第39話 リナ、日本で一番偉い政治家に会うことになってしまう【令和八年】

「私たちが浄界じょうかい日本に行くってこと?」


 私が声を上げると、ウォンダさんはくちびるみしめてだまっていた。


 確か浄界じょうかい日本って、太平洋のハワイの上あたりにある大陸だっけ?


「今回の作戦、私は……」


 ウォンダさんが何か言おうとしたとき、横から「頑張がんばってくれたまえよ、学生たち!」と聞き覚えのある声がした。


 私たちの横に立っていたのは賢者の財務ざいむ管理を担当する白人男性賢者、バロウ・ジェスター氏だ。


 ちなみに賢者は卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校を創立そうりつした人々であり、鬼道きどうという術を現代に伝える術師……らしい。


 ジェスター氏は緑色のローブを羽織っている。


 私の嫌いな人物だ……。


「君たちが浄界じょうかい日本に乗り込むんだって? とても良いことだ!」


 ジェスター氏は私たちに向かって拍手はくしゅしながら、いつになく協力的に言った。


 私たちを応援おうえんするなんて珍しい……。


「ぜひこの上陸作戦を遂行すいこうしてくれたまえ」

「ダメです! この子たちにはやらせません!」


 おや?


 ウォンダさんが逆に反対している……。


「なぜだね、ウォンダ君? 浄界じょうかい日本に乗り込んで浄霊天じょうれいてん教を破壊すれば、ゼッコン様の脅威きょういはなくなる! 日本は安泰あんたい、良いことばかりではないか」

「危険です! 相手の本拠地ほんきょちに乗り込むようなものなのですよ!」

 

 ウォンダさんが声を上げた。


 そ、そうか!


 浄界じょうかい日本は敵ばっかり、浄霊天じょうれいてん教の本拠地ほんきょちなんだ。


 私はゾッとした。


 するとジェスター氏はニヤリと笑った。


「そこに攻め込むからこそ敵の勢力を叩き落せるのではないか。それともこの子どもたちは、本拠地ほんきょちに乗り込んで失敗して死んでしまうとでもいうのかね?」


 ジェスター氏は笑って、アリサをジロリと見やった。


 し、死ぬ?


 私とチャコは顔を見合わせた。


 何だか怖くなってきた……。


「おいおっさん! あたしたちが死ぬわけないだろうが!」


 アリサがジェスター氏に向かって声を上げた。


 ジェスター氏はまたいっそう笑みを浮かべたような気がした。


「あたしたちが死ぬもんか。絶対に上陸作戦を成功させてやる!」

「ジェスターさんの挑発ちょうはつに乗っちゃダメよ、アリサ!」


 ウォンダさんはしかるように叫んだ。


 そしてウォンダさんはジェスター氏をにらんで、私たちに言った。


「この人、あなたたちが上陸作戦を失敗することを願っているのよ……。そうすれば卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校が解体される可能性が高まる。賢者の財務ざいむの支出が大幅おおはばに減らせるってわけ」


 え? そ、そういうこと?


 どうりでいつになく、ジェスター氏は私たちを応援してくれると思った……。


 ジェスター氏はクスクス笑って言った。


「おやおや。私はこの子たちの活躍かつやくを、真剣に応援おうえんしているんですよ。見事に上陸作戦を成功させてくれると信じています。まあ、浄界じょうかい日本で死ぬ確率は高いけど……」


 ジェスター氏はそう言ってドームを出ていってしまった。


 彼の言葉の端々はしばしに、嫌な雰囲気ふんいきを感じた。


「あなたたち――とくにアリサ。分かったでしょ。浄界じょうかい日本に上陸するということは、恐ろしく危険なことなの。この件は大人にまかせなさい」

「へっ、嫌だね。あそこまで言われて引き下がれるかってんだ」


 アリサが言うと、ウォンダさんは「ダメよ!」と声をあらげた。


「死にたいの? あなたたちは若い。戦闘経験も浅いのよ」

「じゃあ、誰がゼッコン様や邪霊物じゃれいぶつってのを殺せるんだよ」


 アリサが腕組みしながらウォンダさんを見やった。


 そう……ゼッコン様や邪霊物じゃれいぶつは、確か私たちしかあつかえない「24にいよん人力砲じんりきほう」でしか殺せなかったはずだ。


 ウォンダさんはくちびるみしめ、そして言った。


「それは……。いい? この件のことは忘れなさい」

「レクイヤー賢者長!」


 白色のローブを羽織った女性賢者の一人が、急いでドーム内に入ってきた。


 そして叫ぶように声を上げた。


「し、至急しきゅう、千代田区の永田町、2丁目3番1号に向かってください。『例の方』がレクイヤー賢者長とリナさん、アリサさん、今里さんをお呼びになっています」


 レクイヤー賢者長って誰? と思ったが、ウォンダさんのことか。


 賢者って卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校を創設そうせつした人たちてことくらいしか、いまだに何者かよく分からないんだけど……。


 そんなことを思っていると、チャコが「え? え? ど、ど、どういうこと?」と声を上げている。


「どうしたの、そんなにあわてて」


 私は様子のおかしいチャコを見たが、彼女はいきなり声を上げた。


「永田町の2丁目3番1号って、た、大変な場所ですよ!」

「大変な場所って……どういう……?」

「首相官邸かんていがある場所です!」

「しゅしょうかんて……い?」


 最近、至急されたスマホでネットニュースを見るようになったけど……。


 一応、首相官邸かんていというところが政治に関係する場所、というのは知っている。

 

 えーっと確か……?


 チャコが叫んだ。


「日本の首相――内閣ないかく総理大臣が重要な会議を行う場所です! 恐らく私たちは、これからこの国の総理大臣に会うんですよ!」

「ええええ? 総理大臣に会う?」


 私が声を上げていると、ウォンダさんが私たちのほうを向いて言った。


「三人とも! これから私たちは首相官邸かんてい城山しろやますぐる総理大臣に会います。恐らく浄界じょうかい日本の上陸作戦のことをおっしゃるのだと思うけど……。は、早く外に出て車に乗りましょう!」


 ウォンダさんもいつになくあわてている。


「そ、そ、総理大臣……」


 私がいくら政治にうとくても、総理大臣が日本で一番偉い政治家ということは知っている。


「ソーリーだいじんって誰だよ? この国の国王ってことか?」


 アリサがそう言って首をかしげていたが、まあまあ正解……なのかな?


 ――私たちはいきなり日本の総理大臣に会うことになってしまった!

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