卑弥呼の転生者~令和の時代に、卑弥呼の私が生まれた。私が鬼道の術で日本を救います!

武志

第1話 PROJECT.U【令和八年】

 外では静寂せいじゃくの中に落ちていくような、静かな梅雨つゆ雨音あまおとがしていた。


 それは令和八年、六月のある日のことだった――。


「もう一人の私がいるような気がする。夢で見たの! その子はじゅうを持っているの……!」


 私――善川ぜんかわリナはベッドの上で泣きながら叫んだ。


 明らかに私はおかしいことを言っている。それは分かっている。


 でも私は、「もう一人の私」の夢を見たのだ――。


 ここは私の自分の部屋、子ども部屋だ。


「もう一人のあんただって? じゅうだって? またわけの分からないことを言って!」


 私の奇妙な言葉を聞いて、デン子叔母さんが声をあらげた。


 私は十六歳の女の子。


 いつもベッドの上に座っている。


 本来は高校一年生になっている年齢ねんれいだが、十四歳から二年間、家に引きこもっているのだ。


 ――私が引きこもったのは、中学一年生のときクラスメートからいじめられたのが原因だった。


「……そんな夢を見たんだよ」


 私は恐る恐る、叔母さんに言った。


「……その子は私にそっくりなの。それに私は、誰かの生まれ変わり――だと思う」

だまれっ! だまれっ! だまれええっ!」


 デン子叔母さんは、私のほおたたいた。


 私のほおに電流のような痛みが走る。


「いつまでそんな絵空事えそらごとを言うつもり! 気持ち悪いんだよっ! このバカ!」


 デン子叔母さんの本名は浮屋うきや芳子よしこ


 いつも一階の机で、電卓を使い株とパチンコ代の計算をしている。


 だから私は、「デン子叔母さん」とひそかに呼んでいる。


 ――部屋の壁にられたカレンダーには、「令和れいわ八年 六月」と書かれている。


「た、確かにそれは夢だよ。でも、もう一人の私は、実際に本当にいる気がする」


 私はベッドの上で、デン子叔母さんに向かって叫んだ。


 私は、私にそっくりの女の子の夢をよく見る。


 彼女は制服を着て、じゅうを撃っていた。


「うるさいっ! 口を閉じろ!」


 私を、デン子叔母さんは一喝いっかつした。


 デン子叔母さんは私のお父さんの妹だ。


 私のお父さん――善川ぜんかわ浄一じょういちは、十年前から行方不明だ。


 だからデン子叔母さんは、私を自分の家であずかるしかなかった。


「この頭のおかしい子どもが! 一階に灰堂はいどう先生を待たせているから、すぐに上がってきてもらうからね!」

「……ええっ? あの先生、もう嫌だ!」


 デン子叔母さんは私の言葉を無視して私の部屋を出て、一階に降りて行ってしまった。


 そして――。


 ギシッ、ギシッ。


 心をみつけ、きしむような階段を上がる音がする。


 灰堂はいどう先生の足音だ。


「またくだらんバカなことを言っているのかね! リナ」


 そんな声とともに、乱暴に部屋の扉が開いた。


 そして、筋肉質の巨漢きょかんの男が私の部屋に入ってきた。

 

 彼はまるで達磨だるまのような形相ぎょうそうで、私の部屋の椅子いすに腰かけた。


「バ、バカなことじゃない」


 私は抗弁こうべんした。


「そんな夢を見るんです。でも、もう一人の私は本当にいると思う」

「くっだらん!」


 灰堂はいどう牛治ぎゅうじ氏は怒鳴った。


 彼は五十二歳のカウンセラー。


 テレビ出演が数十回もあり、有名なカウンセラーだ。


 体をきたえているらしく筋肉質。ヒゲを生やしている。肩幅かたはばが広い。

 

 カウンセラーは私のような引きこもりの子の家に、保護者が依頼し訪問してくる場合が多い。

 

「君の言っていることは妄想もうそうというものだ! いい加減、真面目にカウンセリングを受けてくれんものかね!」


 灰堂はいどう先生は舌打ちをしつつ言った。


 彼の後ろには女性の助手さんが立っている。


 彼女が来るのは三回目だ。


 きれいな人だ。髪の毛を後ろでまとめている。


 年齢は三十代なかばくらいか。


「……そ、それに私は……誰かの生まれ変わりのような気がする」


 これは夢で見たことではないが、私は、普段なんとなく感じていることをそのまま言ってしまった。


「誰の生まれ変わりだと言うんだ?」

「……卑弥呼ひみこ


 えっ?


 私はそんなことを言うつもりはなかった。


 なぜか、口から勝手にそんな言葉が出てきてしまったのだ。


 まるで私の奥の魂が、私に言わせたように……。


「その……卑弥呼ひみこというのは、弥生やよい時代の卑弥呼ひみこかぁ? くだらん、まったくもってくだらん」


 灰堂はいどう先生は舌打ちした。


 確かに私は常々つねづね、自分は「誰かの生まれ変わりかも知れない」と考えていた。


 まさか自分があの歴史上の偉人いじん卑弥呼ひみこの生まれ変わりだなんて考えたこともない。


 しかし今、のどの奥から、なぜか「卑弥呼ひみこ」という言葉が飛び出てきてしまったのだ。


重症じゅうしょうだな。おい! この子は妄想もうそう幻覚げんかく症候群しょうこうぐんだ。音田おんだ君、記録しておけ」


 灰堂はいどう先生は助手の女性に言った。


「先生、そんな勝手に病名をつけられては……」


 助手の女性は静かに言った。


 ――カウンセラーは医者ではない。


 医者のように勝手にクライアント――依頼者に病名をつける権限けんげんは持っていないのだ。


 しかしこの灰堂はいどう先生は自分が立派な人間だと勘違かんちがいしすぎて、病名を勝手につけて良いと考えているのだ。


「良いんだ。私は有名人なんだぞ! いそがしい。さっさとそう記録しておけばいいんだ!」

「そんないい加減な」

「私が妄想もうそう幻覚げんかく症候群しょうこうぐんだといったら、妄想もうそう幻覚げんかく症候群しょうこうぐんだ! さっさと書け!」


 灰堂はいどう先生は助手の音田おんださんに怒鳴った。


 私は震えあがったが、音田おんださんは冷静に「分かりました」と言った。


 そして電子タブレットに指で何かを打ち込み始めた。


「おい、音田おんだ君。診察しんさつ記録を書き終えたらもう行こう。今日は、これ以上のカウンセリングは無駄むだだ。他の依頼者クライアントが待っている」


 灰堂はいどう先生は左手で顔をぬぐって、やれやれという風に立ち上がった。

 

音田おんだ君、私は先に外に出ているぞ!」


 灰堂はいどう先生はさっさと私の部屋を出て行ってしまった。


「あの……」


 私は思わず、音田おんださんに言った。


 すると……。


「PROJECT.U……」


 え?


 音田おんださんは私の右手の甲を見て言った。


「あなたの手の甲には、そう書いてある」


 プロジェクト……何? どういう意味?


 私は右手の甲を見た。


 だがそんな言葉は、どこにも書いてなかった。


「また来ますね」


 音田おんださんはニコッと笑いそう言いつつ、部屋を出ていった。


(ん……)


 私は急に眠くなった。


 私はいつも、突然眠くなる。


 私は仕方なくベッドに横になると……そのまま寝てしまった。


 ◇ ◇ ◇


 私――善川ぜんかわリナは目が覚めた。


 ……周囲を見回す。


 かみなりのようなかわいた銃撃じゅうげきの音が、耳をつんざく。


 ここは……小さい部屋だった。正面は全面ガラス張り。ベンチに高校のクラスメートが座っている。


(あれ? 私、何をしてたんだろう? あ、そうか。射撃しゃげきの訓練だっけ)


 思わずつぶやいた。


 私は変な夢を見ていたな、と思った。自分の部屋で、体の大きな男の人に怒られる夢……。


 確か、あの部屋の壁にられたカレンダーには、「令和八年 六月」と書かれていた。


 だが、私の後ろにられたカレンダーには、「浄界じょうかい八年 六月」と書かれていた。

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