第8話 副都心の巨大神社内部【令和八年】

 令和世界の私――善川ぜんかわリナは、引きこもりだった二年間の空白を振り切るように外に出たのだった。


 音田おんださんに連れてこられたその神社は、賢者大神殿といわれる巨大神社。


 本殿ほんでんに上がると、そこは大きな座敷ざしきの部屋があった。


「よくいらっしゃいました。善川ぜんかわリナ様。――いえ、卑弥呼ひみこ様。私は大栄だいえい彦一と申します」


 さっき私に挨拶あいさつしてきた老人が、あごひげをさすりながら言った。


「……今、何て……?」


 私は聞き返した。卑弥呼ひみこ……って? あの教科書にっている昔の偉人いじん


卑弥呼ひみこって――どういうことですか?」

善川ぜんかわリナ様、あなた様は三世紀に実在した、卑弥呼ひみこ様の生まれ変わりなのです」


 え?


 私は一瞬固まった。


 あれ? 私、カウンセラーの灰道はいどう先生にそんなことを言ったよね?


 でも、あれは私の口がなぜか「卑弥呼ひみこ」と勝手にそうしゃべってしまったのだ。


 まさか本当に「あなたは卑弥呼ひみこの生まれ変わりだ」なんていう人が出てくるなんて。


 私は音田おんださんに助けを求めた。


「話だけでも聞いてごらんなさい」


 音田おんださんまでそんなことを言っている。


 だけど――なんだか少し外の雰囲気ふんいきにもれてきた。


 まだ頭がクラクラするが。


 こんなに一日で色んな場所に行き、知らない人に話しかけられたということは、きっと後でどっとつかれが来るのだろう……。


卑弥呼ひみこって、あの教科書に出てくる卑弥呼ひみこでしょう」


 私は思い切って大栄だいえい老人に聞いた。


左様さようですな」

「あ、あまりにもいきなり言われたので、驚いてますけど」

「それは失礼いたしました」

「……わ、私が卑弥呼ひみこの生まれ変わりって、証明できることなんですか?」

「証明できるかは分かりませんが、お見せしたいものがあります。ついてきてください」


 私はまたしても音田おんださんを見た。


「さあ、行きましょう」


 音田おんださんはまたしても平然へいぜんと言った。


 私は大栄だいえい老人と音田おんださんに連れられて、廊下に出て階段の前に連れていかれた。


 そこには鉄の大きな扉があり、白いローブを羽織った門番のような人が立っていた。


 ◇ ◇ ◇


 門番は地下の部屋を開けた。私と音田おんださん、大栄老人は部屋に入った。


 部屋の広さは学校の体育館よりずっと広かった。


 部屋は明るい。美しい木でできた内装ないそうだ。


 まるで新しい武道の道場のようだ。


 白いローブの人々がたくさんおり、いそがしそうに動き回っていた。


 部屋の壁際には木の棚がたくさん並んでいる。本もたくさんおさめられている。

 

 部屋の右の壁際には、棺桶かんおけのような形の透明とうめいなガラスの箱が並んでいた。


「あの棺桶かんおけみたいなガラスばこは何?」


 私が音田おんださんに聞くと、彼女は言った。


「近くで見てごらんなさい」


 ガラスの棺桶かんおけが七つ、床に置いてある。


 私が近づいてそのガラスの棺桶かんおけの一つを見ると、私は――。


「あっ!」


 と声を上げた。


 ガラスの棺桶かんおけの中に透明とうめいの液体が入っていて、液体と一緒に「何か」が入っている。


 ――人だ! 人間が一名、横になって浮かんでいる。


 しかも女の子――。白い薄手うすでの着物を羽織はおっており、液体に浮いているのだ。


 目をつぶって眠っているように見えるが……。


「こ、この女の子、どこかで見たことがある」


 私は思わず声を上げた。


 ん?


 私だ!


 この液体に浮かんでいる少女は、私の顔と似ている……いや、似ているレベルじゃない。


 私の顔と全く同じだ! ガラスの棺桶かんおけの外から見てもよく分かる。


「鏡でよくお確かめになったら」


 大栄だいえい老人は手鏡を持ってきて、私とガラスの棺桶かんおけ内の少女の顔を映した。


 や、やっぱり同じだ……。私の顔と同じ。


「これがクローン人間の卑弥呼ひみこ様です」

「クローン! 分身! 卑弥呼ひみこの?」

「リナ様、あなた様は卑弥呼ひみこ様のクローン人間。このガラスの棺桶かんおけから生まれた、クローンの卑弥呼ひみこ様の一人なのです」

「えええ……?」


 意味が分からない。


 他のガラスの棺桶かんおけにも白い着物を着た少女が一体ずつ入っている。


 全員、私と同じ顔だ……。


 私とこの神社と、何の関係があるっていうの?


「もちろん、あなたが卑弥呼ひみこ様の生まれ変わりだということも、このクローン卑弥呼ひみこ様が本物の卑弥呼ひみこ様のクローンであることも、完璧かんぺきに証明することは難しい」


 大栄だいえい老人は静かに言った。


「しかし我々は、最先端のクローン技術により、卑弥呼ひみこ様のクローン人間を生み出したと考えております。卑弥呼ひみこ様のクローン人間の作製方法は、簡単に言えば次の通り――」


 大栄だいえい老人は電子タブレットを机から取り、科学の実験のような絵や写真を私に見せた。


「まずは卑弥呼ひみこ様の『体細胞たいさいぼう』を用意します。次に、その体細胞たいさいぼうから『核』を取り出す。その核を『他の人間の核を取り除いた卵子』の中に入れるのです」


 大栄だいえい老人は淡々と言った。


「そして卑弥呼ひみこ様のクローンが、その卵子の中で育つというわけですな」

「で、でも待って。二つ質問があります」


 私はあわてて言った。


 頭がクラクラする。


「クローン人間って、作ってはいけないんじゃないんですか?」


 小学生のとき、そんな話を本で読んだ気がする。


「それに卑弥呼ひみこの細胞なんてどこにあるの? あの有名な卑弥呼ひみこって、当たり前だけどものすごい昔に死んでるじゃないですか」

「ふむ。そのことも機会があればご説明しましょう」

「そういえばこの間、勝手に口から『卑弥呼ひみこ』という言葉が出てしまったんだけど……」


 私は灰堂はいどう先生の前で起こった体験について話した。


「よくあることですな。あなたの魂が、卑弥呼ひみこ様の記憶を覚えていたからです。魂が、本来の自分の存在を周囲に知らしめようとしたということですよ」


 大栄だいえい老人は真面目な顔で言った。


 は、はあ……。


「まだ色々、お話しすることがあります。あなたと同様に、クローンから生まれた十六歳の少女がおります。その子も、とある歴史上の偉人のクローンです。近々あなたは、その方とお会いに――」

「……ちょ、ちょっと待って」


 私はめまいがしてきた。いきなり色々な衝撃しょうげき的なものを見てしまったからだ。


「いきなり色々言われても……あっ……」


 グラリ


 私はふらついた。


 急につかれがどっときた。眠気が襲ってきたのだ。


 誰かが背中を支えてくれた感触かんしょくがあった。


 あ、頭がクラクラする。


「だれか、リナを医務室に連れていって」


 背中のほうで音田おんださんの声がした。


 音田おんださんが私を支えてくれたのだ。


 私はつかれと眠気に耐えられなくなった……。

 

 やがて、頭の中が真っ白になってしまった。

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