第7話 二年ぶりの外出。そして副都心の巨大神社【令和八年】

 デン子叔母さんが私の後ろに立ち、ひきつった顔で言った。


「あんたが外に出て何になるんだい、この出来損できそこないが! あんたは一生、家の中でブルブル震えて生きていくのがお似合いなんだよ! 絶対に外に出るなんて許さないよ!」


 するとそのとき……。


「……だまりなさい」


 玄関に立っていた音田おんださんが静かにそれでいて強く言ったので、私とデン子叔母さんは目を丸くした。


 そして音田おんださんはデン子叔母さんをにらみつけて言った。


「あなたはリナが強い決心で、この玄関にいるのが分からないの?」

「は? わ、私はこの子のことを考えて言ったまでですがねえ」


 デン子叔母さんはそう言いつつも音田おんださんの迫力に押されて、一歩廊下を後ずさった。


 しかし音田おんださんはデン子叔母さんにはっきりした口調でまた言った。


「いつでもあなたを『身体的虐待ぎゃくたい』や『ネグレクト』の罪で警察に通報しても良いのですよ?」

「へ?」

「あなたがリナをたたいて、食事をまともに与えていないのは承知しょうちしてますからね!」

「は、はひっ?」


 デン子叔母さんは顔を真っ青にした。


「そ、そんな、通報なんて大袈裟おおげさな。リナのためを思った、『しつけ』じゃないですか」


 デン子叔母さんはもみ手をしながら、上目遣うわめづかいで音田おんださんを見やった。


「し、しつけじゃない」


 私は思い切って言い返した。


「暴力だよ!」


 デン子叔母さんは私の言葉を聞いて舌打ちしたが、すぐにひきつった顔で笑った。


「リナ、全部あんたのことを思ってしたことじゃないか」

「叔母さんが私のお父さんのお金を、株やパチンコに使っているの、知ってるんだから!」


 私の言葉を聞いて、ピクリとデン子叔母さんの眉をつり上がった。


 お金の話となると、叔母さんは逆上したかのように顔が赤くなった。


「はあ? 株? パチンコ? 知らないね! このバカ小娘が!」


 大ウソだ。


 叔母さんは私のお父さんのお金を、好きなように使っているんだ!


 だが、叔母さんは止まらない。


「あんた、この家に住まわせてやっている恩を感じられないとはねえ! 最低最悪の役立たず、大バカな小娘だよ、あんたは!」

「十八歳以下の子どもへの身体的虐待ぎゃくたい、ネグレクト、そして暴言の数々――。警察に通報します」


 音田おんださんがスマホに手を掛けると、デン子叔母さんは「はひっ」と声を上げた。


「そ、それだけは本当にやめてください! お願いします!」


 デン子叔母さんは音田おんださんにすがりついた。


「ダメです。通報します」


 音田おんださんがスマホの画面を指で押そうとしたとき、デン子叔母さんは床にいつくばって土下座した。


「ど、どうか! これでゆるしてください!」


 そして私を笑って見やった。


「さ、さ、さあ、外に出なさい。で、でも、早く帰ってくるんだよ、リナ」


 デン子叔母さんは不気味なくらいニコニコして、私を家から送り出した。


 しかし私と音田おんださんが家から出るとき、再び舌打ちが聞こえた。

 

 ◇ ◇ ◇


 音田おんださんは私を、道の横に停車してあった白い乗用車に乗せてくれた。


 車はすぐに発進した。

 

「リナ、池袋に行くわよ。大丈夫?」


 運転席に座って運転している音田おんださんが私に聞いた。


 ――今、私は本当は震えるほど怖い。


 二年間、家から出なかったのに、急に外に出ることになるなんて。


 池袋は南日町みなみびまちの北にある、東京の副都心だ。


 小学生の頃は、池袋のじゅくに通ってたっけ。


 怖いけど……あの声……誰だか分からないけど、「大丈夫だよ」という声が聞こえたんだ。


 きっと誰かが私を助けようとして、声をかけてくれたんだろう。


「……うん、大丈夫だよ。街に行ってみる」


 私が言うと、音田おんださんはうなずいてくれた。


 車は池袋の屋外駐車場に入った。


 音田おんださんは車を停車させた。


 ◇ ◇ ◇

 

「さあ着いたわ。降りてみましょうよ」


 音田おんださんは私をさそうように言った。


 ――私は車の開いたドアから、恐る恐る大勢の人のいる「街」に出た。


 人々はまるで何かを探し求めるように、道を行き交っていた。


 繁華街はんかがいの熱風が、私の体を抱きしめる。


 私のことを笑う人は全くいなかった。


 ◇ ◇ ◇


 私と音田おんださんは西池袋から地下街に入り、東池袋に出た。


 少し歩くと石のさく――玉垣たまがきに囲まれた敷地しきちの前に出た。


 おや? ここは神社?


 ここって……私が塾に通っていた小学校のころは、工事中だったはずだ。


「では、こっちへ」


 音田おんださんはそう言うと、大きな敷地の門の前に立った。


 門の前には男性の守衛しゅえいさんが一人いるだけだ。


「う、うわあ~! 大きい」


 私は思わず声を上げた。


 門の奥に見えるのは、玉砂利たまじゃりき詰めた美しい広場と、びっくりするほど巨大な木造の神社だ。


 木造の三階建てで、ちょっとしたデパートと同じくらい大きい。


 こ、こんな大きな神社、池袋にあったっけ?


「ここは『賢者大神殿』という場所です」


 音田おんださんはそう言い、門を通って歩いていく。


 よ、よし。私もついて行こう……。


 ◇ ◇ ◇


 気になるのは普通の神社とは違い、参拝客がまったくいないこと。


 ちらほらと白いローブの人々がき掃除をしているだけだ。


「あの白いローブを着ている人々は、『賢者』と言います」

「ケンジャ……」


 私は思わずつぶやいた。どこかで聞いたことがある言葉だな。


「さあ、中に入りましょう」


 巨大な拝殿はいでんの近くまで行くと、白いローブの人々……つまり賢者という人たちが私と音田おんださんを出迎えた。


「お待ちしておりました、善川ぜんかわリナ様」


 白ローブの老人は私を見てにこやかに言った。


 私の名前を知っているの? 驚いた……。


本殿ほんでんに入りましょう」


 老人は私にそう言った。

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