第3話 私の部屋の侍【令和八年】

「いい加減におし! リナ!」


 誰かの怒鳴り声で、私は再びハッと目を覚ました。


 私の右ほほかわいた音を立てた。


 気付くとデン子叔母さんが目の前にいて、私のほおを叩いていたのだ。


「また眠っていたのかい! 起きな!」


 ここは……。私の部屋だ。私はベッドで寝ていたようだ。時刻は昼の十四時半。


 えーっと……私はさっきまで高校にいたっけ?


 それで自衛隊みたいなじゅうを持って、撃っていた。


(ああ……そうだ。あれはいつもの……あの夢だったんだ)


 私はようやく我に返ってつぶやいた。


 あれはいつも見る「もう一人の私」の夢だ。


 それにしてもあんな学校が、この世にあるんだろうか? 


 右ほおが痛む。デン子叔母さんにたたかれたからだ。


「それにしてもいつもながら、リアルな夢だよね……」


 私は小さくつぶやく。壁掛けカレンダーを見ると、令和八年だ。


 向こうの夢の世界は確か、浄界じょうかいという元号だった。


「何をブツブツ言ってるんだい!」


 デン子叔母さんは、ベッドの上の私を見下ろしながら声を上げた。

 

「また灰堂はいどう先生がいらっしゃっているからね!」


 私は驚いた。カウンセリングは月曜日と木曜日だけ。


 月曜日だった昨日も来たはずだ。


「ど、どうして?」

「さあね。先生はあんたに話したいことがあるんだとさ。――まあ、私はあんたの父親の金を使い放題だからね。どれだけカウンセラーが来ようが、金はたんまりある。先生はもう一階に来られているから、呼んでくるよ」


 デン子叔母さんが下に降りて三分後。


 ギシッ、ギシッ


 階段を上がる、嫌な音が聞こえてきた。


 ◇ ◇ ◇


「またか! そのくだらん話をやめろ!」


 灰堂はいどう先生は怒鳴った。


 灰堂はいどう先生は私の部屋に入ってきて、カウンセリングを開始していた。

 

 私は思い切って、さっきの不思議な浄界じょうかい世界の学校の夢を話しただけだ。


「別世界の自分を見るだと? 元号が違う? 支配者は卑弥呼ひみこだと? 私はそんなくだらん夢の話など聞きたくないね。今の自分の状態、現実だけを話せ!」

「で、でもあの夢は、何か意味があるんじゃないかと思うんです」

「君は頭の病気だよ。今日は、君に大学病院に入院をすすめに来たんだ」

「は、はあっ?」

「入院しろ。君はまったく良くなっていない。こんなにカウンセラーにウソばかりついて、ひどい症状しょうじょうだ。本当に幻覚が見えているかもしれん」

「い、嫌!」


 もちろんカウンセラーは医者ではないので、灰堂はいどう先生が入院させる力を持っているわけではない。


 しかし彼は顔が広く、精神科や心療しんりょう内科医の知り合いがたくさんいる。


 灰堂はいどう先生は電子タブレットで何かを書き始めた。


 ま、まさか? 医者への紹介状しょうかいじょう


「先生、おやめください」


 今日も後ろに立っていた助手の音田おんださんが声を上げた。


「……ちょっと今日は、リナさんを私にまかせてもらえませんか?」

「冗談じゃない。何で助手のお前なんぞに、私の依頼者クライアントまかせなきゃならんのだ」


 灰堂はいどう先生は音田おんださんをにらみ、首を横に振った。


「このウソつきの強情な子どもは、さっさと閉鎖病棟へいさびょうとうやらに入院させればいい!」


 そのとき――。


(えっ?)


 私は声を上げそうになった。


 灰堂はいどう先生の横に、いつの間にか男が立っている。


 その男は、着物を着ている。


 ちょんまげ姿……? 

 

 さ、さむらいだ! な、何で? い、いつの間にこの部屋に入ってきたの?


「う、うわ! な、何だね! 君は」


 灰堂はいどう先生も、さむらいに気付いたようだ。


「そこの御仁ごじんらせてもらうぞ」


 さむらいは刀を腰のさやから抜き、上に振り上げた。明らかに灰堂はいどう先生を攻撃しようとしている。


「な、何かの冗談だろ? な、なんだこれは」


 灰堂はいどう先生がそう叫んだとき――。


 灰堂はいどう先生の顔の前を、刀が通り過ぎていった。


 なぜか私の部屋にいる謎のさむらいが、刀を上段りしたのだ。


「は、ひいっ!」

 

 灰堂はいどう先生は椅子から倒れ込んだ。


 もう一度空気を切りく音がして、刀が灰堂はいどう先生の腕をかすめた。


「う、うわあ! 何が起こっとるんだ」


 灰堂はいどう先生はあわてて立ち上がり、「何なんだ、このいたずらは! お前の仕業しわざか? ゆ、許さんぞ」と叫びつつ私に詰め寄った。


 ビュ

 

 今度はそんな音とともに、さむらいの刀が灰堂はいどう先生の頭上をかすめた。


「ひゃい!」


 あのたくましい筋肉質な体が、弱々しく床に転がった。


 彼は私と音田おんださんをにらみつけた。


「お、お前ら~! そ、そうか、お前ら俺を痛めつけようと、こんなヤツを仕込んでいたんだな!」

「どうでもいいが、用が済んだら、け」


 さむらい灰堂はいどう先生の尻を蹴っ飛ばした。


 灰堂はいどう先生は叫び声なのか怒鳴り声なのかよく分からない声を上げながら、部屋の外に出ていった。


 そして玄関の扉が開いて閉まった音が聞こえた。


 灰堂はいどう先生は外に逃げていったようだ。


「用事があるならば、また呼ぶがよい」


 さむらいはそう言い、スッと姿を消した。


 部屋には私と音田おんださんだけが残された。


 デン子叔母さんは外にパチンコに行ってしまっているようだ。


閉鎖病棟へいさびょうとうに入院せずにすんだわね。でも入院が悪いというわけではないのよ」


 音田おんださんは言った。


 意味がさっぱり分からない。何で、私の部屋にさむらいがいたの?


 私は怖くてベッドのすみでブルブル震えていた。


「い、今のおさむらいは何?」

「今のは賢者があつかう『鬼道きどう』という術です」


 音田おんださんは言った。


「あなたの部屋にいたさむらい浮遊霊ふゆうれい可視化かしかさせ、先生をおどかしただけよ」


 ケンジャ……キドウ……フユウレイ……カシカ……。


 意味が分からない。


 さむらいはもういない。


 私はベッドに座り直した。


「あなたの夢の話、興味深いわ」


 音田おんださんはそう言ったので、私は驚いた。


「もっと色々お話を聞きたいわね。私もさっきの『賢者』の術――『鬼道きどう』の秘密を、くわしくあなたに話したいわ。ただし、私からあなたにお願いがあるの」

 

 音田おんださんは続けた。


「一緒に、とある場所に行ってほしいのです」


 私はギョッとした。え? 外に出る? 私は二年間も家から出ていない。引きこもりだ。


「『PROJECT.U』を研究している場所よ。あなたの右手の甲に書いてあるPROJECT.Uを研究している施設です」


 音田おんださんは私の右手の甲を見て、そう言った。


 しかし相変わらず、私の右手の甲には何も書いていない。


「どうする? 行く?」

 

 音田おんださんは聞いた。


 私はドキドキしていた。


 一体、この音田おんださんという女性は何者なんだろう?

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