第2話 浄界八年の善川リナ【浄界八年】

 私――善川ぜんかわリナは目が覚めた。


 ここは……小さい部屋だった。正面は全面ガラス張り。ベンチに高校のクラスメートが座っている。


 私は変な夢を見ていたな、と思った。自分の部屋で、体の大きな男の人に怒られる夢……。


 確か、あの部屋の壁にられたカレンダーには、「令和八年 六月」と書かれていた。


 だが、私の後ろにられたカレンダーには、「浄界じょうかい八年 六月」と書かれている。当然だ。今は浄界八年なのだから。


「リナ! あんた、早く起きなよ。バカ! ノロマ!」


 左隣ひだりどなりから聞き覚えのある声がした。トゲのある女子の声だ。


 ぼんやりした頭で左隣ひだりどなりを見ると、坊原ぼうはらモニカがこっちをにらんでいた。


 そのとき――。


 外でかわいた破裂音はれつおんがした。


 ――いつもの銃撃じゅうげきの音だ。


「起きろ! 善川ぜんかわ!」


 頭の上から、大人の男性の声がした。


 私はようやくハッとした。


「お前は戦場でも眠っているつもりか!」


 私はベンチに座って寝ていたようだ。


 見上げると、目の前には若い男性が腕組みをして立っていた。――先生だ。


善川ぜんかわ、次はお前の番だっ! 外に出て小銃しょうじゅうを持ち、『膝撃ひざう射撃しゃげき』だ!」


 射撃科しゃげきか番沢ばんざわサトル先生だ。


 二十代の若い男性教師で、女子からは人気があるがかなり厳しい先生。


 私は善川ぜんかわリナ。十六歳の高校生。新宿区高田馬場たかだのばばにある、この間山まやま高校に通っている。


 ――そして今私がいる部屋は、正面が全面防弾ガラス張りの「射撃しゃげきひかえ室」だ。


 ガラスの外は芝生しばふ広場が広がっていた。


 屋外射撃しゃげき場だ。


 このひかえ室でクラスメートの射撃しゃげきを見つつ、自分の射撃しゃげきの順番を待つ。


「早くしろよ! マジで順番つかえてんだから」


 私の腕を、左に座っていた坊原ぼうはらモニカはひじで思いきりいた。

 

 い、いたッ!


 モニカはイギリス人とのハーフで、家がお金持ちのおじょう様だ。


「トロいんだよ、バカ」


 前の席に座っていた、モニカの手下のパン子も立ち上がり、私のひざを蹴った。


 ちなみにパン子の本名は反畑はんばた葉子はこだ。

 

 あだ名のパン子は、家がパン屋だからきているらしい。


 一方のモニカはきれいな茶色い髪の毛で顔立ちも美女で、とても目立つ存在だ。


 ちなみにこの学校の制服は、ブレザー。


 今も緊急きんきゅう時を想定して、制服を着て射撃しゃげきの授業を受けている。


「さっさと行けや! マジおせぇ」


 背中に衝撃しょうげきを感じた。


 モニカに背中を蹴られたのだ。すぐに私はひかえ室の外に出た。


 そして背中の痛みを感じながら、外の銃置じゅうおき場に置いてあった23にいさん小銃しょうじゅうを構えた。


膝撃ひざうちの姿勢を取れっ」


 番沢ばんざわ先生が声を上げたので、私は芝生しばふ広場に立ちまとの前で復唱ふくしょうするように叫んだ。


「はい、膝撃ひざうちの姿勢を取ります!」


 私はもうバッチリ目が覚めている。番沢ばんざわ先生は声を上げた。


「姿勢点検!」

「はい、姿勢点検!」


 私は左片膝かたひざをついて、小銃しょうじゅうの「肩当て」を右肩につけた。そして「銃床じゅうしょう」に右ほおを乗せて構える。


 えーっと、心持ち、重心を前にする……だっけ?


射撃しゃげきよーい、三発て!」


 番沢ばんさわ先生の掛け声とともに、私は引き金を引いた。


 かわいた音が鳴る。一発、二発、三発――。


 ふう、と息をついたとき、番沢ばんざわ先生の声がひびいた。


「安全装置確認!」

「あっ、は、はい! 安全装置確認!」


 私は指で小銃しょうじゅうの装置を「ア」の部分に回し確認して、立ち上がった。


 先生がまとを確認しにいくと、「ダメだ! 善川ぜんかわ!」と声を上げた。

 

「まったくまとに当たっていない! 寝ぼけとるからだ」


 生徒が一通り撃ち終わると、番沢ばんざわ先生が声を上げた。


「――皆、外に出て整列!」


 モニカとパン子は外に出て、私を見て、「バーカ」と言い笑いながら整列した。


 他の生徒たちも素早く並び、「休め」の姿勢を取る。


 私はくやしくて泣きそうになった。


 モニカたちは二発もまとに当てた。


「ダメだ、お前たちはまったくなっていない。このままでは『ゼッコン様』に全員殺されるぞ!」


 番沢ばんざわ先生は、腕組みしながら声を上げた。


 ゼッコン様とは、現在の日本国に出現する謎の敵だ。


 漢字では「絶魂様」と書くらしい。なぜ敵に「様」をつけるのか、分からない。


「この間は、北海道に『ゼッコン様』が出現した。――百名が殺された」


 番沢ばんざわ先生はくやしそうに言った。


 だが、私はそのゼッコン様なる敵の姿を見たことがない。


 政治家は携帯けいたい型のテレビや、携帯けいたい型の通信機器を持っているという。


 しかし、一般庶民しょみんの私たちの通信手段は家の固定電話だけだし、情報を得るのはテレビのニュースだけだ。


 そのテレビのニュースに、ゼッコン様の映像は一切、放送されない。


「政府は君たち高校生に小銃しょうじゅうの訓練をさせている。しかし、小銃しょうじゅうでゼッコン様を殺すことができるのかは、私にも分からん」


 番沢ばんざわ先生は私たちをながめて言った。


「心身をきたえ武器の扱いを知ることは、今の日本の情勢において重要なことだ。私は君たち若い人たちがいつか、ゼッコン様を殲滅せんめつさせてくれると信じている」


 そして続けて言った。


「いいか、けしてゼッコン様を恐れるな。私もそいつの姿は見たことがない。だが、恐れることはない。人間は可能性があるからだ――。では、解散!」


 ◇ ◇ ◇


 学校の放課後――私は国鉄こくてつの山手線に乗って、私の家がある池袋に戻ってきた。


 私の家は池袋の南にある南日町みなみびまちにある。


 切符切りの駅員さんが、私の切符を切った。


 私は改札口を出て、伸びをした。


 私はいつも学校帰りに寄る、池袋の地下街にある本屋に行った。


『知っての通り、我が国は【浄霊天じょうれいてん教】が政治を動かしており、その頂点におられるのが【卑弥呼ひみこ様】です』


 レジのおじさん店主が見ているブラウン管テレビには、ワイドショーが映っている。女性司会者が胸を張って言った。


 卑弥呼ひみことは、大昔――三世紀ごろ、日本にいた女王の卑弥呼ひみこのことではない。


 現代に生きる謎の支配者「卑弥呼ひみこ」のことである。


 ワイドショーの女性司会者は続けて言った。


「今の卑弥呼ひみこ様は十六歳。八歳のときに卑弥呼ひみこ様に就任しゅうにんされました。そのとき、最初のお仕事が元号『浄界じょうかい』を制定されるという大仕事でした」


 しかしそのとき――。


 ワイドショーの番組に嫌な電子音が響いた。


「ニュース速報だ!」


 店主のおじさんが叫んだ。


 テロップが上に出ている。


『ニュース速報 東京池袋に【ゼッコン様】が出現。池袋周辺に住む人は、神社やお寺などにお逃げください』


 えっ?


 私はあわてた。


 これ本当? ゼッコン様がこの近くに来るって?


 私は素早く本屋を出た。

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