第28話 戦力ダウン
一ヶ月も頑張ったのに、最低限の支払いをするだけで精一杯か。こんな生活が続いたら、さすがに心が折れちまうよ。
地下とはいえ初心者ダンジョンじゃ、レベルアップにも限界が見えてきたし、皆のモチベーション的にも鉱石掘りはしばらくできそうにない。
それに採掘道具がショボすぎる。使い勝手も悪い上に耐久性が低いから、利益が半分ぐらい吹っ飛んじまう。
「まだリュゼさんは治らないんですか?」
「見てのとおりですねぇ」
「星が瞬いてる……」
治る見込みなさそうなんだけど? 全く症状が良くなってる気がしないぞ。
「じゃあ、また来ます」
次に来た時は、元のリュゼさんに会えたらいいな。窓から見えるはずのない星を眺めるリュゼさんなんて、もう見たくないよ。
「あっ、来月から治療費と入院費上がるよ」
「はい?」
まだ俺から搾取すんの? 治療費と入院費で分けてるのも腹立つし。一つをガッツリ値上げするより、二つを少しずつ上げるほうが納得感が出るってか? 出ねえよ!
「それはつまり、より良い治療をしてくださるのですか?」
ダメ元で聞いてみたが、愛想笑いで流された。本当にこの国終わってんな。
まさかこれ、金払えば払うほど金額上がっていくパターンじゃ……。
まあ文句を言っても仕方ないか。フレネーゾさんの扱いにも慣れてきたし、レベル上げも兼ねて中級ダンジョンにでも潜ってみるか。深入りさえしなきゃ、危険はないはずだ。多分……。
「待ちやがれ! この猿畜生!」
なんでこうなるかなぁ。泣き崩れたい気分だよ。
「は、早く追うわよ! アイツに置いていかれたら全滅よ!」
「あっ……」
シュリムさんはいつだって頼りになるな。魔法さえ撃たなきゃ。
「あの子、なんで髪飾りぐらいでキレてんの?」
フェーブルさん、だいぶ体力がついてきたよな。走りながら普通に喋れるなんて。
「実は……この前……俺がプレゼント……したヤツでして」
「は? 私以外にも……プレゼント……したんですか?」
だから、なんだろうか。一番頑張ってくれてるんだから、プレゼントぐらいするだろ? むしろ貢献度が低いのに一番金使ってるウィークさんのほうが問題なんだが?
「サイテーね」
「シュリムさん?」
「同じ物とかありえないわ」
「フェーブルさん?」
「酷い人です……」
え、チェロットさんまで? なんで各々なじってくんの? 俺そんなに悪いことしたのか? いや、むしろ良いことをしたはずなんだが。
「シャグラン君は……もっと乙女心を勉強したほうが……うぷっ……」
「キツいなら喋らないほうが良いかと……」
ロトリーさんまで、吐き気を催してまでなじってきたよ。
今こうしてる間にも距離を離されているというのに、呑気なヤツらだな。全滅の危機なんだから、もう少し危機感を持ってくれよ。
「フレネーゾさーん! 髪飾りぐらいまた買ってあげますからー! 落ち着いてくださーい! はぁ……はぁ……」
走りながら叫ぶのキツいなぁ。モンスター寄ってくるから、あんまり叫ばせないでほしいんだけど。
「止まりやがれ! 聞こえねえのかエテ公!」
止まるのはアンタだよ。体力のないシュリムさんと、鈍足のウィークさんが死んじまうよ。ロトリーさんなんて、止まった瞬間吐きそうなぐらい顔色悪いぞ。
「忠告したかんな! 後悔しやがれぇ!」
急に速度を落としたかと思えば、斧を思い切り投擲しだした。遠距離対応とかこの蛮族、本当に末恐ろしい……。
「あっ……」
隣にいたフェーブルさんが、手術中に最も聞きたくない言葉を発した。それも無理からぬことだ。だって、盛大に外して水没したんだもの。
「よりによってあんなところに湖が……」
主戦力のフレネーゾさんが武器を失ったことに落胆するシュリムさん。頭の回転が速いと、絶望するのも早いな。どうすんだよ、結構奥深くまで来たのに。
「てめぇ! 髪飾りに続いて斧まで奪いやがって!」
(いや、斧はアンタが……)
投擲に恐れおののいている隙を見逃さず、全力で拳を叩きこむ。
すげぇ、一撃で即死とまではいかずとも、大ダメージを与えたぞ。俺だったら逆に自分の拳が壊れるだろうに。
「今度は良いヤツに生まれ変われよ」
拳を叩きこんだことで冷静さをいくらか取り戻したのか、声のトーンに落ち着きが見える。やってることはエゲつないけどな。エテファンの首って、人間の手刀で折れるんだな。知らなかったよ。
「よかったぁ。髪飾り取り戻せたぁ」
「よくないわよ」
安堵して元に戻ったフレネーゾさんに、冷たい声でツッコミを入れる。殴られない程度の距離を取ってる辺り、抜け目がない。
「え?」
「『え?』じゃないわよ。どーすんのよ? 随分と奥深くまで来ちゃったわよ?」
本当にどうしよう。おそらくだが、ハードスライムの出現率が下がって、その分エテファンの出現率が上がってるはずだ。少なくとも初心者ダンジョンでは、そういう傾向があった。
今どの辺だろうか。時間にすれば十分か十五分程度だろうが、それでも全力疾走だから中々の距離を進んだことになる。しかも道中の敵を一切倒さずに来たから、戻る時のエンカウント率ヤバそうだな。
「しかもアンタ、唯一の武器まで失って……」
「あ……」
……マジでどうすんの?
そりゃ素手でも俺達よりは強いだろうけど、さすがに苦戦するだろ? バーサーカー状態でも、エテファンを一撃で倒せなかったわけだし。いや、二撃でもじゅうぶん凄いんだけどさ。
「チェロットさん。水中でも呼吸できるバフとか……」
「ありませんよ、そんなの」
ダメ元だったが、やはりダメだったらしい。逆に何ができるんだろうか、この人。
「潜水の達人になった気分になれるバフなら……」
なんてピンポイント且つ、役に立たないバフなんだ。それをバフと呼べる勇気が凄いわ。一種の催眠術だろ。
「それで肺活量が増えるんですか?」
「増えた気になります」
どういうシチュエーションで使うんだよ、それ。むしろデバフじゃない? 己の肺活量を過信するって、命取りになるだろ。
「私達無事に帰れるの? 自慢じゃないけど、私の武術はハードスライムにさえ通用しないわよ」
本当に自慢にならないな。本来武道家って、ああいう硬い敵を倒すポジションなのでは……。
「ノーマルモードのフレネーゾが、素手でどこまで戦えるかにかかってるわ。未知数だから正直どうなることやら」
「シュリムさん。その答えがわかりそうですよ」
ウィークさんが指差した先には、エテファンが三匹。フレネーゾさんがいなきゃ、確実に全滅するだろう。
「アンタ達知ってる? あの猿、冒険者にとっては良い稼ぎになるらしいわ」
「……経験値量やドロップ品の価値に対して、弱いってことですか?」
「そういうことよ」
シュリムさんは本当に物知りだな。知りたくないことまでベラベラと……。
「そのカモでさえまともに狩れないんですね。結構長く冒険者をやってるのに」
自分で言ってて泣きそうになるよ。他の冒険者より休日少ないと思うんだけど、それでも全然追いつけないんだもの。
「話してる場合ですか? 早く加勢に……」
「ダメですよ、ウィークさん。逆に足手まといになります」
「で、でも、わりと苦戦してますよ!」
それはそうかもしれんが、俺らが参加してどうなる? そりゃ、一対一の状況を作ってあげたほうが戦いやすくなるだろうけど、俺らの身がもたないだろ。
ポーションが不足してる状況で、俺らがダメージを負うわけにはいかないんだよ。非常に見えるかもしれんが、フレネーゾさん一人でダメージを背負ってもらうしかないな。バーサーカーにならんといいが……。
「ふむ……。アタシの見立てでは、エテファン五体ぐらいなら一人でいけそうね」
「素手で……ですか?」
「ええ。ポーションを消費することになるでしょうけど」
……もつかな、ポーション。くそっ、裏ルートさえ使えれば……。
「あのっ! 私達の武器を渡すってのは……」
ウィークさんにしては良い案だ。
「木の棒とチンケなナイフをですか? 素手のほうがマシですよ」
まともな武器を持ってればな。
ううむ……。チェロットさんの杖を渡すか? フレネーゾさんなら杖術ぐらい使えるかもしれんし。
できれば打撃系の武器……。あっ!
「フェーブルさん! 脱いでください!」
「な、何言ってんのよ! 皆がいるのに……」
お前が何を言ってるんだよ。いや、俺の言い方にも問題があったかもしれんけど。
「違いますって。服じゃなくてタイツですよ」
「何が違うのよ! スケベ!」
「そうじゃなくて……貴女のタイツに石を詰めれば武器に……」
「…………後ろ向いてなさい」
話がわかる人で助かるよ。
はぁ、なんなんだろうな、ウチのパーティ。こんな間抜けな武器使うヤツ、他にいないだろ。
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