第23話 ハイパーループ【令和八年】

 建物の奥に進むと、円形の大広間――エントランスホールという場所に案内された。


 その大広間にはエスカレーターがあり、そこを降りると駅のホームのような場所に降り立った。


 すると――。


 静かな音とともに、白いカプセル型の乗り物が右の線路に入ってきた。


「な、何これ? リニアモーターカー?」


 私がつぶやいていると、アリサが首をかしげながら言った。


「これはあたしが乗ってきたリニア……何とかってヤツか?」


 アリサが言うと、ウォンダさんは首を横に振りながら言った。


「いいえ、これはアリサが乗ってきたリニアモーターカーではないわ。『ハイパーループ』という乗り物よ」


 ウォンダさんはまるでカプセルのような、不思議な乗り物を指差した。


 そのとき、ハイパーループなる不思議な乗り物の扉が開いた。


 扉から出てきたのは、一人の十六歳くらいの少女だ。

 

 彼女はそのまま、エスカレーターを上がっていった。


「彼女は名古屋から来た中山ユミさん。『治癒ちゆ科』で授業を受けています」


 ウォンダさんが説明した。


「えっ? 名古屋? っていうか、この乗り物って何?」

「ハイパーループよ。駅から離れると真空状態に近い密閉みっぺいされたチューブに入ります。速度は時速1000キロから1200キロ。つまりマッハ1に近い速度が出るわ」


 マッハ1……?


 ウォンダさんは淡々と説明したが、私は目を丸くしていた。


「2023年に日本政府が、秘密裏ひみつりに開通させました。北海道、東北、中部、近畿、中国、四国、九州と沖縄といった各地方とつながっているわ」

「こんな乗り物、池袋の地下に走ってたんだ……!」

「四十七都道府県の地下にハイパーループの駅があります。政府や経済界の要人、高位の神職しんしょく卑弥呼ひみこ鬼道きどう士官しかん学校の生徒のみ、搭乗とうじょうできるわ」


 そしてウォンダさんは続けた。


「新幹線と山手線を利用すると、大阪から東京まで二時間強はかかる。でもこのハイパーループなら、三十分程度ね」

「は、速い……。そういえば、アリサはどこに住んでいたの?」

「アリサが住んでいる地域は、『非公認地域』と言います」

「非公認地域?」


 私が聞くと、ウォンダさんは少し考えてからアリサを見て言った。


「つまりね、日本国が存在を認めていない地域。アリサが住んでいた『ブランディース王国』や『浄界じょうかい世界』の善川ぜんかわリナさんが住んでいる浄界じょうかい世界の日本などよ」

「よくわかんねえこと言ってんじゃねえよ! あたしも分かるように言えよ」


 アリサはウォンダさんにすごんだ。


 しかしウォンダさんは淡々と話を続けた。


「彼らはリニアモーターカーに乗ってここに来るわ。ちなみにハイパーループが通っているのは日本内だけ」


 そして続けて言った。


浄界じょうかい世界の場合は、ヘリコプターを使って移動します。浄界じょうかい世界の政府は地下を厳重げんじゅうに管理しており、リニアの開通は実現できなかった」


 そう言えば――。ウォンダさんは「浄界じょうかい世界は、ハワイの西――太平上に作られたもう一つの日本」って言ってたっけ。信じられないけど。


 あれ?


 ということは浄界じょうかいのリナと実際に会える可能性がある……?


 いや、そんなバカな。


 すると今度は左の線路にハイパーループが入ってきた。


「――あ、来た来た。あの子を待っていたのよ」


 ウォンダさんはハイパーループの扉から出てきた女の子を指差した。


「あの子は静岡県から来たのよ」


 丸眼鏡をかけた、やはり十六歳から十七歳くらいの女の子だ。


 黒く長い髪の毛で、薄手うすでのデニムジャケットと長いスカートをはいている。


 本を読みながら歩いてる……勉強家なのかな。


「チャコ! こっちに来て」

「……何ですか? 私、読書でいそがしいんですけど」


 眼鏡の女の子は迷惑めいわくそうに言った。


「ほら、リナ、アリサ、自己紹介して」


 ウォンダさんが私とアリサの背中をぽんぽんとたたいた。


 え? 急に言われても……。ええい、しょうがない。


「あ、あの~。私、善川ぜんかわリナです」


 一方のアリサは腕組みして「自己紹介なんかくだらねえ」と言いつつ、そっぽを向いた。


「あ、どうも。私は今里いまさと千弥子ちやこです。では」


 今里いまさとさんはもう行ってしまおうとしていた。


「こらこら! チャコ、あなたとリナはこれから一緒に戦うチームメイトになるかも知れないのよ!」


 ウォンダさんは呼び止めた。


 え?


 私、もう入学した感じになってる? ちょっと待ってよ。まだ決めてないのに。


 ……一緒に戦うチームメイトって何?


「リナ? アリサ? ……えーっと……聞いたことがあるな」


 今里いまさとさんはそう言って眼鏡をかけ直し、私をじっと見た。


「あ! あなたたち、善川ぜんかわリナさんとアリサ・オルフェスさんじゃないですか」


 すると今里いまさとさんは本をかばんにしまって、私たちのほうをやっと向いてくれた。


「ライブ中継で見てました。ジャスイガラキを倒したんですよね」

「あ、ああ~……。そう……だけど」


 私は驚いて言った。


 ライブ中継? 私は驚いた。あの戦い、どこかで放送されてたの?


「ん?」


 私は何気なく今里いまさとさんの手の甲を見た。


 何か見える。私は目をらした。


「PROJECT.U」


 私の目には、今里いまさとさんの手の甲にそう書いてあるのが見えた――!


 ◇ ◇ ◇


 私たちはエスカレーターで上がって、玄関ホールに戻った。


 今度はウォンダさんが「女子戦闘科第三クラス」の教室に私を案内するそうだ。


 私とアリサ、今里いまさとさんはウォンダさんについて廊下ろうかを歩いていく。


「改めて自己紹介します。私は今里いまさと千弥子ちやこ。『女子戦闘科』に所属して二ヶ月です」


 今里いまさとさんは歩きながら話してくれた。


 すごくおとなしそうな女の子なのに……戦闘科?


「私のあだ名はチャコ。あんまり友達はいないけど。チャコは小学校時代のあだ名なんです」

「私は善川ぜんかわリナだよ。二年間引きこもりだったんだ……」


 私はそう言ってみたが、冷や汗をかくくらい恥ずかしかった。


「えっ、二年間も?」


 今里さんこと、チャコは驚いているようだった。


 するとアリサは顔を赤らめて、チャコにぶっきらぼうに言った。


「あたしはアリサだけど。よ、よろしくな」

「ふーん、なんか乱暴そうな人ですね。よろしく」

「な、なんだと~! お前な、初対面で……」


 アリサは耳まで真っ赤にした。


 チャコは本当のことをスパッと言うタイプらしい。


「チャコは戦うクラスに入ってるんだよね? すごく女の子っぽいのにどうして?」


 私はチャコのことが気になって聞いてみた。


「私の所属する『戦闘科』のことですか? 確かに似合わないってお母さんに言われますね。ちなみに、お母さんは言語学の大学教授で、敬語を使うのはお母さんの真似です」


 チャコはため息をついた。


「一方、お父さんは自衛隊の『陸上幕僚長ばくりょうちょうという偉い人なんです。アメリカに住んでいた十三歳のとき、射撃を習わされました」

「お父さんが自衛隊員? 十三歳で射撃? 何かすごい」

「で、リナとアリサはこの学校に入るんですよね?」


 私はアリサと顔を見合わせた。


 せっかく親しく話せる人が二人もできたのに、入学をあきらめたら一人ぼっちになっちゃう……。

 

「さあ、教室に案内するわよ」


 私たちの会話をうれしそうに見ていたウォンダさんが言った。

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