第6話 浄界のリナ、令和のリナを勇気づける【浄界八年&令和八年】

 私は浄界じょうかい八年に生きる善川ぜんかわリナ。


 ゼッコン様と思われる「人魂ひとだま雲」が消え、家に戻ることにした。


 浄界じょうかい八年の南日町みなみびまちは、ほとんどの家が木造だ。


 道を歩いていると、移動式販売の豆腐屋のラッパ――笛の音が耳の中を通り抜ける。


 お母さんはオカルト雑誌の編集長で、夜遅くまで帰ってこない。


 私は家に帰りちゃぶ台でカルメ焼きを食べ、少しお腹が満足すると眠くなってきた――。


 ◇ ◇ ◇


「んっ……?」


 ここは……部屋? 私の家の部屋ではない。


 私はハッとした。


 目の前に……目の前に!


 私に顔がそっくりの女の子が、ベッドの上に座っている。


 誰……?


「あっ!」


 私は思わず声を上げた。


「令和のリナ?」


 れ、令和という元号の世界のリナだ!


 いつも夢に出てくる、謎の引きこもりの女の子だ!


 そうか! ここは夢の中だ。私は眠っている最中なんだ。


 私は令和のリナの部屋にいて、立ちすくんでいた。


 令和のリナの夢はよく見るが、私自身が令和のリナに近づいた夢は初めてだ。


「れ、令和のリナ! こ、こんにちは」


 私は令和のリナに向かって挨拶あいさつしたが、彼女はまったく気づく様子はない。


 それにしても私と顔がそっくりだなあ……。


「令和のリナ。こっちを見て! 何か話そうよ」


 私は必死にうったえた。


 しかし、令和のリナは体育座りをしてただめ息をつくばかりだ。


 ん?

 

 そのとき、私の頭の中に声が入ってきた。


(私……外に出たほうがいいのかな。二年間も引きこもりだったのに、急に外に出る機会がやってくるなんて)


 あ、こ、これ、令和のリナの心の声だ!

 

 ――南日みなみび神社で見た夢の内容を思い出した。


 令和のリナは音田おんださんという女性に、一緒に外に出て「とある施設」に行くようにさそわれているんだっけ。


(外に出るの、怖いなあ……。だって、街の人に、「あの子ダサい」なんて言われたらショックを受けちゃうよ)


 令和のリナの髪の毛は不揃ふぞろいでボサボサだ。


 前に見た令和のリナの夢で、彼女の叔母さんが適当に切っている場面を見たことがある。


「き、気になるんだったら、帽子をかぶれば良いんだよ!」


 私は声を上げたが、令和のリナにはまったく聞こえていないようだ。


 しょうがない。もっと心の奥底から声を出そう!


「大丈夫だよ! 外に出れば、きっと道が開けるよ!」

「えっ?」


 ん?


 令和のリナは、周囲を見回している。


 え? 言葉が通じた――?


 そのとき!


 令和のリナの部屋に誰かが入ってきた。


 あ、あの意地悪なデン子叔母さんだ!


 ◇ ◇ ◇


「――リナ! リナ! 人の話を聞け! 何をぼーっとしてんだい!」

「――え? あ、は、はい……」


 私は自分の部屋で、デン子叔母さんに怒鳴られている最中だ。


 ――私は令和八年のリナ。


 私は叔母さんに怒鳴られながら、ぼーっと別のことを考えていたのだ。


 誰かに呼ばれたような気がするが、気のせいだろうか……。


「目を覚ませっ! バカタレ!」


 バシ!


 叔母さんにまた平手で左頬ひだりほおたたかれた。


 何だか、浄界じょうかいという世界のもう一人の私――浄界じょうかいのリナの夢を見ていると、私はどっちの世界のリナなのか分からなくなることがある。


 三十分前、昼寝をしていたときに見た夢では、浄界じょうかいのリナが出てきた。


 そして彼女は、神社で「ゼッコン様」に遭遇そうぐうしたのだ。


「リナ! 話を聞いてんのかい! あんた、灰堂はいどう先生を怒らせてしまったじゃないか。来週も訪問を予約するから、そのときに土下座してあやまりな!」


 デン子叔母さんはまた怒鳴った。


 叔母さんは有名カウンセラー、灰堂はいどう先生におねつだ。


 訪問料は私のお父さんの貯金を使っているから、自分のお金は使わずしの先生を自分の家に呼び放題というわけだ。


 その一方で、私のお父さんの貯金で株や趣味のパチンコにも精を出している。


灰堂はいどう先生は素晴らしいカウンセラーさんなんだからね! 私もカウンセリングを受けたいくらいだよ!」


 叔母さんそう叫び、首を横に振って感極まっているような表情を見せた。


 私に勝手な病名をつけて、無理矢理入院させようとするカウンセラーのどこが素晴らしいんだ?


 私は叔母さんの「灰堂はいどう先生に謝罪しろ」という要求を聞き流し、またぼーっと別のことを考えていた。


 私は二年間部屋に引きこもっているが、音田おんださんという人に外に出るようにさそわれた。


(外に出るなんて……怖い!)


 私が迷っていると……。


「人の話を聞いているのかああっ!」


 ガス!


 デン子叔母さんは私の勉強机の椅子を蹴っ飛ばした。


「まったくドブネズミ以下の役立たずだよ、お前はああっ!」


 叔母さんは床に置いてあったビニール袋を私に投げつけてきた。


 中身は100円ショップで買った菓子パン一個とパックのジュースだ。


 これが私の一日の食事……。


 そしてデン子叔母さんは乱暴に部屋を出ていった。


 ――そもそも、私が外に出ることをデン子叔母さんがゆるすだろうか?


 パンを食べようと口を開けたとき、私の中に何かがひびいた。


「――もう一度、もう一度言うよ! 大丈夫だよ! 外に出れば、きっと道が開けるよ」


 えっ? 誰の声?


 私は周囲を見回した。


 でも、誰もいない。


 この声……私にそっくり。


 もしかして浄界じょうかいのリナの声?


「まさか。そんなバカなことがあるわけない!」


 私は叫んだ。


 あの子は夢の中の女の子だし。


 でも、外に出れば、道が開ける……か。


 なぜか私は心の中が熱くなってきているのを、自分で感じていた。


 ちょ、ちょっとだけ……外に出てみようかな。


 ◇ ◇ ◇


「よく決心してくれたわ」


 翌日の昼――十三時、音田おんださんが玄関にむかえに来てくれた。


「べ、別に決心したわけじゃないけど……まあ、外に出てもいいかなって」


 よく分からない声――もしかたら浄界のリナ――? ……にはげまされて、なぜか外に出なくちゃならない気がした……。


 私は帽子をかぶりスウェットのまま外に出ることになった。


 くつは久しぶりにはいた。


「何をコソコソしているかと思えば、リナ、あんた、外に出るんだって? 引きこもりのあんたが?」


 デン子叔母さんが私の後ろに立ち、ひきつった顔で言った。


「あんたが外に出て何になるんだい、この出来損できそこないが! あんたは一生、家の中でブルブル震えて生きていくのがお似合いなんだよ! 絶対に外に出るなんて許さないよ!」


 するとそのとき……。


「……だまりなさい」


 玄関に立っていた音田おんださんが静かにそれでいて強く言ったので、私とデン子叔母さんは目を丸くした。

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