第5話 ゼッコン様が来る②【浄界八年】

 ここは南日みなみび神社――。私は浄界じょうかい世界の善川ぜんかわリナ。


 夢に現れる「令和世界の善川ぜんかわリナ」もいるので、私は自分を「浄界じょうかい世界の善川ぜんかわリナなんだ」と一応、考えることにした。


 山内レイジは小銃しょうじゅうを持ちながら、私に言った。


善川ぜんかわ、手元が狂ったらヤバいから、掛け声かけてくれないか。学校でやってるように復唱ふくしょうする」

「え? あ、うん」


 うなずいてみたが、いきなり言われたので緊張する。でも、「ジャドロモノ」を駆除くじょしないと。


 私は何とか普段、番沢ばんざわ先生が言うように山内レイジに言った。


「し、姿勢点検!」

「おう、姿勢点検」


 彼は復唱ふくしょうし、「立射りっしゃ」もしくは「立ちち」という構えで、小銃しょうじゅうを構え地面のジャドロモノに向けた。


 立射りっしゃは立って小銃しょうじゅうを撃つ射撃しゃげき方法だ。

 

 小銃しょうじゅうは反動があるし、立射りっしゃは体の安定はしないが、近距離の射撃しゃげきに向いているち方だ。


立射りっしゃよーい、て!」


 私は叫んだ。


 かわいた音とともに、山内レイジは小銃しょうじゅうを下に向けてった。


 するとジャドロモノはうめき声をあげ、紫色の血を噴出ふんしゅつして絶命ぜつめいした。


 この血液に毒がある。


「ふ、ふう」


 山内レイジはセレクターを安全装置の部分に回し合わせてから、汗を手でぬぐった。


 ジャドロモノの血液は、煙のように蒸散じょうさんしていく。


血煙ちけむりを吸い込まないように! 本に書いてあったぞ。血を吸い込むと毒が体に回ってしまう」


 本屋の主人は声を上げ、皆をジャドロモノから遠ざけた。


 私はため息をついた。


 まさか自分の家の近くで、本物のジャドロモノと遭遇そうぐうするとは。


「ひゅ~。見たか、善川ぜんかわ。俺の射撃の腕!」


 山内レイジは私のほうを見て、ニヤリと笑った。


 あーあ、やっぱりお調子者。そんなドヤ顔するから、モテないんだよ。


「まあ、何とかなったな」


 山内レイジがそう言ったとき、神主かんぬしさんが声を上げた。


「ゼ、ゼッコン様だ! ゼッコン様が来たぞ!」

「ああ! 見ろ!」


 私の横にいた八百屋の主人が叫んだ。


 まるでジェット機のように、神社の上空を何かが飛んでいった。


 何だ?


 ……飛行機?


 いや、鉄の棒?


 破裂音はれつおんひびいた。


 その「何か」は東にある、マンションの貯水搭ちょすいとうつらぬいてしまったのだ。


 そのまま飛行体は、どこかに飛んでいってしまった。


「お、おい! あれを見ろ!」


 本屋の主人が声を上げる。


 高台――神社から見える新宿区の高層ビル群の上空に、人魂ひとだまのような形をした雲が浮かんでいる。


 それが一瞬で、こちらの南日みなみび神社の頭上に来た! は、速い動きだ。


「う、うわあああっ」


 神社の境内けいだいにいる人々が、悲鳴を上げた。


 その人魂ひとだまのような不気味な雲には腕がある。


 そして人魂ひとだま雲の先端には人間のような……魔物のような顔がある。


「こ、これがゼッコン様か」


 山内レイジがつぶやいた。


 雲の顔はニッコリ笑ったり、怒ったり表情を変えたりして恐ろしく不気味だ。


 愛嬌あいきょうがあるというよりは、でかすぎてこの世のものとは思えない。


 大きさは、ジャンボジェットが三台重なったくらいの大きさか?


 人魂ひとだま雲には両手があり、手には強大なやり……いや、巨大フォークを持っている。


 鉄製なのか何なのか、金属製にも見えるが……。


「あ、あれは生き物なのか?」


 山内レイジが私に聞いてくるが、私はもう怖くてとても答えられない。


 さっき貯水搭ちょすいとうを破壊したのは、あの巨大なフォークってことか。


 だけどさっき投げたはずなのに、まだ持っている?


「ひいいっ!」


 モニカが真っ青な顔で悲鳴を上げている。


「あんな生物、この世に存在するのぉ?」


 さっきまで強がってたのに。一方のパン子はオロオロするばかりだ。


 ブン


 そんな音ともに、雲の化け物――人魂ひとだま雲は武器――と思われる巨大フォークを投げた。


 今度は向こうの風呂屋の煙突えんとつを破壊した。


 その瞬間、再び人魂ひとだま雲の右手に巨大フォークが現れた。


 何度でも再生ってわけ? どういう仕組み?


「おい見ろ。あの雲野郎くもやろうの真下……」


 山内レイジが神社の下の道路を見下ろしながら、私に言った。


 おや? 人魂ひとだま雲の下の大通りに赤いローブ姿の人々が集まってきている。


 人魂ひとだま雲を見上げているようだ。


「あれは……!」


 神主かんぬしさんが声を上げた。


「ふ、ふむ? 『浄霊天じょうれいてん教』の人々ですな……。なぜ?」


 浄霊天じょうれいてん教とは、今の日本政府そのものであり、支配者「卑弥呼ひみこ」を支える組織である。


 赤ローブの人々は、フワフワと浮かんでニコニコしたり怒ったりしている人魂ひとだま雲を見やりつつ、何か作業をしている。


制御せいぎょしろ!」


 そんな声がかすかに聞こえた。


 すると突然、人魂ひとだま雲の前に真っ黒い巨大な影のようなものがあらわれた。


 空に円形の黒い影が浮かんでいる……。


 するとその人魂ひとだま雲はその影の中に吸い込まれてしまった。


雲野郎くもやろうが消える!」


 山内レイジが声を上げた。


 人魂ひとだま雲はその不思議な空の陰の中に入っていってしまった。


 そしてそのまま姿を消してしまったのだ。


「た、助かった!」


 神社の境内けいだいにいる人々は、安堵あんどの声を上げた。


 しかし、私は嫌な予感がしていた。


 まさかあの人魂ひとだま雲……!


 別の世界に送り込まれたんじゃないか……?


 そんな直感がよぎった。

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