴブリンが放ったのだろう。


 アリサの目の前を火矢が通り過ぎ、森の木に火が移った。


「ま、まずいぞ」

「逃げましょう!」


 アリサとウォンダは馬車の客車に乗り込み、逃げ出した。後ろからはゴブリンたちが追ってきているのが見えた。

 

 馬車の御者ぎょしゃはウォンダと同様に、白いローブを羽織った男だ。


(くそ、なぜだ! なんでこんなことになる!)


 アリサの頭の中には、様々な謎や疑問があった。ウォンダという女のこと、あの人魂ひとだま雲のこと。


 しかし今は、叔父や生まれ故郷を失ってしまったことが心の中にこみあげていた。


 自分を受け入れない、嫌な生まれ故郷だった。


 だが、こうして失ってみると分かったが、自分にとって大切な場所だったのかもしれない。


 アリサは馬車の客車の中で泣いた。まだ煙のにおいがかすかににおう。


 怒声ともいえるゴブリンの声が、後ろから聞こえる!


「あたしは『補欠』とはいえ、魔法騎士になったはずだ!」


 アリサは一人で叫んだ。


「それなのに叔父さんを助けられなかった! 嫌な村のヤツらだったけど、あいつらを救えなかった!」

「気持ちは分かるわ」

 

 隣に座っているウォンダは言った。


 馬車は速度をあげ、森の道を駆った。


「アリサ、あなたの力をしてほしいの」

「……ああ? あたしみたいな不良娘に、何ができるっつーんだよ」

「このような悲劇が二度と起こらぬよう、私たちがあなたに力を与えるわ」

「力……」

「今から行く場所に行けば、それが可能です」


 ビュン


 火矢は馬車の横をすっ飛んでいった。ゴブリンどもめ、森にもひそんでいるのか? しつこい……! アリサは拳を握った。


 ――叔父さん血は繋がっていないが、アリサを育てた恩人だ。


 その叔父さんの死の現実を背に受けて、自分は馬車で逃げているのだ。


「くそおっ……。私は育ての親を助けられなかった……!」

「アリサ、少し休みなさい」


 ウォンダはアリサの肩に手をやった。


(やはりあたしはだまされているのか? いや、今はどうだっていい。つかれた……)


 アリサは心の中でつぶやくように考えた。


 一体、あの人魂ひとだま雲は何なのだ? この女が言うプロジェクトという異国の言葉は何なのだ?


 アリサは考えたが、無駄だった。理解不能だった。


 ◇ ◇ ◇


 四十分後――。


「ここは……ブランディースじゃないか!」


 アリサは馬車がブランディース城の城下町に入っていったことに気付いた。


「『ニッポン』とやらに行くんじゃなかったのかよ?」


 アリサが聞いても、ウォンダは「このまま馬車で城に行きます」と言うだけだった。


 ブランディース城は、当然のことながらブランディース王国最大の城である。


 馬車は城の敷地内に入り、馬車置き場で停車した。


「よくいらっしゃました、ウォンダ・クレイヤー様! アリサ・オルフェス様!」

 

 城の衛兵えいへいが城門の前で、アリサたちに向かって敬礼した。


 衛兵えいへいが名前を知っているということは、ウォンダやアリサが城に来ることは通達済つうたつずみであるということだ。


 ウォンダは挨拶あいさつもそこそこに、城の中に入っていく。


「お、おい待て」


 アリサはあわててウォンダに言ったが、ウォンダはさっさと玄関ホールを歩いていってしまった。


 ウォンダが向かった先は、二階の王室――ではない。地下だった。


「お、王に挨拶あいさつしなくて良いのか? 城の侍女じじょや王の執事しつじに色々言われるぞ?」


 アリサがそう聞くと、ウォンダは歩きながら答えた。


「この城は我々『賢者』が造り上げたもの」


 そのケンジャとは何なんだよ? アリサは聞こうと思ったが、その前にウォンダが口を開いた。


「ブランディース王は私たちの部下です。時間がないので、挨拶あいさつは特にしません。許可を得ています」


 アリサはウォンダの言い分に眉をひそめた。


 この女、何を言っている……? この王国でもっとも頂点に立つのはブランディース王じゃないか。


 部下だと?


 この国の王だろ? この女、本気で言ってんのか?


 ウォンダとアリサが城の地下の階段を下っていくと、鉄の扉があった。ウォンダは鍵でその扉を開けた。


 ◇ ◇ ◇


 ウォンダが扉を開けるとまた薄暗い廊下があり、また鉄の扉があった。


 ウォンダはまた別の鍵を鍵穴に差し込んだ。


(城の扉を、まるで自分の家のように開けているぞ? どうなっているんだ? この女、盗賊とうぞくか?)


 アリサがそう考えていると、扉の奥に不思議な光景があった。


 地面は真っ白い石畳いしだたみきつめられ、天井には長細い光る物体が取りつけられている。


 石畳いしだたみの右手は一メートル強、深く掘り下げられ、トロッコの線路のようなものがかれている。


「お、おい。この石畳いしだたみは何だ?」


 アリサがあわててウォンダに聞くと、ウォンダはとくに表情も変えずに答えた。


「『タイル』よ」

「天井に光る物体は?」

「『蛍光灯けいこうとう』ね。明るいでしょう」

「このトロッコの線路は……」

「文字通り線路よ」

「……こ、ここは何なんだよ?」

「『地下列車』の『ホーム』です」


 そのとき、線路の向こうからすさまじい音がしてきた。


「う、うわあああああ!」


 アリサが声を上げたとき、すぐに巨大な流線形りゅうせんけいの物体が、ホームに入ってきた。


 そして線路に沿って移動して、ピタリと停車したのだ。


「な、なんだああ? この巨大なトロッコのようなものは!」


 アリサはあんまり驚いて、尻もちをついた。


「鉄の魔物か!」

「いえ、これは地下列車です。私の住む国では、『リニアモーターカー』と言いますが……。二両編成へんせいの小型リニアモーターカーです。さあ、これに乗りましょう」


 ウォンダはニコッと笑って、アリサを助け起こした。


 まさしく目の前にあるのは、巨大な流線形りゅうせんけいの鉄の箱が二つつらなっている奇妙な乗り物だった。


 正面から見た形は鳥のくちばしのようにも見える。


 これがリニア……モーター……カー?


「な、なんだっていうんだ。これは夢の光景の続きなのか?」

「夢? 違うわ」


 ウォンダは言った。


「これは夢でもなんでもなく、現実。さあ、乗り込んで『ニッポン』に行きましょう」


 ニッポン――アリサはこの言葉にドキリとした。

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