第9話 ガレス暦八年のアリサ・オルフェス【ガレス暦八年】

 絶望ぜつぼうの日――ガレスれき八年、少女アリサ・オルフェスはそのときを経験することになった。


 何かがぜる音がした。鼻に煙のにおいが入ってくる。


「ここは――」


 アリサはハッと目を覚ました。


 ――ここはブランディース王国。


 アリサは奇妙な夢を見ていたようだ。


 アリサと同年代の――十六歳の少女が、不思議な木造建築の神殿に、鉄でできた車で連れていかれる夢だった。


 変な街も見た。鉄筋てっきんの建造物が立ち並ぶ。アリサの住むブランディース王国と、まるで文明が違っていた。


(い、いや、あれは単なる夢だ。今は夢のことなど、気にしている場合じゃない)


 アリサはさっきまで民家のかげに座り込んで、つかれきって眠っていたのだ。


 彼女は金髪の肩まで伸ばした髪の毛が美しいと評判だったが――、村一番の不良娘だった。


 言葉づかいもまるで男子のようだ。


 村では男子とケンカばかりするし、村の野菜もたまにぬすんでは食べて王立警察に捕まることもあった。


 ――煙のにおいが立ち込めていた。火の熱気が皮膚ひふを刺激する。


 丸太とレンガで出来た村のすべての家々は、まだ燃えさかっている。


 この絶望ぜつぼう的な我が故郷の風景!


「どうなってんだよ!」


 アリサ・オルフェスはくやしそうに拳を握りつつ、声を上げ歩き回った。


 アリサの故郷、ルーゼリック村が焼き尽くされたのだ。


 彼女は村では問題ばかり起こしてはいたが、まさか故郷がこのような光景におちいるとは思わなかったので泣いた。


 アリサは泣いた顔をおおい、歩き出した。


「くそっ、くそおおっ。誰がこんなことをしやがったんだ」


 アリサは昨日、一年ぶりに隣国りんこくエルファスタン王国から帰ってきた。


 エルファスタン王国の魔法騎士になる試験を受けたのだ。


 彼女は育ての叔父から教えてもらった魔法や剣術の訓練をさぼっていたが、かなり戦いの才能がある。


 試験は、その才能もあってか魔法騎士の「補欠ほけつ」として――下から二番目でギリギリ合格した。そして叔父に報告しに帰ってきたのだ。


 村人たちは、問題ばかり起こしているアリサの帰郷ききょうを冷ややかな目で見て祝わなかった。


 しかし育ての親の叔父だけは、いつも通り採れたての野菜で料理を作ってくれた。


 そしてその次の日――突然、その平和な風景はくだかれた。


 ルーゼリック村は魔物――ゴブリンニ十匹、ダークエルフ十人の襲撃しゅうげきを受けたのだ。


「あいつら……魔物め!」


 アリサはヨロヨロと自分の家を目指した。


 ゴブリンは体色たいしょくが緑色の、二足歩行の魔物。武器は主に木の棍棒こんぼう。ダークエルフは悪魔に魂を売った、人間型の耳の長い精霊である。やみの魔法を使用する。


 そして彼らの襲撃しゅうげきのあと、もっと恐ろしい存在が空に現われた。


 人の顔をした雲。おとぎ話に登場する「人魂ひとだま」の形をした奇妙な雲だ。


 人魂ひとだま雲は両腕があり、巨大な奇妙な武器――フォークを持っていた。


「何なんだ、あの雲は。しかし、あたしはどこかであれを見たことがあるような……」


 アリサはつぶやいた。


「アリサ、しっかりしろ」


 燃えさかる村を歩きながら、アリサは自分に言い聞かせた。


 しかしさっき見た変な世界の夢が、少し気になる。


 そこは「ニポン」――もしくは「ニッポン」という国名だったと思う。珍しい言葉のひびきだ。かなり東方とうほうての国か?


 そんなことより、育ての叔父が家でアリサを待っているはずだ。


 アリサは家にたどり着いた。


「そんな……」


 アリサの育った家は燃えさかっていた。


「当然といえば当然だ」


 村の家々はほとんど焼け落ちているのだ。


 自分の家もどうなっているかは想像はついていた。


 しかし、育ての叔父の姿はどこにもない。

 

 もしかしたら、丘の上の礼拝堂に避難ひなんしているのかもしれない。


「ちっ、……いくぞ!」


 アリサは舌打ちをしつつ、自分を勇気づけるように掛け声をかけて丘の上に上がった。


 おお、礼拝堂は無事ではないか。あかりも見える。


 焼け落ちてはいなかった。


 アリサはホッと息をつき、礼拝堂に急いだ。


 しかし――。


「えっ?」


 上から光る物体が落ちてきた。


 雷のような音とともに、礼拝堂の屋根は破壊された。すぐに、礼拝堂にいた人々は入口から走り出した。


 上空を見ると、あの人魂ひとだま雲が笑顔を作ってただよっていた。


 人魂ひとだま雲が持つ例の巨大フォークが、礼拝堂に突きさっている。――礼拝堂を破壊した。


「なんなんだ、お前はーっ!」


 アリサは人魂ひとだま雲に向かって声を上げた。


「アリサ!」


 礼拝堂から村人やアリサの育ての叔父たちが、アリサのほうに駆け寄ってきた。


 やはり彼らは、礼拝堂に避難ひなんしていたのだ。


 礼拝堂はゴブリンたちにいっぺんに囲まれ、焼きちにあっている。


「生きてたのかよ、アリサ! てめぇなんか、さっさと死んだかと思ったぜ」


 いつもケンカをしている男子、ゲーリッグが舌打ちしながら叫んだ。


「うるせえ!」


 アリサは叫んだ。


「とにかくだ、ブランディース城まで逃げよう!」

「アリサ……とにかくよく無事で……ああっ」


 そう言いかけた叔父が突然、吹っ飛んだ。


 村人は農具を使って何者かと応戦している。――ダークエルフだ!


 彼らは魔法を使う魔物だった。


 だが、村人たちはダークエルフにかなわない。次々と、ダークエルフのやみ風属性魔法でふっ飛ばされている。


 叔父、村人たちは風属性魔法の強力な風圧により――死んだ。


「今は逃げなさい」


 アリサの後ろから声が掛かった。


 白いローブを羽織った女性が、いつの間にか立っていた。


「あ、あんたは誰だ?」


 アリサは叔父の死を目の前にして、涙を流しながら聞いた。


「私はウォンダ・レクイヤー」


 そのウォンダ・レクイヤーなる女性は、淡々たんたんと言った。


「右手の甲に『PROJECT.U』の文字を持つ者よ。さあ、一緒に逃げましょう」


 プロジェクト……何? そんな言葉は、ブランディース語では聞いたことがない。


 それに、自分の手の甲を見たが、そんな文字はどこにも書かれていない。


「あんた、魔物か!」


 アリサはウォンダと一緒に、森の方へ走りながら叫んだ。


「いいえ。私は『賢者』」


 ウォンダは走りながら答えた。


「アリサ、今から『ニッポン』という国に行ってもらうわ」


 ニッポン?


 それはさっきの夢の中で聞いた国名だった。

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